ちっちゃくてデカくて可愛い七瀬さんを勘違い元カレから奪って幸せにする 作:烏丸英
自宅の最寄り駅から電車に乗ってニ十分ほどのところにある霊園に、父は眠っている。
迎え盆であるこの日には、うだるような暑さにも関わらず先祖や家族を迎えに来たであろう人たちの姿があった。
そういった人たちとすれ違い様に会釈をしながら慣れた様子で霊園を歩いていった僕たちは、目当ての墓石の前で立ち止まる。
尾上家之墓……と刻まれている墓石を見上げた僕たちの中から、母が代表して口を開いた。
「……迎えに来たわよ、あなた」
ここで眠っている父へとそれだけ言った母が口を閉ざすと、持ってきた荷物を開いた。
新品の布巾や古新聞、ペットボトルに入った水なんかを取り出していく母からそれらの品を受け取った僕たちは、これまた慣れた様子で行動を開始する。
花立てを回収し、夏の暑さで枯れてしまった花を取り出して持ってきた古新聞にそれを包む。
同時に腐ってしまった水を捨て、腐臭とぬるっとした嫌な手触りがする花立ての中を洗おうとした僕は、幾つかあるそれをひよりさんが洗おうとしている姿を見て、彼女に声をかけた。
「いいよ、ひよりさん。汚いし、僕がやるから」
「ううん、あたしもやる。家族の一員として、ちゃんとお義父さんにご挨拶したいんだ」
「……わかった。それと、ありがとう」
真剣な表情を浮かべながら花立てを洗う彼女の横顔を見つめた僕は、その答えを聞いて頷くと共に感謝の気持ちを伝えた。
枯れた花たちと線香の灰をまとめ、洗った花立ての中に新しい水を注いで代わりの花を活けた僕たちは、ごみを捨てるついでに近くにある水道で汚れた手を洗う。
「あれ、結構臭かったでしょ? 夏場はだいぶ臭いがきつくなるから、しっかり手を洗った方がいいよ」
「そうだね。臭い手でお義父さんに挨拶したら、失礼だもんね」
そんな会話を繰り広げながら、僕の隣で手を洗うひよりさんをじっと見つめる。
初対面……いや、会ったこともない僕の父のために、大勢の人が嫌がる役目を負ってくれたんだなと思い、改めて彼女に感謝した僕は、ズボンのポケットからハンカチを取り出し、それを手渡した。
「これ、良ければ使って」
「ありがとう! いや~、手を拭く物を持ってきてなかったから、ちょっと焦ってたんだよね。スカートで拭くところだったよ!」
ふふっ、と明るくおどけるひよりさんの言葉に僕が笑みを浮かべる。
僕もまた彼女が使い終わった後で自分のハンカチで手を拭いた後で父の墓の前に戻れば、母が持ってきた布巾で墓石を拭いている姿が目に映った。
「おかえり。もうちょっとだけ待っててね」
「僕たちのことは気にしないで。焦らなくて大丈夫だよ」
毎回、墓参りの時は母がこの仕事をする。
丁寧に父の墓を掃除する母へとそう返事をしてから、僕は弟たちとひよりさんと一緒に待つ間にじっと墓を見つめた。
(一年ぶり、かな……)
それなりに近い位置にある霊園だが、墓参りに来る頻度はそこまで高くない。
僕は去年、高校受験があったし……お盆の時期以外にはお参りに来た記憶がなかった。
ただ、母は定期的にここを訪れているようだ。
忙しい仕事の合間を縫って、月命日には墓参りに行けるよう、スケジュールを調整している。
父の墓が比較的綺麗なのはそういった母の行いがあるおかげだと思う僕の前で、墓石の掃除を終えた母が使っていた布巾を片付けると共に言った。
「お待たせ。じゃあ、お線香あげましょうか。雄介、お願いね」
「うん、わかった」
持ってきていた線香の箱を開け、そこから適当な量の線香を取り出した僕は……その手を止めた。
今日は今までより一人分多くの量が必要だと思い出し、もう一つまみ線香を追加した後で箱を閉め、もう片方の手で掴んだライターで火をつける。
ややあって、お香の香りが煙と共に立ち上り始めて……手に持っている全ての線香に火がついたことを確認した僕は、それを家族へと分けていった。
「サンキュー、雄介」
「ありがとな」
僕から線香を受け取った家族が、それを父の墓前に供えると共に手を合わせる。
僕もまた、ひよりさんと共に手を合わせて心の中で父に挨拶をした後……静かに目を開いた。
「……色々と話したいことはあるけど、まずはあなたが疑問に思ってることを答えてあげないとね。いつもより人が多いなって、そんなこと考えてるでしょ?」
お参りを終えた母が、笑みを浮かべながら父へとそう言う。
僕とひよりさんが背筋を伸ばす中、母は父へと彼女を紹介した。
「この子は七瀬ひよりさん。雄介の彼女さんで、色々あって夏休みの間、家で預かってるの。本当にいい子なのよ。雄介にはもったいないくらいにね」
冗談めかしてそう言った母の言葉に、僕は苦笑を浮かべた。
そうした後、振り返った母に促されて前に出た僕たちは、並んで父の墓前に立つ。
「は、はじめまして。七瀬ひよりです。少し前から雄介くんとお付き合いさせていただいていて、真理恵さんたちにもお世話になってます。ご、ご挨拶が遅くなって、本当にすいませんでした!」
緊張気味にそう捲し立てたひよりさんが、勢いよく頭を下げる。
そこまでする必要ないのになと僕が思う中、顔を上げた彼女は小さな声で話を続けた。