ちっちゃくてデカくて可愛い七瀬さんを勘違い元カレから奪って幸せにする 作:烏丸英
――花火大会から、数日が過ぎた。
あの日、途中から二人きりで行動していた僕たちは、クラスメイトたちから多少はからかわれることになったが……遊佐くんたちのフォローや他にも同じことをしていた人たちがいたおかげか、そこまで深く追及されずに済んだ。
僕とひよりさんがそういう関係であることはなんとなく察したが、敢えてそれを口に出さずに見守られている、といった感じだろう。
同じように集団から抜け、二人きりで花火大会を楽しんだ男女たちと一緒に生暖かい視線を受ける僕たちであったが、幸か不幸かもうじき夏休みに入る。
一か月も経てば、みんなの興味も薄れるだろうと考えながら……僕は今、ひよりさんを迎えに彼女の家へと向かっていた。
少し前、ひよりさんのご両親と江間のご両親との家族会議に参加した翌日から、僕は毎日のようにこうしている。
理由は単純明快で、江間を警戒してのことだ。
ただ……その江間も今は学校に来ておらず、家で色々と取り調べのようなことを受けているらしい。
ひよりさんのご両親はどこか言葉を濁していたが、花火大会の日にも何かがあったようで、それが原因で彼は外に出なくなっているようだ。
それがご家族の監視の目が厳しくなったという意味なのか、それとも江間自身の身に何かが起きたせいなのかは、僕にはわからない。
彼がこのまま大人しくなってくれれば、ひよりさんも安心して生活できるだろうというのが真っ先に出てくる気持ちだ。
そんなことを考えつつ、ひよりさんの家のすぐ近くにある江間の家を見つめていた僕は……そこから視線を外すと、改めて彼女の家へと向き直った。
玄関のチャイムを押し、呼び鈴を鳴らせば、インターホンから睦美さんの声が聞こえてくる。
「おはよう、尾上くん。毎日ごめんなさいね」
「おはようございます。ひよりさんは……?」
「ちょうど今、朝ご飯を食べ終わったところよ。あとは着替えるだけだから、良ければ中で待っていてちょうだい」
その言葉から十数秒後、玄関の扉が開いて睦美さんが姿を現した。
頭を下げた僕は、その言葉に甘えつつ家の中に入る。
そうすれば、慌ただしい親子の会話が耳に入ってきた。
「ほら、ひより。もう尾上くん迎えに来てくれてるわよ? 急ぎなさい」
「わかってるって! おはよう、雄介くん! すぐ着替えてくるから、ちょっとだけ待っててね!!」
「そんなに慌てなくて大丈夫だよ。ゆっくりで大丈夫だから、気にしないで」
パジャマ姿のひよりさんが、焦った様子で僕に挨拶をしてくる。
ドタドタと慌ただしく階段を駆け上がっていく彼女の背中(あるいはお尻)へと慌てる必要はないと声をかけた僕へと、苦笑を浮かべた睦美さんがこう言ってきた。
「着替えには少し時間がかかりそうだし、中で何か飲む? このまま立たせっぱなしで待ってもらうのも申し訳ないし……」
「僕は大丈夫ですよ。お気遣い、ありがとうございます」
そう、と言って軽く笑いかけた後、睦美さんもリビングの方へと引っ込んでいった。
朝は何かと忙しいし、彼女も今日は出勤なのかもしれないと思いながら見送った後、僕は小さくため息を吐く。
出会いこそは最悪だったが……こうして普通に話ができるようになったあたり、睦美さんの僕への印象もそこまで悪いものではなさそうだ。
ご両親からどう思われているか不安だった僕としては、こうしてきちんとお話ができるようになったことは素直に喜ばしいことであった。
(ここからもっと、信頼を積み重ねていかないとな……過ごした時間では江間に勝てないけど、それ以外の部分で努力しなくちゃ)
睦美さんの幼馴染ドリームは終わりを告げたみたいだと、ひよりさんは言っていた。
だけど、それと僕がご両親から認められるかどうかというのはまた別の話だ。
今回の一件で睦美さんも吾郎さんもひよりさんの身に起きたことを知った。
長年の付き合いがあり、信頼もしていた幼馴染に娘が裏切られていたと知った二人の心境は、相当に苦しいものだろう。
しかも、まだ問題は解決していない。江間家とは話し合いの真っ最中だ。
その最中にも花火大会の時のようなトラブルが起きるのだから、その心労は尋常ではないことが想像できる。
お二人にこれ以上の負担をかけないためにも、ひよりさんのためにも、僕は正しく真っ当な人間であろう。
そう思ったところで、唇に残る微かな甘さを感じた僕は、そっとそこに手を添えた。
(……そうだ。僕のすべきことは変わらない。僕はただ、ひよりさんを
色々と考えたりはしたが、僕のすべきことも決意も最初となんら変わりはない。
ひよりさんを笑顔にするために、彼女の中にある悲しみを取り除くために、僕は全力でひよりさんを幸せにするだけだ。
ただ、友人として彼女と接していた頃とはもうすべきことが違う。
今の僕はひよりさんの彼氏で、恋人として彼女と接するようになったのだから。
ずっと一緒に居たいという言葉も、彼女が望むことならば付き合うという言葉も、全部嘘ではない。
これからは彼氏として、責任を持ってひよりさんを幸せにしていこうと考えたところで、階段の奥から彼女の声が聞こえてきた。