ちっちゃくてデカくて可愛い七瀬さんを勘違い元カレから奪って幸せにする 作:烏丸英
「すっかり遅くなっちゃったね。二人とも、大丈夫かな?」
「楽人は男子だし、熊川さんはお母さんが駅まで迎えに来てくれるみたいだから心配しなくても大丈夫だよ」
「そっか~……そこは遊佐くんが優希を家まで送るって言えたら良かったんだけどな~……!」
「流石にそれはハードルが高いって。僕だって、ひよりさんが初めて家に来た時は駅のタクシー乗り場まで送るのが精一杯だったでしょ?」
お風呂に入って、ご飯を食べて、少しリラックスしながら話をして……そうしている間に時間はあっという間に過ぎ、外もすっかり暗くなってしまった。
一緒にスーパー銭湯で過ごした楽人と熊川さんと別れた僕とひよりさんは今、家に続く道を手を繋いで歩いている。
「う~……やっぱ冷えるね~! 冬って感じだなぁ……!」
そう言いながら体を震わせたひよりさんが、手に力を込めて僕の手をぎゅっと強く握る。
彼女と指と指を絡ませる恋人繋ぎをしている僕は、その小さな手を自分の手ごと上着のポケットに入れた。
「どう? 少しは温かくなった?」
「えへへ~! うん! すっごい温かい!」
満足気に笑う彼女の歩幅に合わせ、ゆっくりと歩く。
冬の寒さも、ひよりさんと一緒なら全然気にならない。こうして二人で過ごせて嬉しいくらいだ。
「初練習も上手くいったし、優希と遊佐くんもいい感じだし、今日はいいことづくめだったね! いいスタートができたんじゃない?」
「そうだね。とはいえ、まだ始まったばかりだから、気は抜けないけどさ」
「練習メニューとかも増やさなきゃだし、この一回で終わらないようにしっかり予定を組まなきゃいけないもんね! よ~し、あたしも頑張るぞ~!」
そう言いながら、ひよりさんが気合十分といった感じで右拳を突き上げる。
そんな彼女を見つめながら微笑んだ僕は、静かに質問を投げかけた。
「……ひよりさんも安心できた? 今回の一件、責任を感じてたんでしょ?」
「……バレてたかぁ」
僕の質問に大きく目を見開いたひよりさんが、観念したように笑いながら言う。
いつも以上に明るく振る舞っていた今日の彼女や、それ以前の雰囲気から違和感を感じていた僕には、少しだけだがひよりさんが何を考えているのかを理解できていた。
(バスケ部の活動停止の元凶は江間と紫村だから、ひよりさん、自分にも責任があるって思ってたんだろうな……)
時期エースとして期待されて入部したのも束の間、勝手な行動を連発してバスケ部の空気を引っ掻き回した江間仁秀。
その江間によってぐちゃぐちゃにされた部内の結束をさらにダメな方向に向かわせ、完全崩壊を招いた紫村二奈。
どちらもひよりさんと嫌な因縁がある相手で、紫村に関してはひよりさんを恨んで文化祭の日に乗り込んできたという前科まである。
それだけならまだしも、紫村のその行動がバスケ部崩壊の引き金になっていたことを知ったひよりさんは、少なからず自分にも責任があると思っていたのだろう。
実際はそんなことはない。ひよりさんは純然たる被害者だし、僕たちの方から二人に復讐を目論んで接触したりといった行動はしていないのだから、全ては江間と紫村の自爆だ。
それでも、仲の良い友達が悲しんでいる姿を見て、罪悪感を芽生えさせてしまったのだろう。
熊川さんも実行委員として紫村へのもっと上手い対応がなかったのかと苦悩していたようだし、部活停止の処分を聞いた時も凹んでいた。
楽人もそうだが、ひよりさんも熊川さんも、みんな優しくていい人だからこそ、そうやって責任を感じてしまうのだと思う。
僕がすべきなのは、そうやって悩んでいる人の背中を押し、励ますことだ。
特に大切な恋人の心から不安を取り除くのは最優先事項だと、彼氏としての役目を果たすためにポケットの中でひよりさんの小さな手を握り締めながら、僕は言う。
「気持ちはわかるよ。でも、誰もひよりさんのせいだなんて思ってないさ。そもそもみんな、誰が悪いとかそういうことを考えてもないよ。今は、目の前の目標に向かって精一杯頑張ろうって考えてる……それだけだよ」
「うん……そうだよね。優希も遊佐くんも今日集まってくれたみんなも、前を向いて頑張ってる。近くで見ててわかったし、あたしも元気をもらえた」
そう言ったひよりさんが、ぎゅうっとさっきより強く僕の手を握る。
ぐっ、ともう片方の拳を握り締めながら、彼女は元気に宣言した。
「くよくよ悩むのは今日でおしまい! あたしも雄介くんたちと一緒に前を向いて頑張る! そう決めた! ……これでいいんだよね?」
ひよりさんからの問いかけに、僕は大きく頷く。
これで本当の意味で全員がスタートラインに立てたと……後ろではなく前を向いて、一丸となって進んでいく心構えができた。
動き出したばかりのチーム。バスケ部の今後も含めて、これからどうなるかなんてまるでわからない。
だけど、どんな結果になってもこの日々は無駄になんてならないはずだと考えたところで、ひよりさんが口を開く。
「……ねえ、雄介くん。もうちょっとで家に着いちゃうね」
「え? ああ、そうだね」
「周り、人がいないよね? ちょっとくらいイチャイチャしても、大丈夫そうだよね?」
街灯と月の明かりに照らされるひよりさんの頬は、ほんのりと赤く染まっていた。
彼女が言わんとしていることを理解した僕は、苦笑を浮かべてから言う。
「ずっとチャンスを待ってたんだ? かわいいね、ひよりさん」
「う~……っ! からかわないでよぉ……!」
珍しく恥ずかしがっているひよりさんと向き合って頬に手を添えれば、彼女は嬉しそうにはにかみながら小さな手を重ねてくれた。
ひんやりと冷たかった頬が少しずつ温かくなっていくことを感じながら目を細める僕へと、ひよりさんが温もりを込めた声で言う。
「……温かいね、雄介くんの手。あたしが大好きな、優しい手だ……!」
ひよりさんは目を細めて頬擦りしながら、幸せに満ちた笑みを浮かべている。
少し屈んで目線を合わせた僕は、そのままゆっくりと唇を重ね合わせた。
「ん、ん……っ」
甘くて暖かい、チョコレートのような口付け。
ゆっくりとそれを交わした後で顔を離せば、上目遣いのひよりさんが物欲しそうな表情を浮かべながら熱っぽい声を漏らす。
「もう一回、もうちょっとだけ……だめ?」
瞳にハートマークを浮かべたひよりさんの甘いおねだりを、拒めるはずがない。
周囲に人の気配がないことを確認してから繰り返した二度目のキスは、一度目よりも長く、温かく、とても甘い時間だった。