ちっちゃくてデカくて可愛い七瀬さんを勘違い元カレから奪って幸せにする 作:烏丸英
(だ、大丈夫だ。ジェットコースターよりスピードは出ないし、フリーフォールほど命の危険を感じることもないじゃないか……!)
大嫌いな絶叫マシンを引き合いに出しながら、僕は自分自身へとそう言い聞かせる。
こんなの以前の水族館で乗ったフリーフォールと比べれば大したことないぞと心の中で何度も呟く僕であったが、情けないことに緊張は強まっていくばかりだ。
「次の方、どうぞ~!」
そうやって前のお客さんを送り出して笑顔で振り向いた係員さんの案内が死刑宣告に聞こえた。
二人乗りの浮き輪ボートを見つめる僕へと、実にいい笑顔を浮かべている係員さんが言う。
「あ~、彼女さんと二人乗りですか? でしたら、彼氏さんが前方に乗ってください」
「あれ? あたしが前じゃないんですか?」
「はい。これは万が一の事態の話なんですが、スライダーの終着点から勢いよく飛び出した時に、お客さんたちがボートから落ちたりするじゃないですか? その時に体の大きな彼氏さんが小さな彼女さんに覆いかぶさるように落水しちゃうと、彼女さんの方が浮き上がれなくて溺れちゃう可能性があるんで……申し訳ありません」
「あ、いえ。そういうことなら、僕が前に座りますね……!」
係員さんのお願いに従って前方に座った僕は、取っ手を強く握ると共に深呼吸をする。
これから楽しくスライダーを滑るとは思えないくらいにものものしい雰囲気を発している僕へと、後ろに座ったひよりさんが声をかけてきた。
「雄介くん、大丈夫? なんか、緊張感が背中からも伝わってきてるよ?」
「だ、大丈夫だよ! ひよりさんの方こそ、振り落とされたりしないように気を付けてね!」
精一杯強がってみせた僕は、目の前に見えるチューブの先を見つめて覚悟を決めた。
大丈夫、ジェットコースターよりかはスピードだって出ないし、ループも自由落下もないんだ。多分、きっと……そこまで怖くない、はず。
そうやって僕が自分に言い聞かせる中、ウォータースライダーの係員さんが元気な声で僕たちへと言う。
「はい! 準備OKですね! じゃあ、いってらっしゃーい!」
「えっ!? もっ、もう!? ちょっ、待っ――どわああああああああああっ!?」
「きゃっ――!?」
振り返る間もなく、僕たちが乗っている浮き輪ボートが押され、チューブの中に放り込まれる。
水を弾きながら滑り続けるボートは、僕が想像していたよりもスピードが出ていて……この間のフリーフォールほどではないが、情けない叫びが僕の口から飛び出してしまっていた。
「あんぎゃあああああっ!」
そうして三十秒ほど滑った後、不意に周囲が明るくなったかと思った次の瞬間、僕は水の中に放り込まれた。
スライダーが終わったのだと、終わってしまえば思っていたよりかは怖くなかったなと十分過ぎるくらいに醜態を晒した後で思いながら立ち上がった僕は、一緒にボートに乗っていたひよりさんを探す。
「け、結構楽しかったね! ひよりさんはどうだった……あれ?」
振り向き、後ろにいたはずのひよりさんを探しながら声をかけた僕は、そこにあるはずの彼女の姿がないことに気付いた。
周囲を見回してみたが、近くにそれらしい人影もなく……慌てた僕はひよりさんの名前を叫びながら彼女を探し続ける。
「ひよりさん!? どこにいるの? ひよりさん!」
「おっ、おい、尾上! そこは――!!」
まさか溺れてしまっているのではないかと思いながら水中にひよりさんの姿がないか必死に目を凝らしていた僕は、遊佐くんの声を耳にして顔を上げたのだが……次の瞬間、また別の方向から大きな声が聞こえてきた。
「きゃあああああああっ!! 誰か! 止~め~て~っ!!」
「えっ――!?」
声が聞こえてくる方向を向いた僕が目にしたのは……
黄色と肌色をした大きな桃がこっちに向かって流れてくる光景を目にして唖然とする僕の顔面へと、スライダーを滑り終わった桃が凄い勢いで飛んでくる。
「ぶふっ!? っっ!? っっ!?」
「お、尾上ーーっ!!」
痛みはそこまでではなかったが、巨大な桃に激突された衝撃はそれなりのものだった。
そのまま、桃に顔面を押し潰されるように水の中に沈んだ僕は、状況が理解できないまま僕の名前を呼ぶ遊佐くんの声を聞く。
(なんだこの柔らかいものは!? っていうか、僕今どうなって……!?)
なにがなんだかわからないままにもがいている間に僕の顔に乗っていた柔らかくて大きなものがすっと離れる。
ようやく自由になった僕が慌てて立ち上がれば、そこには探していたひよりさんの姿があった。
「ゆ、雄介くん、大丈夫!?」
「ひよりさん……? あれ、なんで……?」
先ほどまでどこにもいなかったひよりさんが突如として目の前に現れたことに驚いた僕は、暫し考えた後で……全てを理解する。
同時に、先ほど僕の顔面に当たったものの正体も理解した僕は、ひよりさんと一緒に顔を赤くしながら押し黙るのであった。