ちっちゃくてデカくて可愛い七瀬さんを勘違い元カレから奪って幸せにする 作:烏丸英
夏休みが終わっちゃう!
「大変だ、雄介くん!! 夏休みが終わっちゃうよ!!」
ひよりさんが僕にそんなことを言ったのは、夏休みも最終盤に差し掛かったある日のことだった。
わかり切っていることを唐突に、それも深刻そうに叫ばれた僕は、面食らいながらも彼女へと言葉を返す。
「そ、そうだね……もうそろそろ、新学期が始まるね」
「そんな呑気なことを言ってる場合じゃないよ! 夏休みが終わるってことは夏も終わるんだよ!? やり残したことはない!?」
「や、やり残したこと……?」
ふんす、と鼻息も荒くそう主張された僕は、夏が始まってから今日に至るまでの思い出を振り返っていった。
ひよりさんとかき氷を食べに行ったし、夏祭りも楽しんだし、みんなとプールにも行ったし……と、部活漬けだった例年とは違ってそれなりにバラエティー豊かな充実した夏を過ごしたという自覚がある僕であったが、ひよりさんにはまだ心残りがあるようだ。
「僕としては結構楽しんだと思うんだけど、ひよりさんはまだやりたいことがあるの?」
「あるよ! それもこれも、あの紫村のせいなんだから!!」
「あ~……」
ぷんすかと怒るひよりさんの言いたいことはわかる。実際、僕も似たようなことを考えたことはあった。
少し前に吾郎さんたちの尽力で解決したことではあるが、原因不明のストーカーと化した紫村二奈さんとの遭遇を避けるためにひよりさんが家に引きこもる羽目になっていたことは確かだ。
彼女がそんな謎の行動を取らなければ、もっとデートに行けたりしたんだろうなという気持ちは僕にもある。
ということを考える僕の前で、ひよりさんは子供のように手足をバタバタさせながら駄々をこね始めた。
「本当は雄介くんと二人でプールにも行きたかった~! キャンプも行きたかったし、バーベキューとかもしてみたかった! あと、納得はしてるけどえっちなこともしたかった!! できなかったのは全部あの浮気した馬鹿二人のせいだ~!!」
なんだか途中に僕が悪いような話が入っていた気がするが、都合よく聞こえないふりをすることにした。
それはそれとして、ひよりさんの言いたいことはわかる。夏休みが終わってしまう悲しさと、外的要因のせいでやりたかったことができなかった無念が組み合わさって、強い後悔になっているのだろう。
僕はこの夏にできたことを振り返って達成感や充実感を味わっていたが、ひよりさんは逆にできなかったことを思い出しては残念だと思っていたということだ。
だがまあ、それについての解決方法がないわけではない。
子供の用に夏休みが終わってしまうことを嘆くひよりさんを見つめた僕は、咳払いをした後で彼女へと言った。
「じゃあ、ひよりさんのやりたいこと、やっちゃおうか?」
「ほぇ……?」
僕の言葉を聞いたひよりさんが、暴れるのを止めてこちらを向く。
寝転がったままの彼女へと笑みを浮かべながら、僕はこう続けた。
「まだ夏休みが終わるまで何日かあるし、紫村さんからのストーカー被害も解決したしさ、今からやりたいことをやっちゃおうよ。大掛かりなことはできないかもだけど、ちょっとしたデートくらいならできるでしょ?」
あと数日で夏休みが終わってしまうが、言い換えれば夏休みが終わるまであと数日はある。
最終日にはひよりさんが新しい家に帰ってしまうだろうから、それまでの残された時間でやりたいことをやってしまおうと提案すれば、ひよりさんも笑顔を浮かべて頷いてくれた。
「うん、そうだね! 明日で夏休みが終わっちゃうわけじゃないし、残された時間を思いっきり楽しんだ方がいいよね!」
「そうだよ。僕も付き合うから、最後まで一緒に楽しい夏休みを過ごそうよ!」
僕の提案に、ひよりさんも前向きな気持ちを取り戻してくれたようだ。
そのことを喜びながら、僕もまた彼女と一緒に夏を最後まで楽しもうと心に決める中……にこにこ顔のひよりさんが弾んだ声で言う。
「それじゃあ早速だけど、雄介くんにはあたしのやりたいことに付き合ってもらおうかな!」
「ん……? 何、その箱……?」
そう笑顔で言ってきたひよりさんが、どこからか小さな段ボール箱を取り出す。
薄い長方形をしているその箱をどこに隠していたのかも気になるが、何が入っているのかが一番気になっている僕が質問を投げかければ、彼女は満面の笑みを浮かべながらこう答えてくれた。
「昨日、密林宅配で注文した水着! お急ぎ便で届けてもらって、ついさっき届いたんだ!!」
「うん? んん……?」
「あたしとしてはプールでイチャイチャしたかったんだけど、流石に残された時間で恋人が行くようなプールを探して、遊びに行くっていうのは難しそうだから……残念だけど、家でイチャイチャするしかないね!!」
「待って、ひよりさん? なんか、今決まった話にしては準備が整えられてない?」
「とりあえずだけど、この間みたいに水着で撮影会しようよ! そのための水着、新しく用意しておいたからさ!」
都合よく僕の話を聞こえないふりをするひよりさんが、とてもいい笑顔を浮かべながら言う。
この準備の良さから考えるに……ほぼ間違いなく、彼女はこうなることを確信していたに違いない。
さっきの駄々も、僕から言質を取るための演技か……と、全てを理解した僕は、顔を引きつらせながら呻く。
「は、嵌められた……!」
「あははははっ! 安心して! 将来的にはあたしが雄介くんにハメられる側になるからさ!」
……こうして、僕がひよりさんのやりたいことに付き合う夏休み最後の数日間が幕を開けたのであった。