TSオジサンはスパダリ名探偵と白霧を彷徨う   作:匿名希望

1 / 5
オジサン異世界でスパダリに出会う

「帝都に行くなら夜には気を付けな。白霧が街を覆う時は特にな。」

 

 

男はそう言いながらグビリと安っぽいウィスキーを舐めるように口に含む。

 

アンティークと言えば良いのか、オンボロと言えば良いのかを悩む年季の入ったカウンターに腰掛け、男は存外楽しそうに話を続ける。

 

もしかしたら無愛想な見なた目に反して、男は話好きなのかもしれない。

 

 

「夜中になるとたまに帝都の大魔導汽罐(ボイラー)が火を落として魔力蒸気が排出されるんだ。ボイラーの整備や清掃とかでな。その排出された魔力蒸気が一時的に街を真っ白な霧みたいに覆うんだ。

 

そんな日は夜になると、出るんだよ。真っ白な濃霧に紛れて不可思議な存在が。」

 

 

何故かちょっと怪談話みたいな語り口調で男は僕に話をしてくる。

 

魔法と科学の融合した新しい技術。

魔導術式、通称魔術。

 

簡単に言えば電気やガス、水道の代わりに魔力を各所に送り込む都市システム。

 

ランバルト帝国の首都、帝都の心臓部たる大魔導汽罐(ボイラー)は有名だ。

 

その大きさは帝城より大きく、正に帝国の繁栄の象徴だと謳われている。

 

帝都についたら生で見てみたい建物だ。

 

そして、それと同時にそれに纏わる不思議な現象や化け物の話も有名なのだ。

 

それを多分、僕はこの世界の誰よりも知っている。

 

 

「若い女だけ切り刻む切り裂き魔とか、非業の死を遂げた大昔の女王の首なし幽霊とか、足がバネみたいになっている大男とか――あぁん? こんなのは聞いたことあるって顔だな。

……まぁ、そりゃそうか。この辺は有名な話だからな。

坊主がどこかで聞いたことがあっても不思議じゃないさ」

 

 

坊主、坊主ね……。

 

まぁ確かに僕は小柄だし、幼く見えるのは否定出来ない。

 

でも、よく見れば僕が――――。

 

違う違う。それで良いんだ。

坊主と呼ばれて何が問題だって言うんだ。

 

被っていた大きめのキャスケット帽を深く被り直し、男に向き直る。

 

日が傾き出し、窓から差し込む西日が強くなってくる。

 

呑むにはまだ少し早い、そんな時間。

この場末の酒場にいる客は僕とこの男だけだ。

 

だからこそ今の僕の年齢でここにいても咎められることはない。

 

僕の逡巡などどこ吹く風と男は赤ら顔で話を続けた。

 

 

「それで、ええっと、どこまで話したっけ?

あぁ、そうそう。帝都の夜には不思議な事がよく起こる。最近じゃあそういうのを引っ括めて、白霧の怪奇(ホワイトメア)。そういうんだよ。」

 

 

うん。そうだ。ホワイトメアだ。

 

白霧の英訳であるホワイトミストと悪夢の英訳であるナイトメアを掛け合わせた造語だ。

 

上手いこと言っているのか、滑っているのかは、まぁその辺は個人の感想かな……。

 

 

「帝都には色んなホワイトメアが出る。さっき言った様なやつ以外にもな。

 

最近じゃあそのホワイトメア専門の変な探偵までいるって――――」

 

「それ! その話聞かせて!」

 

思わず立ち上がり、顔をずいっと近付ける。

 

「お、おう。……しかし、坊主。お前声変わりもまだしてねぇじゃねぇか。こんな酒場に入ったりしていいのか?」

 

「別に呑む訳じゃないし。話を聞きたいだけなんだ! だからその探偵の事を教えて! どこに住んでるか知ってる?」

 

「え、ああ。なんでも王都の中央地区の外れにあるライス・ストリートのボロいアパートに事務所があるって話だな」

 

 

中央地区!そうだ! そうだった!

彼がいるのは中央地区のライス・ストリートだ。

 

何せ彼のプロフィールはどこぞの伝説的名探偵のパクリ位にしか思っていなかったので全く覚えていなかったんだ。

 

ちなみに元ネタの名探偵はベイカーストリートに住んでいる。

 

ベイカーは人名でパンを意味するベーカーではない。

 

なんにせよ手掛かりが貰えたのはラッキーだ!

 

 

タイミング良くブォー! と汽笛の音が鳴り響く。

 

汽車が駅に入って来た音だ。

やばい。そろそろ向かわなきゃ!

 

 

「ありがとう!おっちゃん! これ少ないけど取っておいて!」

 

そう言ってポケットからコインを何枚か掴んでテーブルに置いて勢いよく立ち上がる。

 

これで汽車の切符を買ったら晴れて文無し。

でも、何とか目的地にはたどり着けそうだ。

 

勢いよく立ち上がりすぎたのか、僕の頭に乗っていた大きめのキャスケット帽から腰まで伸びた長い金髪がこぼれ落ちた。

 

あ、くそ。直すの大変なのに……!

 

 

「坊主、いや……嬢ちゃんだったのか?」

 

目をまん丸にして驚くおっちゃん。

 

「見た目はね! じゃ、行くね! 吞み過ぎないように!」

 

 

そう言って駅に向かって走り出す僕。

 

 

本来の僕からすると随分短くなった手足を必死に動かして駅に向かった。

 

先ずは帝都へ!

 

必ず元の世界に帰る手掛かりがあるはずだ!

 

 

 

桑原悠利 38歳

 

僕はある日突然、こんな世界の住人になっていた。

 

 

この世界はスチームパンク系のファンタジー世界。

 

とある創作コミュニティでひっそりと形作られた自由参加型のファンタジー世界だ。

 

 

「異世界転生なのは良いけどさ。なんでTSなんだよ……」

 

 

僕の短くも深いため息は夕暮れ時の駅のホームに舞って消えた。

 

 

ガッシュガッシュと魔力を含んだ濃密な白い蒸気を吐き出して、魔導機関車が線路を走る。

 

目的地までもう少し。

 

渓谷に掛けられた吊り橋の様な線路を汽車は軽快に進んで行く。

 

まるで天空を泳ぐ蛇みたいだ。

 

蛇の最後尾、三等車の薄汚れた窓からは遠くの方に光る都市の灯りが見える。

 

あそこは四方を切り立つ山々に囲まれた盆地。

だから白霧がよく滞留する。

 

白い霧に包まれた魔都。

 

それこそが僕の目的地であるランバルト帝国の首都。

 

通称、帝都だ。

 

 

 

あぁ、これでようやく帰る手掛りが見つかるんだ。

 

帝都には彼がいる。

 

設定だけしか知らないが、僕が知る限り設定上最強のキャラ。

 

 

全ての事の始まりはマイナーなインターネットの創作コミュニティだ。

 

その中で参加者が案を持ち寄って一つのファンタジー世界を考えようという試みがあった。

 

昔で言うクトゥルフ神話とか最近だとナーロッパとかSCPとかみたいな共有化した幻想世界を作ろうとしたのだ。

 

ナーロッパはちょっと違うかな?

 

まぁ何番煎じかも分からないよくあるヤツなのだが、何故か僕は気付いたらそんな世界にいた。

 

理屈も何もかもが分からない。

 

寝て起きたら帝国の外れにある小さな地方都市のベンチに寝っ転がっていたのだ。

 

 

その小柄な身体を包む男物の大きなコート。

半ズボン……と言うよりキュロットパンツ。

少し大きめの黒いキャスケット帽。

そしてその中に納められた流れるような長い金髪……。

 

 

僕にはこの子が誰だか見覚えがあった。

 

何せこのキャラクターは僕が描いた女の子キャラだったからだ。

 

僕は絵師だった。

 

……まぁ絵師を名乗るのも烏滸がましいワナビだったけど。

 

 

このスチームパンク風のファンタジー世界。

ヴェイパー・エクス・マキナ。

 

ラテン語で機械の蒸気とかそんな意味らしいが、その世界を元にしたキャラを描いてSNSに上げていたのだ。

 

 

この子はその中の一人。特に名前もなければ背景もない、帝都に暮らすストリートチルドレンだ。

 

 

キャラ設定ははっきり覚えている。

 

推定年齢十代半ば。

 

特徴は金髪金眼、ボクっ娘で可愛い。

 

……以上だ。

 

 

スキルはないし、地位も名誉もない。

 

特にストーリーも何もないこの世界だが、その上で完全にモブとして描かれた少女。

 

何故か僕はそんな子の中の人となってしまっていた。

 

 

「……自分の妄想したキャラになれるってのは嬉しいけどさ。流石にいい歳こいて女の子になるってのはな。」

 

曇ったガラスの窓に反射して、困った顔の美少女が見える。

 

うん、まぁ可愛いんだけどさ。

 

 

そう。僕は元の世界に帰りたい。

 

それも早急にだ。

 

僕は昨今の異世界転移者達を描いた創作の様に転移先の世界で生き抜く事を望まない。

 

だって何かもう違和感が凄いんだ。

 

具体的には下半身にあるはずのモノがないという特大の違和感だ。

 

ちなみに胸もない。

 

トイレやお風呂はどうしているかって?

うん。まぁ、何も聞かないでいてくれると嬉しい。

 

 

絵を描くためにVEMの設定はかなり読み込んでいた僕は、何とか帰還の手掛かりになりそうな人物を思い出し、何故かポケットの中に入っていた有り金をはたいてこの汽車に飛び乗ったという訳だ。

 

 

まぁTSの違和感もさることながら、この世界はさして治安の良い世界ではない。

 

いやむしろ明確に悪い――――。

 

 

――――ガォン!!

 

タイミングが良いのか悪いのか、車内に銃声が鳴り響いた。

 

 

「よぉーし、大人しくしろ! 列車強盗だ。ルールは簡単だ。大人しく有り金を渡せば生きて帝都にたどり着ける。逆らえば頭を撃ち抜かれて有り金を奪われる。どうだ? 理解出来たか? 理解出来たら両手を頭に乗せろ!!」

 

 

三等車の入り口に立ついかにもな顔をした粗野な大男を筆頭にした四人組の集団。

 

大男の手には大砲みたいなリボルバーが握られている。他の三人も刃物なんかで武装している。

 

れ、列車強盗!?

なんで? もうすぐ帝都なのに!

 

 

ガォンガォン! とさらに二発の銃声が響く。

 

余程、口径の大きな銃なのだろう。

安普請な三等車の天井が撃ち抜かれ、天井から走る機関車の真っ白な蒸気が車内に流れ込んで来る。

 

 

……これは、拙くないか?

 

 

いや、もちろん列車強盗も拙い。

何せ人生初の強盗体験だ。

 

治安が悪いにしてもフラグの回収が早過ぎる。

 

つぅか、普通は強盗ってもっと都市部から離れた所でやるもんじゃないの?

 

ベネズエラとどっこいくらいの治安の悪さなこの世界なのだが、それに加えてここはファンタジー世界。

 

強盗より厄介な奴等がいる。

 

 

この世界の最大の特徴。

 

帝都の付近では、日が落ちてから魔導蒸気が充満した空間に人の感情が高まるとそれに呼応した怪異が現れる。

 

それはSCPよろしく、馬鹿みたいな怪異や有益な怪異、ガチ物のホラーまでなんでもござれだ。

 

 

「くそ。最悪のガチャだな……」

 

穴の空いた天井から車内に流れ込みだす汽車の白い蒸気を眺めながら思わず悪態をつく。

 

列車強盗中の車内で産み出される怪異だ。

どう考えてもろくなモノは出てこない。

 

 

「――――君、気付いたのか? 中々慧眼だな」

 

後ろからイケボが聞こえる。

 

前列の乗客から金を巻き上げる強盗に注意をしつつ、チラリと後ろを振り向く。

 

そこにはやけに男前な紳士が余裕たっぷりに座っていた。

 

歳の頃は20半ばから後半くらいか?

 

シワのない黒いドレスシャツにボウタイを付け、ベストとジャケットのスリーピース。

 

タキシードと言うより燕尾服イメージかな?

男の横にはシルクハットとコートが置かれている。

 

個人的には燕尾服なのに白シャツじゃないのは違和感があるが、まぁファンタジーなので仕方ない。

 

丁寧に整えられた黒髪。

その目には不思議な意匠が施されたモノクルが嵌められている。

 

スチームパンク世界だからか、いたる所に歯車や詳細不明な装飾が施されていた。

 

 

……こいつ、どう見ても金を持ってそうな貴族みたいな顔してなんでこんな所に座ってんだ?

 

ここは貧乏人用の三等車、その中でも特にお金のない人向けの最後尾の最底辺車両なんですけど?

 

って言うか、あの列車強盗達もこんな貧乏人を狙わずに金持ちを狙えよ。

 

気が動転しているのだろう。どうでも良い事に引っ掛かりを覚えてしまう僕。

 

 

「おや? 不審者を見るような目付きだね? 可愛い顔が台無しだ。いや、どんな顔の君でも可愛いとは思うがね」

 

思わずジト目で見てしまっていた僕に気を悪くすることなく笑いかける謎の紳士。

 

「そりゃあどうも。アンタも逃げる準備と覚悟はしておいた方がいいんじゃないか? 帝都付近でこの状況は何が起こっても不思議じゃない」

 

 

残念ながら僕も設定を知っているだけで理屈がわかっている訳じゃあない。

 

ホワイトメアなる怪異が何故発生するのかはよく分からない。

 

でも、放っておくと確実に良くない事が起こる。

 

走ってる列車の窓から飛び降りるのと、どちらが無事で済む可能性が高いだろうか……。

 

 

「ふむ。ご忠告には感謝をしたいのだが、私はこの場を離れる気がなくてね。今の魔力蒸気の散布量だとホワイトメアの出現までおおよそ三分くらいかな? 」

 

綺麗な装飾を施された懐中時計を見ながら事も何気にのたまう紳士。

 

まじか!

 

 

「こんな時間においたをするなんて、奴等は帝都の事を知らないんだろうな。見た感じ田舎から出て来たお上りさんといった所か?」

 

手馴れた仕草でパチンと懐中時計の蓋を閉め、紳士は肩をすくめる。

 

「観光気分で列車強盗とか最悪だな……」

 

せっせと乗客達から小金を巻き上げている列車強盗達。確かにこの謎の紳士の言う通りチンピラ感が凄い。

 

そこでジャンプしろとか言っているし。

 

 

「……案外その通りかもな。一等車と二等車に異変はないようだ。帝都で遊ぶ金欲しさに起こした短絡的な犯罪だろう」

 

何か魔法の品なのだろうか? 何やらモノクルを数回撫でて、先頭を走る一等車と二等車の様子を言い当てる紳士。

 

 

「――って、カツアゲ感覚で列車強盗してんの? バッカじゃねえの!?」

 

 

思わず立ち上がって叫んでしまう。

素直な性格の自分が恨めしい。

 

 

「あぁん!? 誰が馬鹿だって!」

 

 

僕の声が耳に入ったのだろう。

激昂してこちらに拳銃を向ける強盗。

 

 

ガォン!ガォン!と気軽に引鉄が引かれる。

 

 

「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

 

思わず謝りながら椅子の影に隠れる僕。

周りで他の乗客達が叫び声や悲鳴が聞こえる。

 

恐る恐る上を見ると、さっきまで座っていた椅子の背もたれを貫通している。

 

こ、これホントに死ぬやつ……!

映画だと椅子の後ろに隠れたら銃弾は弾き返せるんじゃないの!?

 

あれ……。貫通している?

 

え、後ろの紳士生きてる?

 

 

「ふむ。おろしたての燕尾服だったんだがね。汚れてしまったようだ。」

 

パンパンと汚れを払い落とすような仕草で胸を叩き、

気分を害した様なムッとした顔で立ち上がる紳士。

 

スラリとした長身。

丁寧に撫で付けた少し癖のある黒髪。

 

雰囲気のある男だ。

 

彼が立っているだけでまるでここが劇場の舞台かのように錯覚すらしてしまう。

 

 

無様に小汚い列車の床に這い蹲る僕の目の前にコロンと金属の塊が転がってくる。

 

ひしゃげた弾丸だ。

 

え、これ弾当たってない……?

 

 

バッと見上げると紳士の胸元が丸く穴が空いている。

 

いや、心臓に当たってるじゃん。

 

 

「てめぇ! スカした格好しやがって! なにもんだ!」

 

激昂した強盗が銃を紳士に向ける。

ふっとどこまでも余裕たっぷりにそれを鼻で嗤う。

 

 

「ふむ。名を尋ねるのなら自分から尋ねるのが礼儀だと思うがね。まぁ言ったところで無駄だろう」

 

言葉尻や行間に皮肉をたっぷり乗せて、紳士はその黒髪をかきあげる。

 

 

「ギルノア・スノーヘイズ。職業は……そうだな。しがない探偵さ。」

 

 

ギルノア !?

 

白霧の中を彷徨いホワイトメアを狩るヴェイパー・エクス・マキナのネームドキャラ!

 

僕が探していた探偵じゃないか!

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。