ちっちゃくてデカくて可愛い七瀬さんを勘違い元カレから奪って幸せにする 作:烏丸英
(ついにこの日が来てしまったか……)
八月も終わりに近付いたある日のこと、僕は部屋のカレンダーを見つめながらそんなことを思っていた。
胸中は大多数の緊張と一抹のときめきに満ちていて、どうにも気分を落ち着かせられないでいる。
本日は月曜日、学生の身分である僕たちは夏休みの真っ最中だが、社会人である母は仕事に行かなければならない。
大我は部活の友達と夏休みの思い出作りのために旅行に行っているし、普段は家にいることが多い雅人も受験に向けた今日から勉強合宿を行うため、家を空ける。
つまりは母が帰ってくるまでの間、僕とひよりさんだけがこの家で過ごすことになっている……というわけだ。
少し前まではどこかに出掛けようかとデートの計画を立てていたのだが、紫村さんの件もあって今は外出は危険だと判断した。
意外かもしれないが、僕の家でこんなに長い時間を二人きりで過ごすというのは、初めてのことかもしれない。
休日には母が家にいたし、平日もなんだかんだで弟たちのどちらかが家にいた。
そうでない時はデートだったり、買い物だったりで出掛けていたわけで……夜までの長い時間を二人きりで過ごすというのは初めてのことだ。
恋人同士である若い男女が家で二人っきり……という、なんとも甘酸っぱくも危うさも感じるシチュエーションに心臓の鼓動を早くした僕は、深呼吸をすることで気持ちを落ち着かせる。
ただ、そうやって落ち着かせた心も少し経てばまたざわついてしまい、僕は自分が想像以上に浮足立っていることに自嘲気味な笑みを浮かべた。
(ひよりさんと、家で、二人きり……! どう過ごせばいいんだ……!?)
色々としたいことは思い付くが、やはりいけない方向に考えが向かってしまうのが青少年というもの。
女の子……それも恋人と二人きりということになれば、そういうふうに考えてしまうのもおかしくないと自分自身を弁護したい。
ただ、それだけは絶対にしてはいけないという想いが僕の中にはあった。
少なくとも今、この夏休みの間だけは一線を踏み越えてはならないと……自分自身にそう言い聞かせた後、僕は部屋を出てリビングへと向かう。
(あまり構えず、普段通りでいこう。リラックスして、普通に過ごせばいいんだ)
現在時刻は朝の十時。母は帰りが遅くなると言っていたから、帰りは八時くらいになるだろう。
その間にいつもしていることを、いつも通りにすればいい。
具体的にいえば昼食を食べ、洗濯をして、夕食を作り、それを食べるのと前後してお風呂に入って、寝る支度を整えれば――!
(いや、無理! いつも通りは流石に無理だって!!)
やることはいつもと変わらないはずなのに、そこに『ひよりさんと二人で』という注釈を付けると一気に難易度が上がるように感じるのはどうしてだろうか?
今まで二人で料理したこともあったはずだし、初めて家に来た時も短い間ながら二人きりだったはずだ。
それが恋人という関係になって、家族もいない二人きりの状況だというだけでここまで感じ方が変わるものなのかと、僕は自分でも驚いてしまっていた。
(落ち着け。平常心だ、平常心……! 何かをする前に動揺し続けてどうする? とにかく落ち着け!)
こんなことを考えてしまっている時点で落ち着いていない気しかしないが、もうどうしようもない。
自分自身にそう言い聞かせた僕は、立ち直ると共にリビングに続く扉に手をかける。
部屋からここまでそう離れていないはずなのに、今日はとんでもない距離を歩いた気がするぞ……? と、自分の心の乱れが原因で感じた錯覚にげんなりとした感想を抱きながらドアを開けた僕は、そこで待っていたひよりさんの姿を見て、目を丸くした。
「ふっふっふ~……! ついにこの日が来たね、雄介くん!」
「……あの、ひよりさん? 何をしてるの? っていうより、なんで水着姿?」
「そりゃあ、今日はお義母さんたちの前ではできないことをやれるチャンスだからね! 思いっきりはっちゃけてみました!!」
そう堂々と僕に報告するひよりさんは、夏休みに入って間もない頃に買ったあの三角ビキニを着ていた。
屈託のない笑顔が眩しいなだったりだとか、オレンジと白のストライプが実に鮮やかだとか、やっぱりひよりさんは色々と大きいな……だとか、家の中で水着姿になっているという非日常感のせいで思考が明後日の方向に飛んでしまっていた僕は、ぶんぶんと首を振ってどうにか自分を正気に戻す。
そうこうしている間にえっへんと胸を張ったひよりさんが、笑顔で僕にこう言ってきた。
「さ~て、今日は人の目を一切気にしなくていいわけだし……家の中で思いっきりイチャイチャしちゃうぞ~っ!!」