ちっちゃくてデカくて可愛い七瀬さんを勘違い元カレから奪って幸せにする 作:烏丸英
――始まりは、わずかに感じた視線だった。
夏休みが始まって間もない頃に確かに感じた誰かに見られているという感覚……ほんの少しの間だったし、すれ違い様に誰かが私に見とれたんだろうとその時は納得して終わったが、今は状況が一変している。
時間が経つにつれ、その感覚は段々と、そして着実に強まっていった。
友達と遊んでいても、どこかを歩いていても、家の中にいる時でさえ、誰かに見られているという感覚が拭えないのだ。
その視線に不安を感じた私は、できる限り誰かと一緒にいようとした。
家の中は家族がいるから安心できるとして、問題は家に男である父親がいなくなる日中だ。
そういう時はバスケ部のマネージャーとして練習に参加し、男たちに囲まれることで安全を確保しようとした。
バスケ部には私に好意を寄せている男たちがわんさかいるし、キャプテンも彼氏面で私に近付こうとしてくれる。
だから安心できると思ったのだが……私のそんな考えは、男の傍にいると強まる視線によって打ち砕かれてしまった。
私が男と一緒にいると、監視の視線が憎しみに染まったような鋭いものになる。
明らかに変化した視線に怯え、できるだけ男子たちとの絡みを避けて同じマネージャーである女子たちに近付こうとした私であったが、彼女たちは周囲にバレないように私を拒絶していた。
元々、サボりがちだったせいで嫌われていたのだろうし、向こうは毎日のように練習に参加する中で交友関係を深めていたのだろう。
視線の恐怖から逃げるように男子たちに近付いたせいで、マネージャーの女子たちからは
その間にも私を監視する何者かの気配は日に日に強まっていて……私の精神は、どんどん削られていった。
何を馬鹿なと言われてしまうかもしれないが、誰かが私を監視していることは間違いない。そう確信できるくらいの視線を感じている。
問題は何も証拠がないこと……全ては私の自意識過剰だといわれてしまえばそれまでの話だということだ。
ただ、犯人はほぼわかっている。江間仁秀……夏休みに入る前、私が捨てた元カレであるあいつで間違いない。
暴走して元カノである七瀬へのストーカーを始めたあいつがまき散らす火の粉に巻き込まれないために、迅速に縁を切ったわけだが……その対象が今度は私に向いてしまっている。
周囲を敵だらけにすることで仁秀を上手いこと無気力な引きこもり人間にしたはずだったが、何もかもを失った人間の暴走する力を甘く見ていたようだ。
本当に……どこまでも面倒をかけてくれる迷惑な男である。
しかし、江間がストーカー化したことについて、私は家族に相談できなかった。
その理由は私の姉にある。私はかつて、姉の彼氏を奪ったことがあるからだ。
ほんのちょっとの遊びのつもりで誘惑をかけたら、姉の彼氏は私の方に靡いた。
彼女持ちの男を誘惑して奪い取る遊びの楽しさを知ったのもその時だ。これが私の秘密の遊びが始まったきっかけだった。
当然、そんなことをしたから姉には恨まれているが……そのことを姉は両親には報告していない。
両親は私に甘いし、何より強引に奪い取ったのではなく彼氏が姉よりも妹である私を選んだのだから、責任の大半は彼とそんな男を選んだ自分自身にあるからだ。
そう納得せざるを得ない姉の悔しそうな姿が、私の興奮をさらに高めたことは言うまでもない。
しかし、今はその経験が私の首を絞めている。
このことを家族に相談するということは、姉に付け入る隙を見せるということだ。
仁秀のことを相談したら、当然同じストーカー被害に遭った七瀬に話を聞くことになる。
そうなったら仁秀は私があいつから奪い取った男であることがバレるだろうし、姉もこの機にかつての恨みを晴らすために私の悪行を両親に暴露するだろう。
それだけは避けたい……というより、避けなければならなかった。
だから私はバスケ部のキャプテンを頼った。得意の演技で彼に泣きつき、彼に頼んで仁秀と面識のない友人にあいつの家に向かってもらい、周囲の様子を窺ってもらうことにしたのだ。
結果としては、仁秀の動向は窺えなかったのだが……他に重要な情報を入手することができた。
仁秀の家のすぐ近くにある七瀬の家から、七瀬が生活している雰囲気が感じ取れなかったのである。
何枚か隠し撮りした写真には七瀬の両親のものと思われる洗濯物は写っていたが、七瀬の服は見当たらなかった。
あれだけ馬鹿デカい胸と尻をしている女だ、下着のサイズもかなりのものだろう。その下着も、他の衣類も、干されていなかったということは……あいつは今、家にいない。
その情報を得た時、私は全てを理解した。
仁秀は、七瀬が消えたから私にターゲットを変えたのだ。
おそらく七瀬の両親は仁秀から娘を守るためにあいつをどこかに避難させたのだろう。
そのせいで仁秀は七瀬の居場所がわからなくなり、暴走を強めながら私へと矛先を変えた。
本当に面倒なことをしてくれる。七瀬とあいつの家族のせいで、私の生活は滅茶苦茶だ。
早くあいつに責任を取らせなければ……あいつを探し出して仁秀に差し出し、ターゲットを元通りにしなければ。
あいつがどうなろうと知ったこっちゃない。こっちはいつでもどこでも自分を見つめてくる視線を感じて、狂いそうになっているんだから。
周囲の男たち全員が敵に見えるような恐怖を感じ続ける生活なんて、もう御免だ。
なんとしても七瀬を探し出し、仁秀の元に連れ戻す。それで、私の生活に平穏が戻ってくる。
そのために自分を監視する視線に耐えながら血眼になってあいつを探し続けた私に、神が微笑んでくれたようだ。