ちっちゃくてデカくて可愛い七瀬さんを勘違い元カレから奪って幸せにする 作:烏丸英
その後、水泳の授業は特筆するような事件も起きずに進んでいった。
まあ、逆にどんなトラブルが起きるんだって話であり、本格的に泳ぎ始めれば男子も女子もお互いの様子を窺う余裕なんてなくなるものだ。
とは言いつつも、ひよりさんが泳ぐ時は気になってその様子を見ていたわけだが……やや不格好というか、溺れる一歩手前のような泳ぎっぷりだったと思う。
泳ぎ終えてプールサイドに上がったひよりさんも疲れた顔をしていたし、泳ぐのは得意ではなさそうだ。
そんなひよりさんを海やプールに誘っていいのかなと思いつつ、デートや遊びでそういうところに行った時って実際何をするんだ? とも思いつつ……授業は着々と進行していき、終了十分前という時間になっていた。
「よし! 少し早いけど、今日はここまでにするか! 全員、しっかりシャワーを浴びてから着替えろよ~!」
時間を確認した田沼先生が僕たちへと言う。
女子たちはそんな僕たちに先んじてシャワーを浴びている真っ最中のようで、冷たさに騒ぐきゃ~きゃ~という声が聞こえてきていた。
今すぐにそちらに向かえば、(男女別で分かれているため)同じシャワーを浴びることはできないが、比較的近い距離で女子たちの水着姿を堪能できる。
……という浅ましい欲望を全開にした男子たちは、我先にと地獄のシャワーへと向かって行った。
僕はそんなクラスメイトたちに気圧され、一人遅れてプールサイドに取り残されてしまったわけなのだが……そんな僕に田沼先生が声をかけてくる。
「尾上、すまん! 先生、ちょっと用事があって一旦職員室に戻らなくちゃならないんだ! 悪いが、代わりに忘れ物がないかプールサイドをざっと確認しておいてくれ!!」
「あ、はい。わかりました」
頼んだぞ! と言い残して足早に田沼先生がプールを去っていく。
体には塩素の臭いがこびり付いているはずだが、シャワーは浴びなくていいのかなと思いつつ、この後も水泳の授業があるからいちいちそんなことをする必要もないのかなと思い直した僕は、頼まれた通りにプールサイドの忘れ物を確認していった。
(え~っと……特にこっち側には忘れ物はないかな……?)
あれだけばたばたと去って行った割には、プールサイドに男子の忘れ物のような物は見当たらない。
まあ、そもそも水泳の授業で使う物なんて水着と水泳帽、ゴーグルくらいのものかと思いながら一応男子側のプールサイド全体を歩いて確認を終えた僕は、自分もシャワーを浴びに行こうとしたのだが――?
「あれ……?」
女子が使っていた側のプールサイドに何かピンク色の物があることに気付いた僕は、そこで足を止めた。
女子の授業を担当していた先生も残っていないようで、誰もあれを回収する人はいないみたいだ。
若干の気まずさを感じながらも放置しておくわけにはいかないかと判断した僕は、小走りでその落とし物の下へと向かう。
拾い上げてみれば、それはかわいらしいゴーグルで……女子の誰かがこれを忘れたのは明らかだった。
(どうするかな? まさか、更衣室に乗り込んで聞くわけにもいかないし……)
女子の忘れ物なのは間違いないが、拾った後でどうするかは微妙に判断に困るところだ。
シャワーを浴び終えて着替えているであろうこの落とし物の主がゴーグルがないことに気付いてプールサイドに戻ってくる可能性は十分にある。
そうなった場合、僕が持ち去ってしまったら入れ違いになってしまうし、逆にこのまま僕が放置しても落とし主がうっかり気付かずに戻ってしまったらそれはそれで問題だ。
無難な話でいえば、少し待って落とし主が現れるかどうかを確認してからこれを持って行くべきだろう。
落とした人が気付いて取りに来たら渡せば良し。逆に、誰も出てこなかったら教室に戻って聞いてみればいい。
そう考えた僕が待機することを決めたのとほぼ同時に、僕の名前を呼ぶ声がプールサイドに響いた。
「あれ、雄介くん? 何でこっち側に……? って、そのゴーグル!」
シャワーを浴びて更衣室に向かったはずのひよりさんが、プールサイドに戻ってきていた。
僕が女子が使っていた側のプールサイドにいることに驚いた彼女であったが、僕がピンク色のゴーグルを手にしていることに気付くと、ぱたぱたと小走りになって駆け寄ってくる。
「雄介くんが拾ってくれてたんだ! 探す手間が省けて助かった~!」
「先生に言われてさ、忘れ物がないか確認してたんだ。これ、ひよりさんの?」
「ううん、優希の! 戻る時におしゃべりに夢中になってて、うっかり置いてきちゃったんだってさ! ちゃんと水着に挟んでおけば良かったのにね~!」
と言いつつ、ひよりさんが自分のスクール水着の肩紐をひっぱり、パチンと鳴らす。
確かに彼女の水着には水泳帽やゴーグルが挟んであるなと思いながら、どうして熊川さんの忘れ物をひよりさんが取りに来たのかと視線で問いかければ、彼女はこう答えてくれた。
「優希ってばさ、水着を脱いだ時に忘れ物をしたことに気付いたみたいでさ。すっぽんぽんの状態で「ゴーグル落としてきちゃった!」って大声で言うから、おかしいというかシュールっていうかで……もうみんな大爆笑だったよ!」
「あ、あはは、そうなんだ。それで、水着を脱いじゃった熊川さんに代わって、ひよりさんが取りに来てあげたんだね」
「うん、そんな感じ。あたし、シャワーを浴びるのも最後の方だったからさ。まだ体も拭いてなかったし、ちょうど良かったかなって」
「そっか……あれ? 熊川さんは水着を脱ぐ段階だったんだよね? その段階でひよりさんがシャワーを浴びた直後だったってことは、一緒に更衣室に戻ったわけじゃなかったの?」
「え? あ~、うん……ま、まあ、ちょっとね……」
熊川さんと一緒に行動していたなら、ひよりさんも彼女と同じように水着を脱いだり、最低でも体を拭く段階まではいっていたはずだ。
そうじゃなかったということは、ひよりさんは仲のいい友人と一緒に行動していなかったということになる。
熊川さんだけが早めに戻って、ひよりさんは鉢村さんと一緒に行動していたのかもしれないとも考えたが……それも微妙だ。
その場合は鉢村さんも一緒に落とし物を探しに来るんじゃないかなと考えた僕は、最もおかしい部分に気が付く。
(この状況下で……ひよりさんが僕をからかわない、だと……?)
そうなのだ。お互いに水着かつこれほどまでに近い距離で、プールサイドには他の誰もいないというシチュエーションの中で、ひよりさんが僕をからかってこない。
普段の彼女ならば、にやにやと笑いながら「あたしのスク水姿、どう?」とか「雄介くんはお尻が好きだから、後ろ姿を見せてあげた方がいいかな~?」とか「ちょっとだけ谷間を見せてあげようか? 遠慮しないで、サービスだよ!」とか、そんなことを言いながら大胆な真似をして、僕をからかってくるはずだ。
しかし……今のひよりさんは、先ほどのはぐらかすような回答も含めていまいちピリッとしていない。
何かが変だ、と彼女の言動に違和感を覚えた僕が訝し気な視線を向ける中……なんだかもじもじとしていたひよりさんが、不意にこんなことを言ってきた。
「そ、そういえば、だけどさぁ……! 雄介くんって、いい体してるよね……!!」