ちっちゃくてデカくて可愛い七瀬さんを勘違い元カレから奪って幸せにする 作:烏丸英
「あのさ……初めてお泊りした時のこと、覚えてる?」
「もちろん、忘れるわけないよ」
「じゃあさ、あの日の夜にあたしが言ったことも……覚えてるよね?」
当然、忘れるわけがない。あの日の夜、僕の部屋で寝ることになったひよりさんは、手を出さないのかと聞いてきた。
彼女のその言動は江間に浮気されたことで生まれたトラウマが元凶なのだと、そう感じ取ったからこそ、僕は絶対にひよりさんを幸せにすると誓って、今日まで一緒に歩いてきたのだ。
あれから半年……僕たちは友達から恋人になって、周囲を取り巻く環境も大きく変わった。
何より、ひよりさん自身が自分の過去とトラウマに別れを告げることができたのだと……そう思う僕に対して、彼女は言う。
「あの日のあれはさ、雄介くんに言われた通り、焦りとかトラウマが原因で言ったことだった。そういうことを許してあげないとまた浮気されたり、他の女のところに行かれちゃうのかなって……それが怖くて、体で繋ぎ止めようとして、それであんなことを言っちゃった。良くないって、わかってたのにね」
「………」
「でも、でもさ……もう、今は違うよ。雄介くんはあたしをしっかり見て、あたしのことを一番に考えてくれた。紫村に言い寄られた時もきっぱり断ってくれたし、江間に作られたトラウマを全部消し飛ばしてくれた。ずっと、ずっと……あたしを幸せにしてくれたあなたが大好き。だから――!!」
ごくりと、ひよりさんが息を飲んだことがわかった。
緊張しながらも僕に何かを伝えようとする彼女のことを真っすぐに見つめる中、意を決したであろうひよりさんが口を開く。
「――手、出してほしい。今度は焦ってるとか、不安だからじゃなくて、雄介くんが好きだから……大好きなあなたと二人で幸せになりたいから、そういうことがしたいって、思ってる」
「……うん、わかった。ありがとう、ちゃんと伝えてくれて」
過去のトラウマを払拭し、江間とも紫村とも関係が切れたから、先に進む準備ができた。
今度は後ろ向きな理由ではなく、前を向いて僕を求めてくれたひよりさんの勇気ある行動に感謝しながら、大きく頷いてみせる。
僕たちの関係はご両親も公認してくれているし、付き合ってから半年も経てば多少は許される雰囲気もあるだろう。
何もかも問題ない、とまでは言えないが……それでも、お互いの気持ちは同じ方向を向いている。それを共有できたこの話し合いは、とても意味があるものだったと僕は思った。
「……まあ、流石にここで手を出してほしいとは思ってないからね? 初めてが学校の屋上って、特殊過ぎるし!」
「わかってるよ。ひよりさん、テンパり過ぎだって」
「うぅ……そりゃあ、結構恥ずかしいこと言った自覚あるし……!! あ~っ! 文化祭最後の思い出がこれってどうなの!? 後悔はしてないけど、猛烈に恥ずかしくなってきたんだけど!?」
真っ赤になった顔を押さえながら、ひよりさんが盛大に悶える。
羞恥にジタバタし始めた彼女を苦笑気味に見つめた僕は、一つ息を吐いてからひよりさんに言った。
「それじゃあ、思い出を上書きしよっか。文化祭の締めっぽいことしてさ」
「ほぇ……?」
何をするのかわかっていない彼女の手を取り、向かい合う。
そこで次の動きを取ろうとしたのだが……あることに気付いた僕は再び苦笑を浮かべてしまった。
「マズいな……フォークダンスをやろうと思ったんだけど、やったことないからどうすればいいのかわからないや」
「ぷっ……! あはははははっ! 何それ? 格好付けたのに、大失敗じゃん!!」
「僕も大恥だよ。ひよりさんほどじゃあないけどさ」
「あっ、言ったな~? 絶対何かしらの形で仕返しするから、楽しみにしてなね!!」
狙って恥を掻いたわけじゃないが、結果としてひよりさんが元気になってくれて良かった。
それでも、慣れないことはするもんじゃないなと苦笑を浮かべながら思う僕に対して、両手を繋いだまま向かい合うひよりさんが言う。
「……やっぱ、身長差があるね。大きいなぁ……」
「三十センチ以上だもんね。改めて、ひよりさんってちっちゃいんだなって思うよ」
百五十センチに満たない彼女と、百八十を超えている僕。
歩幅も体の大きさも違う僕たちだけど、今日まで一緒に歩き続けてきた。
これまでは僕がひよりさんの歩くペースに合わせていたけど……今は、彼女が僕の歩くペースに合わせようとしてくれている。
これからもずっと、二人で手を繋いで歩いていきたいというひよりさんからの意思表示と、そこに込められた温かな感情を改めて噛み締める僕へと、笑顔の彼女が言った。
「思ってたより凸凹だね、あたしたち」
「うん。でも、これまで上手くやってこれたし……これからも、ずっとこうしていくつもりでしょ?」
「もちろん、そのつもりだよ! これからも末永くよろしくね、雄介くん!!」
そう言って嬉しそうに笑うひよりさんの姿が、僕の文化祭最後の思い出になった。
今、彼女の目に映る僕は、どんな顔をしているだろう? ひよりさんにとって、いい思い出になる姿であってほしいと思う。
彼女の小さな手を握り締め、その中にある確かな幸せを感じ取りながら……僕は、これからもこの幸せを守り続けようと、強く思った。