ちっちゃくてデカくて可愛い七瀬さんを勘違い元カレから奪って幸せにする 作:烏丸英
(特に変な感じはしないな。普通に料理を作ってくれたみたいだ……)
廊下を歩く中でも色んな部分に注意を払い続けた僕は、キッチンから漂ういい香りを嗅いで少し安心した。
香ばしいこの匂いから察するに、ひよりさんはフライパンを使って料理をしたようだ。
それならば多分、裸エプロンの線は消え去ったなと大真面目に変なことを考えた僕は、それでも油断せずにリビングに繋がる扉の前に立つ。
意を決して掴んだドアノブを捻り、扉を開けた僕は、テーブルの上に並べられた料理とパタパタと動くひよりさんの姿を見て、ほっと安堵のため息を漏らした。
「ごめんね! 思ってたより時間かかっちゃった! さあ、座って座って!!」
「う、うん……こっちこそありがとう。あと、ごめんね……」
そう言って食事の支度をしながら僕に座るよう促すひよりさんは、別段変な格好もしていない。
普通……と言ってしまうと何か変な気もするが、普段通りの明るい彼女だった。
ひよりさんはこうして僕のために料理を作ってくれていたというのに、その僕は部屋で一人変な妄想を働かせていたと思うと恥ずかしくなる。
絶対にこのことはバレないようにしようと思いつつ、謝罪の言葉を述べた後で食卓に着いた僕は、まだ主菜が出ていないことに気付くと共に、まだひよりさんが何を作るのかを聞いていなかったことにも気が付いた。
(何なんだろう? っていうか、この香りには覚えがあるような……?)
フライパンを使ったのだから焼き料理であることは間違いないのだろうが、絞り込む候補が多過ぎた。
それと、さっきは警戒心のせいで気付かなかったが、この香りにはとても馴染みがあるような気がする。
いったい、これは何の香りだったか……? と僕が考える中、ひよりさんが正解の料理を手に姿を現した。
「じゃっじゃ~んっ! お待たせしました! 本日のメインディッシュで~す!」
「えっ……!? これって……!!」
コトン、と音を立てながら僕の前に置かれた料理。滅多に使わない長方形の皿に乗せられたそれを見た僕が目を丸くする。
そんな僕の反応に満足気な笑みを浮かべたひよりさんが、大きく胸を張りながら口を開いた。
「うん、餃子だよ! お義母さんにレシピを教えてもらったからさ、雄介くんのために作ってみようと思ったんだよね!」
ほかほかと湯気を立ち昇らせる、一口サイズの美味しそうなそれは、我が家の全員が大好きな餃子だった。
少し前のお盆の日、ホットプレートを囲んで家族全員で食べた思い出を頭に思い浮かべる僕に対して、照れ笑いを浮かべたひよりさんが言う。
「まあ、慣れてなかったせいで時間がかかっちゃったし、味の方もお義母さんには劣ると思うけどさ……一番大事な部分は教わった通りにしてあるから!」
「一番大事な部分……?」
母お手製の餃子の作り方に、そんな特別なところがあっただろうか?
そう思いながら首を傾げる僕の前で、笑みを浮かべたひよりさんが手でハートの形を作ると、それを左胸に押し当てる。
むにっ、と彼女の大きな胸が形を変える様に僕が少し恥ずかしさを覚える中、ひよりさんは明るく温かい声で言った。
「食べてほしい人のことを思って、愛情をたっぷり込めること……! それが、美味しくなる秘訣なんだって! だから、あたしも雄介くんに美味しく食べてもらえますようにって思いながら、いっぱい愛を込めたよ!」
「ひよりさん……!」
そう言うひよりさんは少し恥ずかしそうだったが、嬉しそうでもあった。
彼女が作ってくれた餃子へと視線を落とした僕は、微笑みを浮かべながら息を吐いた後で顔を上げ、口を開く。
「……ありがとう。じゃあ、早速食べさせてもらうね」
「う、うん……どうぞ……!!」
僕が穏やかな気持ちになるのとは真逆に、ひよりさんは緊張し始めているようだ。
そっと箸で彼女お手製の餃子を掴み、口へと運ぶ僕の姿を、固唾を飲んで見守っている。
一口サイズのそれを頬張り、熱さに少しだけ目を開きながらしっかりと味わうように何度も噛み締めた僕は、静かに喉を鳴らして餃子を飲み込む。
そうした後……幸せと恥ずかしさと感動を入り混じらせた複雑な笑みを浮かべながら、僕は料理の感想を述べた。
「……美味しいよ。母さんのとは少し違うけど、僕はこっちの方が好きだ」
「本当!? お義母さんのよりも美味しいっていってもらえるのは嬉しいけど、あたしに気を使ったりしてない?」
「そんなことないよ。きっと、ひよりさんが僕のために作ってくれた餃子だから、すごく美味しく感じられるんだと思う」
決して母の料理を下に見ているわけではない。餃子だって作り慣れている分、母の方が美味しいはずなのだろう。
だけど、この餃子は別だ。この餃子は、
僕に美味しい料理を食べてもらいたい。これを食べて、笑顔になってほしい。そんなひよりさんの想いと愛が、この餃子には込められている。
それだけでもう……僕にとっては、他のどんな料理とも比べられないくらいの最高のご馳走だった。
(ああ、そっか……こんな気持ちだったんだな……)
静かに、目を閉じる。込み上げてくる涙を、こぼさないように。
きっと父も、こんな気持ちだったのだろう。
母に作ってもらった料理から自分への想いを感じた時、こんな気持ちだったはずだ。
心の底から幸せを感じ、共に歩む最愛の人への感謝を抱いて……大切なひと時を共に過ごしたのだろう。
今は亡き父が、何を思っていたのか。どうして母の餃子が一番好きになったのか。その理由が、わかったような気がした。
「ありがとう、ひよりさん。本当にありがとう……!」
「……大袈裟だよ。そんなに感謝する必要ないって。これから何度だって作ってあげる料理なんだからさ」
感極まった僕の感謝の言葉に、ひよりさんが優しく微笑みながらそう応える。
きっと……いや、絶対に……僕は今、この世界で一番の幸せ者だと、そんなことを思いながら……僕は彼女と楽しく幸せな食事の時間を過ごすのであった。
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