ちっちゃくてデカくて可愛い七瀬さんを勘違い元カレから奪って幸せにする 作:烏丸英
八月三十一日、夏休みが終わる
「荷物、全部まとめ終わった? 忘れ物はない?」
「うん、大丈夫! 手伝ってくれてありがとうね!」
八月三十一日、昼……家の中にあるひよりさんの荷物を一つずつ段ボールの中に納めていった僕は、同じように衣類をまとめていた彼女に声をかけた。
この夏休みの間、ほとんど毎日僕の部屋に干されていた彼女の下着も、全て箱の中にしまわれていて……ほっとすると同時に、普通に戻った自室の光景になんだか違和感を覚えてしまったりもしている。
大きな荷物はまとめ終わり、あとはスマホやその充電器のような細々とした物だけだ。
そういった物たちも忘れないように確認していく中、うるうると涙を滲ませた母たちが僕たちへと言う。
「うぅぅ……! 寂しいわ~! ひよりちゃんが出ていっちゃうだなんて……!!」
「きっと雄介が何か馬鹿をやったんだ~! だから義姉さんは愛想を尽かして出て行っちまうんだ~!」
「義姉さん! 雄介を追い出しますんで、どうか今回は残ってくだせぇ!」
「……ちょっとツッコミを入れるのも面倒になってきたから、今回はスルーするね」
「あははっ! でも、ここまで寂しく思ってもらえるのはあたしとしても嬉しいよ!」
三文芝居を繰り広げる家族に対して大きなため息を吐きながら呟く僕へと、笑顔のひよりさんが言う。
お芝居自体はふざけたものではあるが、家族が彼女との別れを悲しんでいることは嘘偽りのない本心だ。
今日は夏休み最後の日。明日からは学校が始まり、いつも通りの日常が戻ってくる。
そして、それは同時に僕たちとひよりさんとの同棲生活が終わりを迎える日でもあった。
明日から始まる新学期に備えて、ひよりさんは昼過ぎには僕たちの家を出て、新居に引っ越すことになっている。
そうなることがわかっていたから、昨晩は盛大にお別れ会を開いたのだが……それでもやっぱり寂しさは拭えなかった。
「本当に寂しいわね……! もうすっかりひよりちゃんと一緒の生活に慣れちゃったから、これからの毎日が物足りなくなっちゃいそう……」
「そんなに悲しまないでくださいよ、お義母さん。これからも遊びに来ますし、引っ越し先も本当に目と鼻の先じゃないですか!」
「それはそうだけど……やっぱり寂しいのよ~! うわ~ん!」
母は涙を流しながらひよりさんに抱き着き、別れを惜しんでいる。
だがまあ、そこまで悲しむことではない。同棲生活は終わりを迎えるが、これが今生の別れというわけではないし……何より、ひよりさんはここから本当に近い場所に引っ越してきたのだから。
彼女が母に言ったように、位置関係は目と鼻の先。
お隣さんやお向かいさんというわけではないが、ひよりさんたちの新居は歩いて三十秒もかからないところにある。
その気になれば毎日のように会いに行けるし、なんだったら今まで以上に会いやすくなっているくらいだ。
(でも、母さんの気持ちもわからなくないんだよな。僕も寂しいし……)
ただやっぱり、近い場所に引っ越してこようとも同じ屋根の下で暮らしていた日々があるからこそ、そこから彼女が出て行ってしまうことに寂しさを覚える気持ちもわかる。
この一か月とちょっとは本当に楽しい毎日を過ごせたし……僕も家族も幸せだった。
本当はもう少し一緒に暮らしたいところだが、今はひよりさんが元通りの生活に戻れるようになったことを祝福すべきだ。
吾郎さんと睦美さんから、江間からのストーカー被害が落ち着いたことやひよりさんを探していた紫村さんも完全に沈黙したことに関して報告を受けている。もうこれで、彼女を狙う人間は現れないだろう。
学校が始まってまたどうなるかという不安はあるが……そこは僕がひよりさんを守ればいいだけの話だ。
少なくとも、私生活において彼女を付け狙う人間はいなくなったはずだし、これでようやくひよりさんも両親と一緒の生活に戻れる。
「またいつでも遊びに来てください。歓迎しますから!」
「あと、何かあったらすぐに連絡くださいね! またストーカーが出たら、きっちり締め落とした後で投げまくりますんで!!」
「ありがとう! 雅人くんにも大我くんにも、いっぱいお世話になっちゃったね。いつかお礼はするから、楽しみにしてて!」
ひよりさんが弟たちと別れの挨拶をする中、ピンポンと玄関のチャイムが鳴る。
インターホンを確認した僕は、外に立つ吾郎さんの姿を目にすると、彼を家に迎え入れるべく玄関へと向かった。
「こんにちは、お待ちしてました」
「はは、お邪魔します。その、久しぶり、だね……」
玄関の扉を開けて外に立っていた吾郎さんに挨拶をすれば、彼は若干緊張した笑みを浮かべながら僕に挨拶をしてくれた。
軽く会釈をして彼に応える中、リビングから聞こえてくる声に反応した吾郎さんが僕へと尋ねる。
「今、ひよりは挨拶の真っ最中……かな? 荷物はもうまとめ終わっているかい?」
「はい、ほぼ終わっています。僕も手伝いますから、先に車に乗せてしまいましょうか?」
「そうだね、そうしようか。それが終わったら、私も真理恵さんにご挨拶をさせてもらうよ」
娘と僕の家族に気を使ってくれた吾郎さんが、玄関に置いてあった段ボールを掴むと外に止めてある車へと向かう。
僕もまた、彼に続いてトランクの中にひよりさんの荷物を詰め込む中……不意に、吾郎さんが声をかけてきた。