ちっちゃくてデカくて可愛い七瀬さんを勘違い元カレから奪って幸せにする 作:烏丸英
「うえっ!? べ、別にいいけど……ひよりさん、なんか変だよ?」
驚きながら、あたしの言動を訝しがりながら、それでもお願いを聞いてくれる雄介くんには本当に感謝だ。
ありがたく思いつつもそっと手を伸ばしたあたしは、雄介くんの割れた腹筋にそっと指先を触れさせ、触感と硬さを確かめるように軽く押す。
そうすれば、思っていた以上に鍛えられている彼の腹筋のしなやかながらも確かに存在している硬さが指先に伝わってきた。
「お、おお……っ!! 硬いけどちょっと柔らかい……! ゆ、雄介くん、腹筋鍛えてるんだね……!?」
「まあ、それなりにはね。昔より回数は落としたけど、今でも家で筋トレはしてるから」
「そうなの!? あたし、そんな場面に遭遇したことないけど!?」
「ひよりさんが家に来てる時はしてなかっただけだよ。流石に見られるのは恥ずかしいからさ」
「ふ、ふ~ん……そうなんだ……!」
どうやらまだまだあたしが知らない雄介くんのあれやこれやが存在しているらしい。
妙な流れからの展開ではあったが、そういった部分を知れたことを喜びつつも腹筋を触っていたあたしは、ついでとばかりに彼に質問を投げかける。
「ところで、筋トレって他に何をやってるの? 腹筋以外にも鍛えてるんでしょ?」
「え? ああ、うん。まあ定番の腕立てとスクワットくらいだよ。あとは体幹トレーニングかな? 接触の多いパワーフォワードだったから、ぶつかり合いに負けないようにしたくってさ」
線は細いままだったけどね、と笑いながら言う雄介くんだが、こうして見るとその言葉に反して引き締まった体の筋肉はしっかり鍛え上げられているように見える。
あたしがそういうことに詳しくないだけで、雄介くんはしっかりばっちり効果のあるトレーニングをしていたのではないだろうか?
「……これまで意識してなかったけど、改めて見ると本当にいい体してるんだなぁ」
「あ、ありがとう……? でもなんで急に意識するようになったの?」
「うわ、太腿からお尻のラインもいいな~……! あたしなんかその辺むっちりしてるけど、雄介くんは筋肉質でキュッと引き締まってるし、羨ましいな~」
「え、えっと、ひよりさん? 大丈夫?」
「この辺も気になるな……ちょっとくらい触っても、大丈夫だろ!」
「ひよりさん!? 僕の声、聞こえてる!?」
「えっっ!? あっ、わわっ!? ひゃんっ!?」
そこそこ大き目の声で雄介くんに名前を呼ばれたあたしは、そこで自分が心の中の声を言葉に出してしまっていたことに気付いた。
慌てたり、驚いたり、恥ずかしかったりで思わず飛び上がった後で後退ってしまったあたしは、途中でバランスを崩して盛大に尻もちをついてしまう。
「だ、大丈夫!? ごめん! そんなに驚かせるつもりじゃ――!」
「い、いや、こっちこそごめんね! 流石に調子に乗り過ぎたっていうか、変なテンションで接し過ぎちゃったっていうか……」
こうして我に返って思ったけど、流石にやってることがヤバ過ぎた。
これだとあの仁科とやっていることが左程変わらないじゃないかと思いつつ、でも体目当てってわけでもないんだしと自分自身に言い訳しながらも自己嫌悪するあたしへと、雄介くんが手を差し伸べながら言ってくれる。
「平気だよ。僕も、嫌じゃなかったから」
「あぅ……ごめんね、雄介くん……」
「謝ることないって! 本当に僕は大丈夫だからさ!」
やっぱり雄介くんは優しいなと思いながら、差し出された手をそっと掴む。
ぐいっと引っ張ってもらって立ち上がったあたしは、自己嫌悪からくるため息を一つこぼした。
嫌じゃなかったとか、大丈夫だからとか、そういうふうに言ってくれてはいるけれど……やっぱり良くないよなと思う。
雄介くんは気を遣ってくれてるんだろうなとか考えながら、変なスイッチが入った状態で彼に不躾な視線を向けてしまったことを反省するあたしへと、笑顔の雄介くんが言った。
「そんなに凹まないで。さっきも言ったけど、本当に嫌じゃなかったしさ。それに、僕だってひよりさんと似たようなことを――ぶふっ!」
「ど、どうしたの、雄介くん?」
励ましと慰めの言葉を口にしていた雄介くんが、不意に盛大に吹き出したことに驚いたあたしがどうしたのかと尋ねてみれば、彼は少し気まずそうにしながら先ほどあたしが尻もちをついた床を指差してみせた。
あたしが彼の指差す先を見てみれば……そこには濡れた水着とお尻が乾いたプールサイドに押し付けられたことで作り出された尻拓が作り出されているではないか。
自分で言うのもなんだが、結構立派だ。認めたくないが、デカい。
という、コンプレックスに感じている部分をバリバリに刺激してくる光景に顔を赤くしたあたしだったが、そんなあたしへと慌て気味の雄介くんが言う。
「た、タイミングが良いのか悪いのかわからないけど、こういう感じっていうかさ……前にもこういうことあったじゃない? ほら、スポーツテストの幅跳びで、僕がひよりさんを怒らせちゃった時みたいな! ね? 僕も似たようなことしてるでしょ?」
「う、うん、そうだったね……」
「あ、でも、その場合だと嫌な気持ちになってるわけで……違うんだよ? 男子として、鍛えられたいい体って褒められたのは素直に嬉しいし、それが恋人からの誉め言葉だったらなおさらそうなんだって! だから、本当に嫌な気持ちになったりとかはしてないから!」
「だ、大丈夫! うん、わかった。あたしも今のでよくわかったから……!!」
慌てる雄介の言葉を若干遮りながら、あたしが言う。
今、こうして昔の出来事を振り返って思ったのだが……確かに恋人にそういう目で見られるのは嫌じゃない。
スポーツテストの時はお尻の大きさをまじまじと見られているようで恥ずかしかったし、そもそも他の男子たちに胸が揺れたりするところを見られたくなくて意図的にタイミングをずらしてたりしてたわけだけど……今はそうじゃなかった。
上手く言えないけど、胸がきゅんとする何かがある。
あたしの好きな人は、あたしのことをちゃんと魅力的だって思ってくれてるんだなって、そのことが嬉しく思えた。
もちろん、体だけが目的だったらもやっとするんだろうけど……あたしは、雄介くんがそういうことを目的としてあたしと付き合ってるわけじゃないということを知っている。
形は違うかもだけど、雄介くんもそうなのだろう。
そもそも、あたしが体目的で彼と付き合うとか、なんかギャグっぽくて逆に笑えてしまうなと思いながら、あたしは雄介くんへと言った。
「とりあえず、一週間プリン奢るよ。似たようなことしたあたしも同じペナルティを負うべきでしょ?」
「……ひよりさんがそれで納得するなら、どうぞ」
「へへへ、ありがと! あ、そうだ。ちょっと耳貸してもらえる?」
「ん? どうしたの?」
以前に雄介くんに課したペナルティを自分にも与えることを宣言しつつ、ちょいちょいと手招きしながらそうお願いする。
あたしの言葉を受けて、しゃがんでくれた雄介くんの耳元に唇を寄せたあたしは、囁くような声量で彼へとこう言った。
「ま~たあたしのお尻に夢中になっちゃって……♥ 雄介くん、本当にえっちなんだから……♥」
「ぐふっ……!!」
ちょっと罵倒気味の発言だが、嫌がっているどころかむしろ喜んでいることを伝えるように甘い声でそう囁いてみせれば、雄介くんは左胸を押さえてその場に崩れ落ちた。
その反応に満足気に笑うあたしへと、顔を上げた彼が苦笑気味に言う。
「ははっ……! ひよりさんがいつも通りの調子に戻ってくれて、嬉しいよ」
あたしも、色々と気遣ってくれる優しい雄介くんが彼氏でとっても嬉しい!
という感じで笑いながら、あたしは一足先に優希のゴーグルを手に、更衣室へと戻っていくのであった。