ちっちゃくてデカくて可愛い七瀬さんを勘違い元カレから奪って幸せにする 作:烏丸英
「……一時間くらい前は体を冷やしてたのに、今度は風呂に入って温めてるって、なんか不思議な感じっすね」
「そうでもないだろ。普通によくあることだよ」
「不思議といえば、遊佐先輩の行動も不思議っす。折角のダブルデートを自分からぶち壊すだなんて、正気ですか?」
「お前……っ! 元はといえば、お前が余計なことを言うからだなぁ!!」
「ははっ、二人は仲が良いんだね」
お風呂に入りながら、楽人と間沼くんの会話を聞いていた僕は、コミカルなそのやり取りに思わず声を出して笑ってしまった。
楽人が複雑そうな表情を浮かべる中、タオルで顔を拭いた間沼くんが言う。
「遊佐先輩はノリもいいし、面倒見もいい人なんで、普通に慕われてますね。あ、こういう話、熊川先輩の前でしといた方がいいっすか?」
「そうだね、頼むよ。まあ、熊川さんも楽人がそういう男だってことはもうわかってると思うけどさ」
「お前らなぁ……!!」
口の端を引き攣らせながら呻いた楽人であったが、そこから先の言葉が思い付かなかったようだ。
湯船に背中を預けた彼は大きく伸びをした後、話題を変えるかのように僕たちへと話を振ってくる。
「そうだ。途中になっちまったけど、志乃はシックスマン運用でいいよな? ここから練習期間の間に体力が戻せるとも思わないし、要所で活躍してもらう感じで大丈夫だろ?」
「ああ、問題ないよ。大会は通常の試合時間より短いし、間沼くんの体力的な負担も軽減できるだろうしさ」
「そうなんすね、助かります」
「でも、一日の間に何試合もするからな? 決勝はちょっと長めだし、しんどいとは思うぞ?」
「そうなんですね……それは助からないっす……」
わかりやすく一喜一憂する間沼くんの反応に、僕は小さく微笑みを浮かべる。
そんな中、顔を上げた彼は僕へとこんな質問を投げかけてきた。
「あの、尾上先輩はどうしてバスケを辞めたんですか? 今日見た感じ、全然腕は鈍ってないと思うんですけど……?」
「最初から中学までで終わりにするって決めてたんだよ。うちは母子家庭だから、色々とお金もかかるしね」
「そう、なんですね……」
デリケートな話だが、こういうのは隠すと逆に良くないことになりがちだ。
すっぱりと理由を話してみれば、間沼くんは申し訳なさそうにしながら謝罪してきた。
「すいません。少し考えれば、言いにくい事情があるってことはわかったはずなのに……どうしても気になっちゃって……」
「いいんだよ。気にしないで」
言葉少な目だが、間沼くんにはそっちの方がいいはずだ。
僕が言葉を重ねれば重ねるほど、気にしてしまう……そんなタイプの人間であるような気がした。
「まあ、志乃の気持ちもわからなくないからな。俺も雄介とバスケができたら楽しかっただろうなって、時々思うからさ」
「先輩もやっぱ、そう思うんですか?」
「そりゃあ、バスケ部がこんなことになっちまったらさ、色々考えるだろ? 問題は起こさない、相談相手としてもうってつけ、おまけに腕は一流の同級生が傍にいるんだ。こいつが相棒だったらな~……って、思わない方が変じゃね?」
自嘲気味に笑いながらの楽人の言葉に、間沼くんも小さく頷いた。
彼もまた楽人と同じように湯船に背を預け、天井を見上げながら、ぼそっと呟く。
「もしかしたら、そんな未来もあったのかもしれませんね。俺が入学した時、遊佐先輩と尾上先輩がバスケ部を引っ張ってて、熊川先輩と七瀬先輩もマネージャーとしてバスケ部に入ってて……それだったら、俺としては最高だったんだけどな……」
「……そういう未来もあったのかもね。でも、そうじゃなかった」
「だからこの話はここで終わりなんだ、ってやつか……」
もしかしたら、そういう未来もあり得たのかもしれない。
でも、そんな都合のいい未来がそうそう実現しないことも僕たちはわかっている。
青春とは爽やかで明るい物語ばかりではない。時にしょっぱく、ほろ苦い味がすることもある。
それでも大事なのは……と僕が考える中、急に立ち上がった楽人が気合いを入れた声で言った。
「もしもの話をしても意味なんかねえだろ! バスケ部が活動停止処分を食らってなかったら雄介と志乃は出会えなかったわけだし、そしたら風呂に入りながらこんな話もしてねえだろ!? 大事なのは今、この状況でできることをやるってことだ!」
「うん、楽人の言う通りだ。今は僕たちのやれることをやろうか」
そう言いながら、僕も楽人と同じように湯船から立ち上がる。
そこで振り返った楽人は、僕と間沼くんに向けてこう言った。
「というわけで、今後に関してやるべきことについて話がある。まあ、志乃はそこまで関係ねえけどさ。一応、話は聞いてくれや」
「ああ、わかった。でも、長くなり過ぎるとのぼせちゃうだろうから、食事でもしながらにしようよ」
「おう! つーわけだ。志乃、そろそろ出るぞ」
「あ、うっす……」
僕たちの勢いについていけなかったのか、少し引いている感じの間沼くんが頷きながら立ち上がる。
もしもを考えても仕方ないのなら、今を受け止めて前に進むだけだと……そう思いながら、僕は改めて気合いを入れ直すのであった。