ちっちゃくてデカくて可愛い七瀬さんを勘違い元カレから奪って幸せにする 作:烏丸英
「さあ、次は雄介くんのやりたいことをする番だよ! ど~んと言ってみなさい! ど~んと!!」
「あはははは……」
マグカップを購入した後、ひよりさんが一層テンションを上げながら僕へとそう言ってきた。
そんな彼女へと曖昧な笑みを浮かべた僕が何も言わずにいると、ひよりさんは疑いの眼差しを向けてくる。
「……もしかしてだけど、何も思い付かなかったとかはないよね? あるいは、考えるのが面倒くさかったから無いってことにしようとしてない?」
「いやいや、そんなことはないよ。ただ、今はちょっとできないってだけでさ……」
「んん~~……?」
遠慮がちな性格を見抜かれているせいか、僕がそう返答してもひよりさんはまだ疑いの表情を浮かべていた。
それも仕方がないかと思いつつ、僕のことも考えてくれる彼女に感謝しながら、ひよりさんへと話をしていく。
「本当にちゃんと考えてあるんだって。とりあえずだけど、下の洋菓子店に一緒に行ってもらえないかな?」
「ん? 別にいいけど、なんでお菓子?」
「吾郎さんと睦美さんへの引っ越し祝いを買っておこうと思ってさ。ちゃんとご挨拶させてもらわないとなって」
どうして洋菓子店に行くのかというひよりさんの疑問に対して、僕はそう答える。
付き合っている彼女の親御さんにご挨拶するのは大事だし、これからご近所さんにもなる間柄なのだからそういうところはしっかりしておきたいと僕が暗に告げれば、ひよりさんは納得したように頷いた後でにやにやと笑いながら言った。
「なるほどね~……! 将来に備えての布石ってやつですな!」
「得点稼ぎってやつだね。でもまあ、色々と動いていただいたことは事実だし、ちゃんとお礼の気持ちは示さないとでしょ?」
「それはあたしたちが雄介くん一家にすべきことだと思うんだけどな~……?」
「まあ、そうかもだけどさ……問題も無事に解決したわけだし、新生活が始まるお祝いをしっかりして、気持ちを切り替えてもらえるといいなって」
この夏休み……あるいは、その少し前から色んな問題が僕たちを取り巻いていた。
時にはとんでもなく不安になることもあったけど、その問題も無事に解決したと言っていいだろう。
夏休みが終われば新学期が始まるし、引っ越した先での新生活も始まる。
何より、問題が解決したことで気持ちを切り替えての新しい日々も始まるわけで……そのことをお祝いしたい気持ちは間違いなく僕の中にあった。
……それにプラスして、彼女のご両親の印象を良くしたいという打算もあったが、まあそれは置いておいてもらえると嬉しい。
「吾郎さんと睦美さん、好きなお菓子とかある? あと、逆に食べられないものとかがあったら教えてほしいな」
「オッケー! そんなに気にしなくても、何でも美味しく食べると思うよ!」
こういう贈り物に関しては、二人の家族であるひよりさんが好みに詳しいはずだ。
ご両親に喜んでもらえる品を用意すべく、彼女の力を借りながら洋菓子を見ていた僕の目に、ある物が留まる。
「おっ、マドレーヌ……! オレンジ風味か……!!」
ちょうど季節のお菓子ということで大々的にプッシュされている品を手に取った僕が、量と値段を確認する。
ふむふむと頷いた僕は、ひよりさんへとあることを確認させてもらった。
「ひよりさん、ご両親もオレンジ好きだよね?」
「えっ? あ、うん。なんでわかったの?」
「ほら、前にお家にお邪魔させてもらったことがあったじゃない。あの時、飲み物として出してもらったのがオレンジティーだったからさ」
「ああ、なるほど……!」
……ちょっとぼかした言い方をしたが、僕がひよりさんに告白をしたあの日のことだ。
紆余曲折があってお家にお邪魔させてもらった僕にひよりさんが出してくれたのが、オレンジティーだった。
あの日のことは当然ながら記憶に焼き付いているし、色んな事があったせいで忘れようと思っても忘れられない。
そのおかげで、ひよりさんだけでなく吾郎さんと睦美さんもオレンジが好きなのかもしれないという情報もインプットできていた僕へと、くすくすと笑った彼女が言う。
「まさか、こんな形であの日のことが役に立つなんてね……! あたしはもう色々パニックで、落ち着かない気持ちだったよ!」
「あははっ! まあ、いきなり告白されたと思ったら、最悪のタイミングで母親と彼氏が対面しちゃったわけだしね。そりゃあ、落ち着かないでしょ」
「絶対に変な誤解されてると思ったもん! ……思えば、あそこからよく娘を任されるところまで信頼を掴み取れたよね」
ひよりさんの言う通り、あの形での出会いは最悪に近い状態だった。
睦美さんからしてみれば、帰ったら見知らぬ男が家にいて、娘はシャワーを浴びてる最中。なんだか怪しいことをした直後にも見えなくはない。
あの頃の睦美さんは江間のやったことを知らなかったわけだし……【幼馴染ドリーム】のこともあって、僕が思っていた以上に不信感を抱かれていたのだろう。
そんな状況から、こうして同棲生活をするくらいまで信頼してもらえるようになったのは、奇跡が起きたに等しい。
幸運も不幸も重なった結果が今の僕たちなのだと思いながら会計を済ませ、お店を出たところで、微笑みを浮かべたひよりさんが言う。
「なんだか、結婚の挨拶に行くみたいだね……!」