ちっちゃくてデカくて可愛い七瀬さんを勘違い元カレから奪って幸せにする 作:烏丸英
「そっか……やっぱ熊川さん、怒ってるよな……」
「そんなに気にするなよ。今は冷静じゃないだけで、時間が解決してくれるって」
はぁ~、と深いため息を吐く楽人へと、熊川さんと話した結果について報告した僕は、落ち込んでいる親友へと慰めの言葉を投げかけた。
熊川さんと仲を深めつつ、文化祭の日に勝負を仕掛けようとしていた楽人からすれば、この展開は相当ショックだろうなと考える僕へと、顔を上げた彼が言う。
「悪い、雄介。変に気を使わせちゃったこともそうだけど、紫村さんになぁなぁな態度を取っちゃったこと、お前も怒ってるだろ?」
「そんなことないよ。楽人の性格はわかってるし、下心とか僕たちを裏切ろうとしたわけじゃないってことも理解してるから」
これに関しては紛れもない僕の本心だ。
どういう感じで紫村さんが楽人に接したのかはわからないが、親友が凹んでいる女の子を冷淡に切り捨てることができない男だということはわかっている。
熊川さんという想いを寄せている相手もいるし、楽人が急に紫村さんに心変わりしたはずもないだろうから、本当にどうすればいいのかわからずに戸惑っていただけなのだろう。
もう少し時間があれば紫村さんのことを拒絶していただろうし、運とタイミングが悪かっただけだ。
そういうことを理解している僕へと、再びため息を吐いた楽人が言う。
「俺も紫村さんのことを警戒してたはずなんだ。バスケ部も今、あの人のせいで変な感じになっててさ……」
「変な感じ? どういうこと?」
「オタサーの姫じゃないけど……結構な部員が取り巻きになってるんだよ。ほら、ストーカー被害の話、あっただろ? あれで気が滅入ってるのか、雰囲気が弱々しくなっててさ。一年も二年も、俺が守ってあげなきゃ! みたいになってるんだ」
楽人の話を聞いた僕は、少し前に江間がバスケ部内で紫村さんのストーカーとして糾弾された時のことを思い出す。
被害者の立場に立った紫村さんは、新しく部長になった二年生の先輩や他の部員たちを利用して、彼を自分のストーカーに仕立て上げた。
ひよりさんから奪ったはずの男を、あっさりと切り捨てた上で被害者としてのポジションを手に入れ、それこそお姫様のようにちやほやされていたであろう彼女だが……その頃から状況はかなり変わっているようだ。
夏休みの間、彼女はひよりさんを血眼になって探していた。
吾郎さんたちの話によると、彼女は本当にストーカーの被害に遭っているらしい。
噓から出た実ということなのだろうが、紫村さんがそういった事情を抱えているせいで、周囲には思っていた以上の影響が出ている。
楽人に接近したのも、同じバスケ部員をできるだけ篭絡しておきたかったってことなんだろうな……と考える僕へと、その楽人が言う。
「ダメだなぁ、マジで……お前にも熊川さんにも、七瀬さんにも申し訳ねえよ……」
「大丈夫だよ。さっきも言った通り、僕たちを裏切ろうとしたわけじゃないってことはわかってるから」
ひよりさんも楽人の性格を理解しているし、紫村さんに協力するつもりじゃなかったこともわかっている。
ただ、そういうシチュエーションは彼女のトラウマであって、江間に裏切られた時のことを思い出してしまうかもしれない。
そうでなくても仲のいい友人が自分と浅からぬ因縁を持つ相手のせいでギクシャクしている状況は、ひよりさんにとっては心苦しいものだろう。
難しいのは、楽人も熊川さんも冷静ではない今の状況では、問題が解決できなさそうということで……やはり、今は時間を置くしかないというところだ。
「とりあえず、今は静観しておいた方がいい。下手に動くより、熊川さんが落ち着くのを待ってから次の行動を考えよう」
「ああ……悪いな、雄介」
べっこべこに凹んでいる楽人の肩を叩き、軽く励ます。
親友の身に起きたこの不幸な出来事が早く解決することを祈りながら、できるだけ解決に協力しようと僕は思った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
(楽人と熊川さん、どうしようかな……?)
放課後、家庭科室で改めて調理器具のチェックと当日の作業について考えながら、僕は二人のことも考えていた。
今日も文化祭の準備があったのだが、楽人と熊川さんの関係がギクシャクしているせいか、微妙に進みが悪い。
クラスのみんなも二人の異変を感じ取ったのか、今までのような盛り上がりが起きないまま、本日の準備時間は終わってしまった。
正直に言って、この状況は僕たちだけでなくクラスのみんなにも、当然楽人と熊川さんたちにとってもよろしくない。
時間が解決する問題ではあるのだろうが、それをできるだけ早めないとマズいという認識が僕にはある。
何かいい方法はないかと、調理器具の点検を終えた僕がため息を吐きながら考えた時だった。
「……ああ、良かった。ここにいたんだ」
ガラリと音が響き、家庭科室の扉が開く。
その音を耳にして振り返った僕は、入り口に立っている人物の姿を見て、目を細めた。
「尾上雄介くん、だよね……? 少しでいいから、私の話を聞いてほしいの……!」
弱々しい雰囲気を放ちながら、助けを求める小動物のような表情を浮かべ、そう言う女子生徒。
諸悪の根源である紫村二奈が、僕の前に立っていた。