ちっちゃくてデカくて可愛い七瀬さんを勘違い元カレから奪って幸せにする 作:烏丸英
「やあ、その、なんだ……いい機会だし、少し話をさせてもらってもいいかな?」
「えっ? あ、はい。僕は大丈夫です」
若干の緊張とたどたどしさを感じる口調で問いかけてくる吾郎さんに対して、驚きながら頷き、応える。
そうすれば、安堵のため息を吐いた彼が言葉選びに迷いながらこう話を始めた。
「正直に言ってしまうとね、私は今日、かなりの覚悟を決めてここに来た。もしかしたら……というより、かなりの確率で娘と君が一線を越えているんじゃないかと、そう思ってたんだ」
「えっっ!? いっ、いや! 決してそんなことはしてません! 本当に! 僕もひよりさんもそんなことは――!」
「ああ、わ、わかっているよ。ただ、年頃の男女、それも恋人という関係の二人が同じ屋根の下で生活するわけだし、夏休みの間にそういうことをするチャンスは少なからずあったはずだ。だったらもう、そうなってもおかしくないと、そういうふうに思っていたんだよ」
割と生々しいその話に触れる吾郎さんも、気まずそうな表情を浮かべている。
僕も少し前にあった二人きりで過ごした一日を振り返って顔を赤くしていたのだが、一度深呼吸をした吾郎さんは何度も頷きながらそんな僕にこう言ってきた。
「だが……さっき玄関で君の顔を見た時、それが杞憂だったと思い知った。なんと言うか、君は私に対して何の罪悪感も抱いていない、清々しい顔をしていたんだ。だから、その……君が娘に手を出していないことが、すぐにわかったよ」
「……僕、そんな顔してましたか?」
「ああ、していたさ。真っすぐに私の顔を見つめ、臆することなく話をしてきた。自分には、何の後ろめたさもない……君の目は、そう語っていたよ」
多分、褒められているんだと思う。だが、ちょっと恥ずかしい。
父親である吾郎さんからすれば娘が男に手を出されていないというのは喜ばしいことなのだろうが、そういった心配をされていたと考えると何ともむず痒いものがある。
そう考えて微妙に悶える僕へと、逆に落ち着いている吾郎さんが問いかけてきた。
「一か月以上も時間があったんだ、そういう機会がなかったわけではないんだろう? それでも、君は娘に手を出さなかった。どうして? と聞くのは野暮かな?」
「……今はひよりさんにとっても大変な時期ですし、吾郎さんは僕たちを信頼して彼女を預けてくださいました。そんな状況でひよりさんに手を出したら、お二人からの信頼を裏切ってしまうことになりますし……何より、ひよりさん自身のためにならないんじゃないかって、そう思ったんです」
「そうか……ちなみに、その話は娘にしたかい?」
こくり、と頷いてその質問に答えた僕へと、吾郎さんが安堵のため息を漏らす。
お互いの意思をちゃんと理解した上で一線を越えなかった僕たちの決断に心の底から安心した様子を見せた彼は、僕に対してこう言葉を続けた。
「それを聞いて安心したよ。実を言うとだな、その……私としては、雄介くんの方が娘に襲われるんじゃないかという心配があったんだ」
「ぶふっ!? げほっ! ごほっ!!」
「驚かせてしまって申し訳ない。ただほら、ひよりは誰に似たんだかお転婆だし、君が手を出す姿よりも娘が夜這いを仕掛ける姿の方が鮮明に脳内に浮かび上がってしまったというか、何と言うか……」
夏の暑い時期だというのに冷や汗を流している吾郎さんが色んな意味で僕に申し訳なさそうな表情を浮かべながら言う。
確かに、僕は自分の部屋で一人で寝ていたわけだし、ひよりさんがその気になれば襲いに来れたのかと……そう考えた僕へと、吾郎さんが話を続けた。
「だからその、正確に言うとだね。君が娘に手を出されていなかったかということが一番心配だったんだよ。もしもそうなっていた場合、私は真理恵さんにどう謝ればいいのか本当にわからなかったから……」
「あ、あははははは……」
笑いごとではないのだろうが、もう笑うしかなかった。
でも吾郎さんからすれば本当に心配してた事態で、その懸念が現実のものになっていたら、二重でショックを受けていたんだろうなと僕が考える中、咳払いをした彼が言う。
「改めて……雄介くん、君には感謝している。この一か月、私たちに代わって娘を守ってくれてありがとう」
「……僕だけの力じゃありませんよ。家族が協力してくれたからこそです。それに、ストーカー被害と後処理に動いてくださったのは、吾郎さんと睦美さんじゃないですか」
「私たちは親として当然のことをしたまでだ。君はまだ子供だというのに、娘のことを第一に考えて動き続けてくれた。君に娘を任せて、本当に良かったよ」
感謝の気持ちを伝えられたが、僕はただひよりさんと楽しく夏休みを過ごしただけだ。
もちろん、大変なこともあったが……この一か月を振り返っても、苦労したという記憶はほとんどない。
ただ、こうしてひよりさんのお父さんである吾郎さんに感謝してもらえることに対しては、やはり嬉しいと思う気持ちがあった。
「……娘のこと、任せたよ。色々と大変な目に遭った子だ、幸せにしてあげてくれ」
「え……?」
そんな吾郎さんの呟きを受けた僕が、驚きに目を丸くする。
優しい笑みを浮かべた彼はそんな僕に向かって照れながら頷くと共に、こう言葉を続けた。
「君にもそうだが、ご家族にもきちんとお礼をしなくてはな。今度、食事に行こう。以前のような重苦しい雰囲気ではなく、楽しく話をしながら……親睦を深められるといいね」
「……はい。楽しみにしてます」
吾郎さんの言葉に笑みを浮かべた僕は、小さく頷きながらそう返した。
そこから荷物を積み込む間、あまり口数は多くなかったが……将来、義父になる人と心を通わせられたと思う。
改めて、吾郎さんからの頼みを心の中で反芻した僕は、ひよりさんを幸せにするのだと自分自身に誓うのであった。