ちっちゃくてデカくて可愛い七瀬さんを勘違い元カレから奪って幸せにする 作:烏丸英
マグカップ、買いにきました
「う~ん……マグカップ、どれにしようかな……?」
「いざ選ぶとなるとなんか迷っちゃうよね。どれでもいいような、そうでもないような感じがしてさ」
八月三十日の午前、僕とひよりさんは昨晩約束した通りにお揃いのマグカップを買いに出掛けていた。
雑貨屋に並ぶデザインや色が様々なカップを眺めながら、僕たちはお気に入りの一品を探してうんうんと唸っている。
ひよりさんの言う通り、いざ腰を据えて選ぼうとするとなかなか決められないものだ。
自分だけでなく相手の好みを考えなければならないというお揃いのマグカップを選ぶ上での前提条件もきっと関係しているのだろう。
「色とかどうしようね? できるだけ、お義母さんたちと被らない方がいいよね?」
「気にしなくていいとは思うけど、被ってない方がいいっちゃいいかもしれないね……」
カップル用のセットで売られているマグカップというのは、大体が青とピンクで一組になっていることが多いのだが……残念なことに、我が家ではピンクの食器は基本的に母が使うものとして認識されている。
そこで被ってしまうと面倒な感じがするため、今回はピンク色のマグカップは回避することにした。
一旦、色での差別を諦めて、キャラもののカップも確認してみたのだが、そちらはそちらで少し気恥ずかしいものばかりで、気後れしてしまっている。
「ふ~む……『嫁です!』『旦那です!』マグカップか……流石にこれは気が早いよね……」
真っ白な陶器のカップにでかでかと書かれている文字を読み上げたひよりさんが苦笑を浮かべる。
他にもキャラクター同士がキスをしている絵柄だったり、もっと恥ずかしい文言だったりと、カップル用のマグカップというのは思っていたよりも熱々の恋人たちが使う物のようで、僕たちは少し圧倒されてしまっていた。
「普通のにしようか。セットで売られてるやつじゃなくってさ」
「そうだね。ここはまだ、あたしたちが来るべき領域じゃあなかったみたいだ……!」
少年漫画っぽい台詞を言った後で苦笑したひよりさんと共に、カップル用のマグカップが並べられている棚から撤退した僕は、普通のカップを物色し始めた。
しかし、こっちはこっちでデザインがバラバラだからお揃い感がなくって困るな……と考えていたところで、ひよりさんが楽しそうに笑っていることに気が付く。
「どうしたの? なにか面白い物でもあった?」
「ううん。そうじゃなくって……同棲し始めのカップルが色々買いに来たみたいだな~って思ってさ」
ひよりさんのその言葉に、僕も「確かに」と同意しながら笑う。
むしろ同棲は明日で終わるはずなのに、その前日になってこんな買い物をしていることも含めて、なんだかおかしく思えた。
「どうせならお布団とかも買っちゃう~? お泊りする時に使うだろうしさ~!」
「あははははっ! それはまた今度にしようよ。重過ぎて持ち帰るのが大変になっちゃう」
冗談とも本気とも取れるひよりさんの言葉に笑いながらそう答えつつ、歯ブラシなんかは買って帰ってもいいんじゃないかなとも僕は思った。
しかしまあ、お揃いの歯ブラシなんか買ってしまったら、それこそもう同棲を始めるカップルの買い物でしかないと苦笑を浮かべつつ、本来の目的であるマグカップの選定へと戻っていく。
「……やっぱり大きいな、雄介くん。あたしが頑張らなきゃ届かないところに、楽々手を届かせてるしさ」
「ん? ふふっ、そうだね」
その言葉に身長百五十センチに満たないひよりさんと自分の間にある身長差を再認識した僕は、微笑みを浮かべると共に彼女の頭に手を置いた。
こんなにも小さかったんだなと、そう思いながら彼女を見つめれば、ひよりさんは不満気に頬を膨らませてみせる。
「あ~っ! あたしのこと、馬鹿にしてるな~!? ちっちゃい奴だって思ってるんでしょ!?」
「馬鹿になんてしてないよ。改めて、ひよりさんはかわいいなって思ってただけ」
「絶対それ、ちっちゃくてかわいいって意味だよね? 馬鹿にはされてないんだろうけど、複雑な気分……!!」
難しい表情を浮かべているひよりさんの頭をちょっと撫でた後、再度棚を見やる。
だがしかし、優柔不断な性格が災いして、やはりどれにするか決められない僕へと、ひよりさんが声をかけてきた。
「よし! ここはシンプルにいこう! お互いが相手が喜びそうなカップを選ぶことにしようよ!」
「なるほど……!! いいね、それ!」
なにもお揃いに拘らなくてもいい。二人きりでの同棲生活を始めるわけではないのだし、そこは気持ちがあれば十分だ。
僕がひよりさんにヘアゴムをプレゼントした時のように、相手が喜びそうなカップを選んで、プレゼントする。
それが一番いい案だと頷いた僕は、早速、ひよりさんのためのマグカップを選び始めた。