ちっちゃくてデカくて可愛い七瀬さんを勘違い元カレから奪って幸せにする 作:烏丸英
「あ~……えっと、話、終わった?」
「うん! 終わった終わった!!」
雄介が声をかけてきた瞬間、しっとりとした雰囲気だった義姉さんが一気に明るくなった。
実に楽しそうな義姉さんとは対照的に複雑な表情を浮かべている雄介が、ため息を吐いた後で言う。
「あのさ、これって僕に対する公開処刑でもあるよね? 地味にどころかド派手に恥ずかしいんだけど?」
「いいじゃん、いいじゃん! 愛しの彼女が誰かに惚気てる場面を見れて、嬉しかったでしょ?」
「できたら僕がいない場所でやってほしかったなって……」
まあ、普通に考えてさっきの惚気半分みたいな話をすぐ近くでやられたら恥ずかしいだろう。
しかも相手は弟を含む後輩たちなわけで、羞恥も倍率ドン! なはずだ。
それでもああやって義姉さんに愛されてることを遠回しに伝えられること自体は嬉しかったこと自体は否定しないところが実に雄介らしい。
「いや~……雄介先輩ってそんな感じなんですね。中学時代は恋愛とか興味なさそうだから、全然予想できませんでしたよ」
「でも本当に優しくて性格がいいって評判でしたもんね。雅人の方はいい性格してるって言われてますけど」
「卒業した先輩たちも、普段はぼーっとしてるけどやる時はやる奴だって言ってたな~……こういう感じか~……!」
「……ほら、なんか変な誤解が広まってるじゃないか」
「誤解じゃないでしょ~? あたしの話したこと、全部事実ではあるじゃん!!」
正直、兄の恋バナが同級生たちの間で話題になるというのは弟としても心にくるものがある。
できたら来週の大会までには忘れられてほしいな~と俺が願う中、大貫部長が言った。
「本当に好きになる人、かぁ……俺もそんな人と出会えるのかなぁ……?」
「それは大貫くん次第だと思うよ。少なくとも、誰彼構わず告白するような人には、女の子は惹かれないんじゃないかな」
「あ~、それはそうかも! ごめん、アドバイス一つ追加で! 誰に対しても誠実であれ! 好きな女の子には特に! ってことで!」
義姉さんが言うと洒落にならないから困る。いや、事情を知ってるのが俺と雄介だけだからいいんけどさ。
雄介も苦笑を浮かべた後、義姉さんの意見を補強するように部長へと言う。
「確かにそれは大事だね。好きって気持ちは本当に大切な人にだけ向けた方がいいよ」
「そうそう! あたしも雄介くんにだけ向けてるしね! 雄介くんも頑張ってあたしに好きだって気持ちを向けてくれてるしさ!」
「まだまだ不器用ではあるけどね。そこは頑張ってる最中です、はい」
う~ん……なんだかんだで雄介も義姉さんのペースに巻き込まれてるな~……。
自覚なしに惚気るのってどんだけ二人の世界を作り上げてるんだってツッコみたいところだけど、こういう状況で声を上げるのって難しい。
所かまわず抱き着いたりちゅっちゅしないだけマシかもしれないと思いつつ、兄夫婦って俺が思ってるよりバカップルだったんだなと色んな意味で感心したところで、雄介が大貫部長へと言った。
「大貫くんもそこまで焦ることないよ。これから先、恋愛する機会なんていくらでもあるし……たくさんの人と関わることになると思う。その中で自分に自信をつけていけばいいと思うし、僕個人としては君はそんな卑下するような人間じゃあないとも思ってるよ」
「雄介先輩……!!」
「柔道部の部長として頑張ってきたことは僕も知ってる。もう少し、自分に胸を張ってもいいんじゃないかな? ……っていうのが、僕からのアドバイスだね」
飴と鞭というか、割と心を抉ることを言ってきた義姉さんに対して、優しく自信をつけてくる雄介のコンボはかなり効くと思う。
普通は男女の役目が逆なんじゃないかな……と思ったわけだが、部長は満足そうだから気にしないことにした。
「あ、ありがとうございます! お二人のおかげで、ちょっと元気出てきました!」
「そっか、それは良かった」
「頑張りなよ、後輩くん! 恋も部活も全力でね!!」
「はいっ!」
雄介と義姉さんのコンビに励まされた大貫部長が、元気な様子で言う。
色々あったが、感動的な雰囲気に包まれて話は終わりになった……と、思ったのだが――?
「……それはそうと、大貫くん? さっき、大我と何か話してたよね? ほら、ひよりさんがどうとかさ」
「え? あ、は、はい……」
――不意に雄介が笑顔でそんなことを言い始めた瞬間、俺は嫌な予感に襲われた。
十数年間あいつの笑顔を見てきた俺にはわかる。あの笑顔を浮かべてる時の雄介は……かなり怒っている。
「かわいくって
「あっ、がっ……!?」
よし、撤退だ。そう心に決めた俺は手にしていたコーヒーの空き缶を近くのごみ箱へと放り投げた。
カコンッ、という音を聞いた大貫部長以外の面々は、その音を合図にしたかのように一斉にその場から離れ始める。
「部長、すいません! お先に失礼します!」
「さ~て、明日も練習だし、早く帰って休もうっと!」
「義姉さん、そろそろ買い物に行きましょう。夕飯の時間が遅くなっちゃいますし」
「あ、うん、そうだね。じゃあ、あの……先に行ってるね、雄介くん」
「うん、ごめんね。僕も
義姉さんに向ける笑顔が優し気なのが本当に怖い。今からあの雄介と楽しくお話しなくちゃいけない大貫部長が心の底から可哀想だと思えるくらいに怖い。
でも、だからといってどうしようもない俺は、心の中で部長に黙祷しながらその場から離れ(逃げ)ていく。
「やっぱあれだな……誰に対しても誠実であることって大事なんだな……」
背後から部長の悲鳴が聞こえた気がしたが、俺は振り向かなかった。
そうすれば、まだ部長が無事である可能性が残る。シュレディンガーの大貫部長だ。
ネタキャラとかそういうこと以前に、誰に聞かれても不快に思われない言動と振る舞いを意識することが何より大事なんだなと思いながら……俺は義姉さんと一緒に学校を後にするのであった。