ちっちゃくてデカくて可愛い七瀬さんを勘違い元カレから奪って幸せにする 作:烏丸英
(もしかして、こうやってひよりさんを抱き締めるのって初めてか……?)
ひよりさんの小さな体をすっぽりと包み込むように後ろから抱き締めている僕は、今までのことを振り返りながらそんなことを考える。
ハグと言われて真っ先に思い出すのはスポーツテスト後に学校の屋上で抱き締めてもらったことだが、僕が彼女を抱き締めたことは今まであっただろうか?
ないわけではないのかもしれないが、少なくともこうして後ろから抱き締める格好になるのは初めてだと思う。
恥ずかしいが、ひよりさんの全てを受け止めているような気持ちになれるこの状況に心地良さを覚える僕へと、小さく笑いながら彼女がこんなことを言ってきた。
「あ~……ちょっとドジっちゃったかも。最近油断してたから、お腹を触られるのは恥ずかしいな……」
「そう? 別に全然太ってる感じはないよ?」
「雄介くんはそう思っても、やっぱり気にしちゃうよ。ご飯も食べた後だし、ぷにぷにしてるって思われたらどうしようってさ」
確かに僕の腕はひよりさんのお腹の辺りで交差しているが、彼女が太っているとかそんなふうには思えない。
実に健康的だよな~、くらいのもので、そこまで気にすることはないと思うのだが……そこは複雑な乙女心というやつなのだろう。
ひよりさんが気にするならばと彼女のお腹を触らないように腕の力を緩めた僕であったが、途端に頬を膨らませたひよりさんが僕を見上げるように振り向きながら不満を口にしてきた。
「雄介くん? どうして腕を緩めたのかな~?」
「ごめんごめん。まったく、しょうがないな……」
気を遣ったつもりだが、ひよりさんにとってはお腹を触られることより僕に抱き締めてもらうことの方が優先順位が高いらしい。
苦笑しながら改めて彼女を抱き締めれば、嬉しそうに笑ったひよりさんが先ほど以上に僕に体重を預けながら満足気に呟きを漏らした。
「それでよし! 個人的にはもうちょっと抱き締める位置を上げて、おっぱいを支えてもらえると嬉しいかな~!」
「それ、逆セクハラだよ。ひよりさんはマイペースっていうか、どんな状況でも変わらないね」
「それがあたしのいいところですから! 雄介くんもあたしのこういうところ、好きでしょ~?」
返事の代わりに腕と脚に力を入れ、ひよりさんをもう少し近くまで抱き寄せる。
その反応に彼女がとても嬉しそうに笑う様を間近で見ていた僕は、同時に自分たちに突き刺さる視線に気が付いた。
「母さん、雅人……わかったぜ。このゲームには、必勝法がある!」
「ああ、俺も気付いたところだ。いざって時は横を見れば、イチャつく兄夫婦を見ることで恐怖が緩和される!!」
「流石は私の息子たち、そこに気が付くとは……やはり天才か」
考えるまでもなかったが、僕たちの周囲には家族がいる。
そのすぐ近くでこんなやり取りを繰り広げれば、見られるのも当然の話だろう。
「家族にこういうことを言うのも気がひけるけどさ……話す内容が馬鹿みたいだね」
「は~? お前が人を馬鹿呼ばわりできんのか? 家族の前で堂々とバカップルっぷりを見せつけてるってのに?」
「困った、ちょっと言い返せない」
弟のド正論に反論を諦めた僕は、これ以上何も言わないことにした。
ホラー特番はその間にオープニングトークが終わっており、本格的に心霊映像が流れ始める雰囲気が漂う中、突破口を見つけたとばかりに拳を握り締めた母が言う。
「もう大丈夫! 怖い映像が流れそうになったら横を見ればいいんだから、何も心配いらないわ!」
「え~? お義母さんたちに見られてると、あんまり雄介くんとイチャイチャできないから困っちゃうな~……」
「そ、そんな……! こんなに簡単に俺たちの必勝法が崩れるだなんて……!」
「考えたな、チクショー!!」
「別に何も考えてないんだけど? っていうか時間も時間だから、あんまり大声出すなよ?」
勝手に希望を抱き、勝手に絶望する家族へとツッコミを入れつつ、そもそも家族の前でイチャつく前提が間違っている気がしなくもないと心の中でひよりさんにもツッコミを入れる。
まあ、それを容認している僕が何かを言う立場にはいないか……と考え直した僕は、どうせならこの状況を楽しむかとばかりにひよりさんを抱き締めながら、ホラー特番を鑑賞していった。