ちっちゃくてデカくて可愛い七瀬さんを勘違い元カレから奪って幸せにする 作:烏丸英
「はい、もちろんです。ですが、どこから説明したらいいか……」
「息子からある程度の事情は聞いています。二人が交際していることも、娘さんと幼馴染さんとの間に何があったのかも、です」
本題に入るよう促した母が、僕とひよりさんの関係から彼女と幼馴染である江間との間に何が起きているのかまでは知っていると吾郎さんに告げる。
その言葉を聞いた吾郎さんは小さく息を吐いた後、一層真剣な表情を浮かべて口を開いた。
「はい……実は、ですが――」
……吾郎さんの話を簡単にまとめると、こういうことだ。
妄想を暴走させてストーカーと化した江間は、学校でも悪いうわさが広がったことで現在引きこもり状態になっているらしい。
ひよりさんに危害を加える可能性も考えて、江間のご両親が様々な対策をしながら見張っていたのだが……父親の方がやらかした。
僕とひよりさんがクラスのみんなと花火大会に行ったあの日、母親が七瀬さんご夫婦との話し合いのために外出している間に、江間の父親が彼を外出させてしまったらしい。
父親本人は凹んでいる息子が見ていられなくて、気晴らしのために……と言っていたらしいが、吾郎さんたちからすればそんなことをされてはたまったものではない。
不幸中の幸いというべきか、江間が僕たちと遭遇することはなかった。
江間は僕たちが遊びに行ったのとは反対の会場に出向き、そこで何かトラブルに巻き込まれて泣き崩れているところを保護されたとのことだ。
一応、その日は何も起きなかったわけなのだが……当然ながらこの一件は様々な部分に影響を与えてしまった。
まず第一に、吾郎さんたちご夫婦から江間家に対する信頼が完全に失われてしまったということ。
正確には江間の父に対してなのだが、ひよりさんも遊びに出かけていることを簡単に予想できるあの状況でストーカーになっていた江間を勝手に外出させてしまうような人間に信頼など置けるはずもない。お二人の考えも当然のことだろう。
信頼を破綻させたのはお二人だけではない。他でもない江間家自体もまたおかしくなっているようだ。
息子がおかしくなっていることを受け止め、どうにか迷惑をかけてしまったひよりさんたちに謝罪しながら更生の可能性を模索していた母親の和子さんは、夫の最悪の裏切りによって怒りを爆発させた。
しかも勝手過ぎるその行動で江間はさらにメンタルをおかしくしてしまったそうで、どう考えても悪手でしかないその行動はさらなる悲劇を生み出す。
江間の母親である和子さんが、過労によって倒れてしまったのである。
それも無理のないことなのだと思う。ひよりさんと付き合っていた息子はその幼馴染に浮気という裏切りをした上でおかしくなってしまい、夫は無責任な行動で状況を悪化させ、迷惑をかけてしまった七瀬一家に対する申し訳なさからくるプレッシャーに晒され続ければ、おかしくなって当然だ。
病院に運ばれた和子さんはそこでうつ状態になっているとの診断を受け、治療のためにその原因となっている家族から引き離され、ご実家で静養することになったらしい。
つまり今、江間家には最後のストッパーであった母親がいない。
今、あの家にいるのはストーカーと化した江間と、そんな息子を好き勝手させた前科のある信頼できない父親だけなのだ。
そんな二人が、文字通り目と鼻の先で二十四時間生活している……改めて考えれば、恐ろしくて仕方がないことだろう。
その状況を放置できないと考えた吾郎さんと睦美さんは、急いで対策を練り始めたというわけだ。
「どんな行動を起こすにせよ、万が一の事態が起きた時のことを考えるとまずは娘をあのストーカーの手の届かない場所に置かなければいけません。相手側を引っ越しさせるのが筋なのでしょうが、逆にそれでストーカーの動きが見えなくなるのも怖い」
「だから、まずは私たちがあの家から離れようと思ったんです。しかし、それをする前にやはりひよりをどこかに預けなければ安心できない。私たちは引っ越しの用意や手続きをするとなると、ひよりだけをどこかに逃がしておく形がベストではないかと考えました。ですが、その候補が……」
「私たちの両親の家は左程遠い距離にはありませんし、仁秀くんも何度か行ったことがあるから場所を覚えている可能性もある。もしも彼が襲ってきた場合、年老いた両親では娘を守り切れないでしょう。一か月間ホテルやマンションを借りることも考えましたが、一人だけで生活させるということ自体がリスクが高過ぎる」
「そこで白羽の矢が立ったのが、私たちの家ということですね?」
「はい……」
確かに僕たちの家を江間は知らないはずだし、一人暮らしをする必要もない。
万が一江間が襲ってきたとしても、僕だけでなく柔道部に所属している大我もいるからかなり安心だ。
しかし、それでも他人の家に大切な一人娘を預けて心配ではないのかとも思う僕であったが、吾郎さんたちご夫婦がこう話を続ける。
「まだ出会って日が浅くはありますが、私たちは雄介くんのことを強く信頼しています。仕事にかまけていた私たちに代わってひよりを支えてくれた彼がいなければ、状況はさらに悪くなっていたでしょう」
「娘から、そちらのお宅に何度かお邪魔させていただいているということも聞きました。とても優しく受け入れてくださった、素敵なご家族だと窺っています」
自分がここまで高く評価されていることに驚きつつ、むず痒さも覚える。
そんな僕や家族たちを真っすぐに見つめた吾郎さんと睦美さんは、改めて頭を下げて僕たちへと頼んできた。
「負担をおかけすること、申し訳なく思っています。しかし、今、私たちが安心して頼れるのは尾上さんたちご家族だけなんです」
「生活費はもちろんこちらが支払います。お礼ももちろんさせていただきます。どうか、夏休みの間だけでも娘を預かっていただけないでしょうか?」
深々と頭を下げて頼んでくる二人の姿に、どこか苦しさを覚えてしまった僕は母を見やる。
僕たち一家の長は母だ。この頼みを聞き入れるかどうかも、もちろん母が決める。
どうか聞き遂げてほしいと期待を込めて僕が見つめる中、母は口を開くとまず弟たちに聞いた。
「雅人、大我……これから受験勉強だったり部活の大会で大変になるけれど、そんな時にひよりちゃんが家にいても大丈夫?」
「問題ないよ。義姉さんのためなんでしょ?」
「俺も。そんなことでどうにかなるような鍛え方はしてないから」
母からの問いに対して、弟たちは間髪入れずにそう答えた。
僕が当たり前のようにひよりさんを受け入れると言ってくれた二人に感謝する中、そんな僕を真っすぐに見つめた母が質問を投げかけてくる。
「雄介……一つ聞かせて。これから先、ひよりちゃんのためならどんなことでも耐えられるって約束できる? その覚悟は、あなたにある?」
普段の明るく楽しい姿とは全く違う、真面目で真剣さにあふれた雰囲気の母にそう問われた僕は小さく息を飲んだ。
しかし、その質問に対しての答えは、とっくの昔から決まっている。
「……もちろん、あるよ。約束するもなにも、最初からそのつもりだから」
「……そう。うん、わかったわ」
迷いなく、ためらいもなく、そう言い切った僕の姿に満足気に母が微笑む。
そうした後、改めて吾郎さんたちへと向き直った母は、先ほどの二人と同じように頭を下げると、こう答えた。
「事情はよくわかりました。息子たちも、構わないと言っています。十分なお構いができるとは思いませんが……娘さんのことは、私が責任を持って預からせていただきます」
「そうですか……! 本当に、本当にありがとうございます……!!」
……こうして話し合いは決着し、その日からひよりさんとの夏休みの同居生活に備えて僕たちは動き始め……今日に至った、というわけだ。