ちっちゃくてデカくて可愛い七瀬さんを勘違い元カレから奪って幸せにする 作:烏丸英
「いらっしゃいませ~! うちのおでんはからしかけ放題! 好きなだけ使って構いませんよ~! どうか! どうか! 俺を助けると思ってたっぷり使ってください! お願いしますから!」
お店の中では高塔先輩がそれはもう必死に客引きをしていた。
朝、このままだと自分はクラスメイトたちからひどい目に遭わされると言っていた先輩の姿を思い出して苦笑した僕は、注文ついでに声をかける。
「お疲れ様です、高塔先輩。おでん、食べに来ました」
「おおっ! 尾上くん! 七瀬ちゃん! 来てくれてありがとう! あの、うちさ、からし好きなだけかけていいことになってるから……もう全力でぶっかけてもらえない? なんだったらチューブ一本吸ってもいいから!!」
「さ、流石にそれは無理です……」
必死の形相で僕たちにからしを使うよう求めてくる先輩に無理だと答えれば、背後から顔を出した先輩のクラスメイトがパカンと後頭部を叩いて無理やりに後ろに下がらせた。
もう笑うしかない僕たちはお金を払っておでんを買うと、近くの席に座る。
「う~ん! いい匂いだね!! やっぱりおでんはこうじゃないと!」
ふわりと漂う汁の香りに食欲を刺激されつつ、割り箸を手に取る。
一応、高塔先輩のためにからしを多めに盛った小皿を横に置きながら、僕はこのおでんに何が入っているのかをひよりさんと一緒に確認していった。
「えっと、ちくわに大根、こんにゃくにたまごに昆布と……あっ! ウインナーまで入ってる! すごい!!」
「定番も抑えつつ、変わり種も入れてるんだね。先輩たち、いいもの選んだな……」
からしの発注ミスこそあったものの、ベースとなるおでんはいいものを選んだようだ。
定番の具材に子供も好きなウインナーも入っているこのセットはいいものだなと思いながら、僕はこんにゃくにからしをつけて口へと運ぶ。
ぷるぷるのこんにゃくはおでんの出汁がしっかりと染みていて、少しからしをつけ過ぎてしまった以外はとても満足できる味だった。
ひよりさんの方もちくわを頬張ると、一目で味が気に入ったんだなとわかる表情を浮かべ、僕に言う。
「最高! 寒くなってきたし、やっぱりこういう芯から温まるものが一層美味しく感じられるよね~!」
「この時期の文化祭だからこそのメニューだよね。いや、それにしても本当に美味しいな」
今度は大好物の大根を四分の一の大きさに箸で切って、口の中に放り込む。
からしを付けずに食べたそれはやっぱり出汁が染み込んでいて、レトルトとは思えないくらいに美味しかった。
「ふふふ……っ! まだまだ寒さが本格的じゃない時期に、レトルトのおでんでこんなに美味しいんだよね? じゃあもっと寒くなった時に家で作ったおでんを食べたら、滅茶苦茶美味しく感じられそうじゃない?」
「そうだね。冬になったら一緒に食べようか。母さんも弟たちも、おでんは好きだからさ」
そんな会話を交わしつつ、またおでんを一口。
じんわりと口の中に広がる味わいと、温かさが体の中心から広がっていく感覚に笑みを浮かべながら、僕はひよりさんに言う。
「……こんなに美味しく感じられるのはさ、もしかしたら寒さとかが理由じゃないかもね」
「うん? どういうこと?」
「ひよりさんと二人で文化祭を楽しんでるから……一緒にいるとなんでも楽しいし、食べる物も一層美味しく感じられちゃうのかもな~って」
自分でも恥ずかしいことを言っている自覚はあるが、多分これが正解だとも思ってしまう。
こんなことを言えてしまうくらいに浮足立っているのだから、何をしても楽しいし、何を食べても美味しく感じられるのだろう。
「ふふふ……! そうかもね!! あたしも雄介くんと文化祭デートできて、すごく楽しいし嬉しいもん!」
僕の浮かれた言葉に対して、ひよりさんも弾ける笑顔を浮かべながらそう答えてくれた。
嬉しいやら恥ずかしいやらの気持ちを抱えながら、改めて彼女に何かを言おうとしたところで……教室の外から大きな声が響く。
「1-A、メイド喫茶やってま~す! かわいいメイドさんたちがたくさんいるので、ちょっと覗いていってくださ~い!」
大きな客引きの声を耳にした僕は、思わずその声のした方向を向いてしまう。
ひよりさんもまた同じように廊下に視線を向ける中、プラカードを手に笑顔で学校を歩いて宣伝をする、メイド服を着た女子が姿が目に映った。
「……メイド喫茶、本当にやってるんだな」
別に疑っていたわけじゃないが、文化祭でメイド喫茶だなんてラブコメ漫画でしかやらないような出し物を本当にやっているんだなと、ああしてメイド衣装を着た女子を見ると現実のものだと実感してしまう。
それが悪い、というわけではないのだが……ある意味ではバカップルな会話をしている僕たちよりも恥ずかしいことなんじゃないかと考えていた僕は、ひよりさんからこう声をかけられた。
「あの、雄介くん? 顔、怖いよ……?」