ちっちゃくてデカくて可愛い七瀬さんを勘違い元カレから奪って幸せにする 作:烏丸英
「っ……!?」
予想だにしていなかったそのお願いに、思わず僕は息を飲んでしまった。
ただ、無意識の内に声を上げることは避けていて……そんな僕へと、ひよりさんが言葉を続ける。
「その、これからしばらくは都合よく二人きりになれる機会があるとも思えないし、今がチャンスかなって……ダメ?」
羞恥に頬を染め、瞳を潤ませながら上目遣いで見つめてくるひよりさんのおねだりを、僕が拒めるはずがなかった。
いや、そもそも最初の段階で僕自身もその気になっていたんだろうなとその時の反応を振り返って思った僕が、バスの走行音に掻き消されるような小さな声で彼女に応える。
「うん、いいよ。内緒で……ね?」
しーっ、と人差し指を立てながらの僕の言葉を聞いたひよりさんが、ぱあっと明るい笑みを浮かべる。
ほんの少しだけ周囲の様子を窺って、周りの人たちが全員夢の世界に旅立っていることを確認した僕たちは、少しずつ相手へと体を近付かせた。
「んっ……! えへへ……久しぶりだね、この距離感……!!」
「そうだね。やっぱり少し緊張しちゃうな」
そっとこちらへと体を向けたひよりさんの肩に腕を回し、彼女を近付ける。
すっぽりと僕の腕の中に納まってしまいそうなくらいに小さなひよりさんと肩を寄せ合うようにして近付いた僕は、暫く間近に見える彼女の綺麗な顔を見つめ続けた。
「あぅ……そんなまじまじ見つめられたら恥ずかしいよ……!!」
「ごめん。でも、やっぱりかわいいなって……」
普段からかわいいとは思っているが、改めて見ると自分が思っている以上にひよりさんがかわいいことがわかる。
緊張してはいるのだろうが、決して強張ってはいない彼女の表情から自身に寄せられている深い信頼と愛情を感じ取った僕は、そのことに強い喜びを感じていた。
「雄介くんのいじわる。あんまり焦らさないでよ……!」
そんなふうに幸せを噛み締める僕であったが、そのせいでひよりさんを待たせてしまったようだ。
小さく微笑みながら甘い声で僕を責めた彼女は、そっと目を閉じるとお尻を浮かせながら上に向けた顔を近付けてきた。
僕もまた体を屈めてひよりさんとの距離を詰め……彼女の小さな唇に、自分の唇を重ね合わせる。
「ん、んっ……!」
ぴくっ、と小さくくぐもった声が彼女の喉から響いてくるのがわかった。
僕も手を掴んできたひよりさんの小さな手を握り返しながら、細めていた目を完全に閉じる。
ゆっくり、ゆっくりとこの時間を過ごす僕は、形容し難い甘さを感じていた。
花火大会の日、初めてひよりさんとキスをした時に感じたかき氷のシロップの甘さとは違う。それとは別の温かさと甘さを感じる僕は、ぎゅうっと強く握ってくる彼女に応えるように自分もまた手に力を込めながら唇を触れ合わせ続ける。
やがて……ひよりさんの手から力が抜け、少しずつ緩み始めたことを合図に、僕はそっと彼女の唇を解放した。
「んっ、ふぅ……息継ぎ、難しいね」
「ふふっ! そうだね……」
まだまだ未熟というか、不格好というか……慣れてないなと、改めて思う。
初めてのキスよりも上手になったとか、そういう雰囲気も一切感じられないし、色んな意味で甘いキスだった。
ただ、胸の中に残る温かさと幸福感はファーストキスの時よりも強く、大きくなっていて……柔らかく微笑むひよりさんの姿を見た僕は、思わず胸に湧きあがってきた想いをそのまま口に出してしまう。
「あのさ……もう一回、いい?」
「ふ、ふふふ……っ♥ 一回したら、我慢できなくなっちゃった? 雄介くんってば、えっちなんだから……♥」
「……最初に誘ってきたのはひよりさんじゃないか。好きな人からあんなふうにおねだりされたら、こっちだって歯止めが利かなくなるに決まってるよ」
「えへへ~♥ わかってますよ~♥ ちゃ~んと責任は取らせてもらいますから、気が済むまで……好きにしていいよ♥」
その言葉に大きく心臓が脈打つことを感じながら、僕は覆いかぶさるようにしてひよりさんの唇を奪った。
強引にキスをするような男らしさはない僕は、それでも彼女を抱き寄せる腕に力を込め、長い時間唇を重ね続ける。
「んんっ♥ んっ♥ んんん……っ♥ ぷはぁ♥ これ、あれかな?
そこまで付き合わせるつもりはない……とは思っているが、実際どうなのだろうか?
自分で言うのも恥ずかしいが、どうやら僕は自分で思っている以上にひよりさんのことが好きみたいだ。
独占欲が強い性格に歯止めが利かなくなった愛情が加わると、ここまで暴走してしまうのかとしみじみ思いながら、三度目のキスをする。
今度はひよりさんの方も自分から顔を近付けていて、嬉しそうにときめく心臓の鼓動が触れ合うからだと唇を通じて僕にまで伝わってきていた。
(完全にバカップルだよなぁ、これ……)
そんなことを考える僕たちを乗せながら、バスは夜の道を走っていく。
それからも何度かみんなに隠れてこっそりと口付けをした後、ようやく満足できた僕たちは改めて周囲に見られていないことを確認してから目を閉じ……とてもいい気分で眠りに就いたのであった。