ちっちゃくてデカくて可愛い七瀬さんを勘違い元カレから奪って幸せにする 作:烏丸英
「後片付け、手伝ってくれてありがとう」
「あたしも一緒に食べたんだし、当たり前だよ。餃子、美味しかったね!」
夕食後、久しぶりにお酒を飲み過ぎて潰れてしまった母とお腹いっぱいになって眠気が押し寄せてきたであろう弟たちに代わって後片付けしていた僕とひよりさんは、二人で並んで洗い物をしながらそんな話をしていた。
家族全員でホットプレートを囲んで食べる餃子が美味しかったと感想を述べた彼女は、最後の洗い物であるコップを食器乾燥機の中に置くと少し間を空けてから僕にこんな質問を投げかけてくる。
「あのさ……雄介くんのお父さんって、どんな人だったの?」
「どんな人、か……」
今までずっと、ひよりさんに父の話はしてこなかった。
避けていたわけではないのだが、なかなか話す機会がなかったという感じだ。
ひよりさんの方も今日がいい機会だと思ったのか、父がどんな人だったのかという素朴な疑問を投げかけてきた。
濡れた手をタオルで拭きながら自嘲気味に笑った僕は、彼女の方を見ずにその答えを口にする。
「実を言うとさ、あんまり覚えてないんだ。もうずっと昔の記憶だからさ……」
「え……?」
あまりこういう話を聞かせるのはよくないかとも思ったが、嘘は吐けなかった。
驚くひよりさんの視線を浴びながら、僕は淡々と正直な答えを述べ続ける。
「顔は写真があるから覚えていられるけど、他のことはそうじゃないんだ。声も、どんな趣味があったのかも、思い出も……もうはっきりと覚えてるって言えるものはほんの少ししかない」
「………」
「覚えてるのは……そう、一緒にバイクに乗ったことかな。ほんの少しだけ、数分にも満たない時間だったけど……今でもそれだけは憶えてるんだ」
どんなきっかけでそうなったのかは忘れてしまった。ただ、どこかで父と一緒にバイクに乗った時、その背中にしがみつきながら風を感じたことだけは覚えている。
高速道路どころか交通量の多い道路に出たわけでもない、家の周囲をぐるぐると走り回った程度のことだったと思う。
だけど、今でもあの日に感じた父の広い背中だけは、記憶に焼き付いたように鮮明に覚えていた。
「あとはそうだな。ホラー映画が好きだったかも。休みの日はリビングで色々見てたような気がしてたし、僕も隣で一緒に見た記憶があるかな」
「そっか……お義母さんもそんなこと言ってたもんね」
ホラー特番を見た時の母の言葉を思い出して呟いたひよりさんへと、僕が微笑みながら頷く。
僕が家族の中で唯一ホラーに耐性があるのは、父と過ごしたそんな時間が関係しているのだろう。
逆に、雅人や大我がそういったものに苦手意識があるのは、僕とは違って父と一緒に過ごした時間が短いからかもしれない。
そうやって振り返った時に少し思ってしまう。弟たちは、父のことをどこまで覚えているのだろうか? と……。
長男として、一番父と一緒の時間を過ごした僕でさえもう朧気な記憶しか残っていない。なら、僕よりも短い時間しか過ごせていない二人はどうなのだろうか?
どうしてだか……それを聞くのが怖いと思う僕がいた。
だから、もうそれ以上考えないようにした僕へと、申し訳なさそうな表情を浮かべたひよりさんが言う。
「ごめん……あんまり聞かれたくないことだったよね」
「そんなことないさ。毎年、この時期には振り返ったり思い出したりすることだしさ。だから、その度に毎回思うんだよ。僕の父親は、どんなことを考えてる人だったんだろうなって……」
僕の中にある父との思い出は、あまりにも少ない。
全てを覚えていたとしても、それはきっと決して多くない数なのだろう。
記憶の中にあるあの広い背中は、写真の中で楽しそうに笑う父は、その瞬間に何を思っていたのだろうか?
僕はいつか、父のことを理解することができるのだろうか?
「直接、話せればいいのにな……今、ここにいるんだからさ」
この話を、父は聞いているのだろうか? どんな顔をして、僕たちのことを見守っているのだろうか?
理解したいと思う。何でもいいから、父について知りたいとも思っている。
一年に一度、少しでも話ができたのならその願いも叶うのにと……そんな自分のセンチメンタルな考えに、僕は自嘲気味な笑みを浮かべた。
「な~んてね。こっちこそごめん、変な話聞かせちゃって」
「ううん、いいよ。元はと言えば、あたしの質問がきっかけだしさ。それよりも……んっ!」
ひよりさんも決して、こんな空気になることを望んで質問したわけではないはずだ。
僕が上手く答えられなかったばかりに変な雰囲気にしてしまったことを謝罪すれば、彼女は大きく広げた腕を僕の方へと伸ばし、何か言いたげな目でこちらを見つめてきた。
ひよりさんが何を言わんとしているかを理解した僕は、深くため息を吐いた後……その腕の中に倒れ込むようにして体を預ける。
「……ありがとう、ひよりさん。ちょっと、寂しくなってたところだったんだ」
「ふふふ……! 大丈夫だよ。あたしがずっと傍にいるから、寂しくなんてさせないからね……」
そっと、ひよりさんが僕の頭を抱えるように腕を回す。
床に膝をつき、彼女に甘えるようにもたれ掛かる僕は、優しく頭を撫でられる感覚に目を細めた。
「いつか、雄介くんが父親になったらさ、お義父さんの気持ちに近付けるんじゃないかな?」
「そうかな……? そうだといいな……」
その時にはきっと、僕の傍にはひよりさんがいる。確信に近いそんな思いを、僕は抱いている。
心に穴が空いたような寂しさを癒してくれるひよりさんの優しさに甘えながら……僕は、そんなことを考えるのであった。