ちっちゃくてデカくて可愛い七瀬さんを勘違い元カレから奪って幸せにする 作:烏丸英
文化祭が始まる
「ちょっと、やらかしちまったんだよな……」
「えっと、あれは……?」
高塔先輩が指差した先にあったのは、壁際に積まれた段ボール箱だった。
一つのサイズは小さいが、十個近い量があるそれをよく見てみれば、『からしチューブ』と書いてあることがわかる。
「これ、おでん用のからしですか? ちょっと量、多くありません?」
「ちょっとどころかかなり多いんだよ……十二本入りの段ボールが八箱。流石に一日でこんなに使えねえって……!!」
おでんにからしを使うのは定番中の定番だが、今日一日だけの営業でこの量は必要ないはずだ。
どうしてこうなってしまったのかと高塔先輩に尋ねれば、彼は深いため息を吐いた後でポケットから一枚の紙を取り出し、言う。
「からしの発注、俺が担当したんだ。みんなで話し合って、二箱あれば十分だろうって決めて、そう書いて提出したつもりだったんだけど……」
「う、う~ん、これは……」
「どう見ても数字の八、だよね……?」
高塔先輩が取り出した発注書の控えを確認してみれば、実に汚い字で数字の『2』が書かれていた。
僕たちは事前に聞いているからわかるが、普通に見たら『2』よりも『8』に見えてしまっても仕方がないと思う。
業者さんも見事に見間違えて、八箱分持ってきてしまったんだろうなと納得した僕へと、厳つい顔をぐしゃっと歪ませた高塔先輩が泣きついてきた。
「なあ、尾上くん! どうにか助けてくれないか!? この量のからしをどうにか消費する方法を考えてくれ!!」
「いや、流石にこれはどうしようもないかと……」
「そこをなんとか!! このままだと俺、文化祭が終わった後で余ったからしを穴という穴から注入されちまう!! 助けて! 少しでいいからこれをどうにかして!!」
高塔先輩はいい人だし、助けてあげたいが……流石に今からこのからしたちをどうにかする方法は思い付かない。
おそらく、クラスの女子たちからメッタメタに怒られてトラウマを植え付けられたんだろうな……と彼のことを不憫に思いながらもどうしようもないと告げたところで、楽人たちが家庭科室にやって来た。
「教室の準備は終わったぜ! そっちはどうだ?」
「こっちも無事に終わったよ。とりあえず、最初に使う分を教室にもって行こうか」
「待って! 尾上くん、ヘルプ! 俺を助けてくれ~!!」
悲痛な叫びを上げる高塔先輩を断腸の思いで放置し、僕は楽人たちと共に自分の教室に戻っていく。
どこかでからしを使えるタイミングがあったら相談しようと心に決めながらクラスに戻った僕を待っていたのは、見事に飾り付けられた店の内装だった。
「うん、いい感じだね。素朴っていうか、落ち着いた雰囲気がある」
「大阪旅行で行ったお店の内装を参考にしてみたんだ! ゆっくり楽しめそうでしょ!?」
えっへん、と胸を張る熊川さんの姿に笑みを浮かべつつ、僕は頷く。
お客さんがくつろぐテーブルは多めに用意されているし、込んできた時に入りきれなくなったお客さんに待っていてもらう待機場所もしっかりと用意されていて、しかも綺麗だ。
僕たちが慌ただしく作業する簡易厨房はお客さんたちから見えないように仕切りが置かれているし、これなら食事を楽しむ人たちに余計なものを見せずに済む。
前々からどういった形になるかはわかっていたが、こうして完成したものを改めて見てみるとみんなの頑張りが伝わってくるなと考える僕へと、楽人が声をかけてきた。
「なんかいいよな、こういうの。みんなの頑張りが形になった感じがするっていうかさ……」
「うん……わかるな、その気持ち……」
今日までクラス一丸となって頑張ってきた成果が、こうして形になっている。
一応、中心となって準備を進めてきた自負がある僕と楽人はその感慨深さに頷きながら気持ちを共有していたのだが、そんな僕たちへとひよりさんと熊川さんが言う。
「こらこら、まだ開店前だよ? これからが本番なんだから、もう終わった雰囲気出さないの!」
「そうだよ! 頑張るのも楽しむのも、これからなんだから!!」
確かにその通りだと、彼女たちの言葉に僕たちは二人して顔を見合わせ、苦笑を浮かべる。
本番はこれから……慌ただしくも楽しい一日が始まろうとしていることを感じながら、僕は深く息を吐いた。
「よしっ! みんな、頑張ろう!! 目指すは売り上げトップ! 1-Cのすごさを見せつけてやろうぜぃ!!」
「「「おーーっ!!」」」
熊川さんの号令に、クラスのみんなが拳を突き上げながら返事をする。
きっと、今日は楽しい日になるなとその光景を見つめて思いながら……僕もまた、気合いを入れ直すのであった。