ちっちゃくてデカくて可愛い七瀬さんを勘違い元カレから奪って幸せにする 作:烏丸英
「は~い! 今日のメニューはここまでだよ~! お疲れ様!」
「部室からアイシング用の道具借りてきたから、しっかり使ってケアしてね!」
「はひぃ、はひぃ……! や、やっと終わった……! なんか今日、ハードじゃなかったか……?」
「だらしないな、楽人。キャプテンなんだから、他の仲間たちに模範を示さなくちゃダメでしょ?」
「いや、お前、明らかに俺に対してのマークがきつくなってたよな!? なんだ!? なんかしたか?」
「……学校外に僕が尻フェチだっていう根も葉もないうわさを流したのは、どこの誰だっけ?」
「……すまん。でも、根も葉もないは嘘だと思うんだけどなぁ……?」
数時間後、本日の練習を終えた僕たちは、ひよりさんたちがアイシングの用意をしてくれる中、ストレッチをしながらそんな会話を繰り広げていた。
視線を泳がせつつ謝罪する楽人の余計な一言にまだそんなことを言うかと思う僕であったが、そこに疲れに疲れ切った声が響く。
「せ、先輩方、よくもまあそこまで元気に会話できますね……? 俺、もう無理です……死ぬ……」
「あ~……大丈夫か、志乃?」
「ダメです……」
「あはは……やっぱブランク明けにいきなり運動はきつかったみたいだね」
体育館の床に這いつくばっている間沼くんは、体力を完全に使い切ってしまったようだ。
全身から汗を噴き出している彼のか細い声に苦笑を浮かべる中、ずるずると這いつくばってこちらへと近寄ってきた間沼くんを間に挟みながら、僕は楽人と話をする。
「まあ、しゃあないよな。普通に考えて、半年間のブランクってのは本人が思ってる以上にデカいもんだから、こうなるのも当たり前か」
「俺は尾上先輩が平然としてるのが不思議で仕方がないっすよ……なんでピンピンしてるんですか……?」
「僕は弟たちに付き合う形で運動自体は続けてたからさ。体力はそこまで落ちてないんだよ」
「それにしたっておかしいでしょ……? どうなってるんすか……?」
疑問を口にしながらスポーツドリンクをがぶ飲みする間沼くんの言葉に苦笑しつつ、熱くなった体を冷ますように手で仰いで風を送る。
楽人は間沼くんの様子を見た後、僕の顔を見ながら口を開いた。
「この感じだと、志乃をフルタイムで出すのは難しそうだな。基本はシックスマン運用でいくか?」
「そうだね、それがいいよ。間沼くんのオフェンス技術は魅力的だからスタメンで出てもらいたいけど、ガス欠になる可能性が高いもんね」
スモールフォワードの間沼くんは、柔らかいタッチのドライブインで仲に切り込んでゴールを狙う点取り屋としてすさまじい爆発力を持っている。
状態が万全ならばスタメンとしてバンバン点を取ってもらいたいところだが、ブランクがあり、体力が落ちている今の彼には厳しいだろう。
ならば、その爆発力を以て試合の流れを変える、あるいは決定付けるシックスマンとして活躍してもらうのが一番だ。
間違いなく間沼くんの技術は大きな力になってくれる……と確信する僕たちの下へ、ひよりさんと熊川さんがアイスバックを持ってきてくれた。
「はい、雄介くんたちの分だよ!」
「間沼くんもどうぞ。久々の運動で体に負担がかかってるだろうし、ケアは念入りにね」
「ありがとうございます……!!」
女神でも敬うかのように二人に頭を下げた間沼くんが、脚や腕といった負担のかかった部分をアイシングしていく。
僕たちも彼らに倣う中、ひよりさんがひそひそ声でこう言ってきた。
「ねえ、優希と話したんだけどさ、この後、前みたいにお風呂入っていかない? この間とは別のスーパー銭湯になっちゃうけど、それも楽しそうでしょ?」
「僕は構わないよ。楽人はどう?」
「おっ、俺も大丈夫! 結構汗もかいちゃったし、流していけるのは助かるしさ!」
再び、ダブルデートのセッティングをしたひよりさんの言葉に、楽人がガクガクと首を縦に振りながら承諾の返事をする。
この期間中に二人をくっ付けようとしているんだなと彼女の思惑に気付いた僕がその積極さに小さく微笑みを浮かべる中、マネージャーの二人が離れたタイミングで、アイシングをしていた間沼くんが僕たちへと言う。
「あの、すいません。もしかしなくても、遊佐先輩って熊川先輩のことが……?」
「えっ? ちょっ、おまっ! 急に何を……っ!?」
「うん、大正解。わかりやすいよね?」
「ええ、まあ。なんとなくっすけど、先輩が好きそうなタイプの人だな~って思ってたんで」
「お前ら、俺を置いて話をすんなって! なあ!?」
楽人はとてもわかりやすい。今日の練習中の熊川さんに対する態度を見ていれば、鈍くない人間でなければ色々と勘付くだろう。
中学の後輩であり、ディフェンスを抜き去るための観察眼を磨いた間沼くんなら、一発で理解するかと考える中、そんな彼の肩をがっしりと掴んだ楽人が低い声で言う。
「志乃、お前も一緒に来い。色々話をしよう……なっ?」
「え? あ、はい。わかりました……」
多分だが、間沼くんを通じて中学の後輩たちに自分の恋愛事情が拡散されることを恐れたのだろう。
楽人も大変だなと思いつつ、口封じに呼ばれた間沼くんも色々大変だなと思いながら、僕はアイシングを続けていくのであった。