ちっちゃくてデカくて可愛い七瀬さんを勘違い元カレから奪って幸せにする 作:烏丸英
――それから大我が帰ってくるまでの間、家の中には深刻な空気が漂い続けた。
もちろん、その間にただ押し黙っていたわけではない。
鉢村さんからの電話について、ひよりさんから話を聞き、状況を整理することも忘れなかった。
不幸中の幸いというべきか、ひよりさんは安全地帯である僕たちの家にいる。ここを紫村さんが突き止められるはずがない。
そういった状況や僕や家族からの励ましもあってか、ひよりさんも早く立ち直ると共に鉢村さんからの連絡について僕たちに報告をしてくれた。
少し長い話であったが、簡潔にまとめるとこんな感じだ。
今日、鉢村さんは自分がバイトしている店舗ではなく、僕たちの家から少し離れたところにある『やっぱ寿司!』で助っ人として働いていたらしい。
事件が起きたのは電話をする少し前のことで、レジで仕事をしていた鉢村さんの下にいきなり紫村さんが乗り込んできたそうだ。
「玲香が言うには、紫村はあたしのことを探してたみたい。なんか、すごい剣幕だったって言ってた」
そう不安そうに語るひよりさんの話を聞きながら、僕は大我が目撃した場面はそこなのだろうと理解する。
大我もそうだが、鉢村さんも冷静な性格だ。その二人が口を揃えて異様な様子だったと語るということは、今の紫村さんは相当におかしな雰囲気なのだろう。
いったいどうして彼女がそうなってしまったのかを知りたいところだが……鉢村さんはそこで他の店員さんに助け出されてバックヤードに避難したため、詳しいことはわからないとのことだ。
紫村さんに関しても店側が何かをする前に逃げ出してしまったとのことで、何を目的にひよりさんを探していたのかもわからずじまいだった。
その後、脅威こと紫村さんが店から去ったことを確認した鉢村さんは、このことを伝えるためにひよりさんに連絡して……今に至るということらしい。
「ちょっと待ってくれよ。その紫村って、義姉さんの元カレの浮気相手だよな? どうしてそいつが義姉さんを探してるんだ?」
「何かあるんでしょうけど、わからないことだらけね。とにかく、大我が帰ってくるのを待ちましょう」
話を聞いて困惑した雅人の言う通り、紫村さんがひよりさんを探す理由が全くわからない。
僕たちが脅威と認定していたのは江間の方で、その浮気相手である彼女のことは眼中にない状態だった。
それが何故、急に彼女までもがストーカーになってしまったのだろうか?
僕たちが意味がわからずに困惑する中、家のチャイムが鳴ると共に大我が家に帰ってくる。
「ただいま。急に変な連絡しちゃってごめん」
「いや、むしろ助かった。早速で悪いけど、何があったか教えてくれ」
「ああ、実は――」
大我の話も、概ね鉢村さんのそれと同じだ。
友人たちと『やっぱ寿司!』で食事をしていた大我は、トイレに立った時にレジで暴れる女性に絡まれる店員の姿を目撃した。
何か面倒なことが起きてそうだな……と辟易としながらその場面を見ていた大我であったが、二人の口から飛び出してきた名前に驚き、足を止めたそうだ。
「ビビったよ。発狂してるくらいに暴れてる女が、七瀬はどこにいる!? って叫んだんだからさ。最初は偶然かと思ったんだけど、珍しい苗字だし、何より絡まれてる店員さんもひよりって名前を口に出したから、もう義姉さんのことで間違いないって思って……」
「それで、その後どうなったんだ?」
「俺も驚いてさ、思わずその女に近付いて声掛けちゃったんだ。そこで前に聞いた浮気女の特徴と目の前の暴れてた奴の姿が似てるって気付いてさ、あんたは紫村二奈なのか? ってつい聞いちゃったんだよ」
大我からそう質問された紫村さんは、とても驚いたようだ。
無理もない。全く面識がない大柄な男が自分の名前を知っていたんだから、そんな反応にもなるだろう。
紫村さんが驚いて固まった隙に、彼女に絡まれていた鉢村さんは他の店員に連れられてバックヤードに避難することができた。
その後、店長さんが応対を代わり、紫村さんと話をし始めたようだ。
「もうそっからはしどろもどろになっててさ。下を向いて黙ってたかと思ったら、急に駆け出してその場から逃げ出して……結局、あいつが何のために義姉さんを探してたかはわからなかったんだ」
「……多分、その鉢村って人、今日だけたまたま別の店で働いてたんだろ? だったら、浮気女がその人を見つけたのも偶然だったんだろうな。んで、頭に血が上って突撃しちゃった……って感じだと思う」
大我の話を聞いた雅人が冷静に状況を分析する。
確かに弟の言う通り、紫村さんが鉢村さんを狙って『やっぱ寿司!』に押し掛けた可能性は低いだろう。
レジで作業している彼女の姿を見て、思わず乗り込んでしまったと考えるのが自然だ。
問題は、どうして彼女はひよりさんを探していたのか? という部分だが……やはりそこに関しては全くと言っていいほど情報がないため、断定はできなかった。
「ごめん……色々話したけど、結局不安にさせるだけになっちゃった……」
「そんなことないわよ、大我。あなたの報告があったおかげで、すぐに動ける。今あったことを睦美さんと吾郎さんに報告してくるわ。どう対処するか、話してくるわね」
そう言って電話を手に取った母が、リビングを離れた。
その背を見送った後で、僕もまたひよりさんと弟たちへと言う。
「確かに不安だし、色々とわからないことが多いけど……でも、逆に良かったと思う。かなり早い段階で、紫村さんの危険性が判明したんだからさ」