ちっちゃくてデカくて可愛い七瀬さんを勘違い元カレから奪って幸せにする 作:烏丸英
「練習も大詰めだからね。仕方がないといえば仕方ないけど……ちょっと寂しいかな」
ひよりさんの言う通り、練習を重ねてきた地域のバスケ大会があと少しで開催される。
休日は全部練習になるだろうし、平日の放課後も色々と作戦について話し合ったり、決めることが出てくるから、気軽に遊びに行けなくなるだろう。
大会が終わっても、家族に負担をかけた分を取り戻さなくてはならない。
はっきりとはわからないが、少なくともバスケ大会が終わるまではこうしてデートに行くことはできそうになかった。
「どうだった? 今日であたし成分、しっかり補充できた?」
「う~ん……まだちょっと足りないかも……」
僕の答えを聞いたひよりさんが口元に手を当ててくすくすと笑う。
そうしながら繋いでいるもう片方の手に緩く力を込めた彼女は、温かい声でこう言った。
「しょうがないな~! じゃあ、そんな雄介くんにいい物をプレゼントしてあげますか!」
弾んだ声でそう言ったひよりさんが、肩から下げている小さなバッグを開く。
手を突っ込んだ彼女は、その中からビニール袋に包まれたリストバンドを取り出すと、僕に渡してきた。
「はい、これあげる!」
「えっ!? い、いつ用意したの、これ!?」
「えへへ~! 今日のデートに備えて、何日か前に買っておいたんだよ。どこかで渡そうと思ってたんだけど、ギリギリになっちゃった」
恥ずかしそうに笑うひよりさんの小さな手に乗っているリストバンドを受け取り、包みから取り出す。
好きなチームのユニフォームと同じ、黒と白のシックでシンプルなデザインのそれを見つめる僕へと、彼女が言う。
「どうかな? 気に入ってくれた?」
「もちろんだよ! 本当にありがとう!」
「ん……! なら良かった。ちょっと不安だったんだよね~」
僕がひよりさんからのプレゼントに不満なんて持つはずがないのだが、それでもやっぱり緊張するものなのだろう。
照れ隠しに笑った彼女は、こう言葉を続けた。
「それを着けてれば、練習してる時も、試合中も、あたしが傍にいるって思えるでしょ? 今日、補充し切れなかったあたし成分、ちょっとずつチャージしていってね!」
「あははっ……! ありがとうございます。大切に使わせていただきます」
多少、おどけたふうにお礼を言いながら、袋の中にリストバンドを戻す。
折角のプレゼントだ、練習中に着けた方がいいだろうと考えながら大切に自分の鞄へとそれをしまったところで、ひよりさんがぐっと両手の拳を握り締めながら口を開いた。
「さあ、ラストスパートだよ! 遊佐くんたちバスケ部のみんなのためにも、応援してくれてるみんなのためにも、何より雄介くんのためにも……大会、頑張ろうね! 勝つだけじゃなくって、思いっきり楽しもう!」
「うん、そうだね。終わった後、今日まで頑張ってきてよかったって、みんながそう思えるようにしたいな……!」
ずっと前から考えていたこと。この大会で勝ったところで何かの実績になるわけじゃないし、即座にバスケ部の活動停止処分が解除されるわけでもない。
それでも毎週のようにみんなで集まって頑張って練習しているのは、結果ではなく過程に意味があるとわかっているからだ。
僕たちのデートの予定と同じだ。大会が終わった後、バスケ部がどうなるかなんてまだわからない。
だけど、今はそんなことどうだっていい。心を一つにした仲間たちと一緒に、晴れ舞台で大好きなバスケをすることを楽しめれば、それでいいんだ。
「頑張るよ。彼氏として、ひよりさんに格好いいところを見せないとね」
「おっ!? 言うね~!? じゃあ、思いっきり期待しちゃおうかな!」
きゃっきゃと騒ぐひよりさんの手を取って、再び歩き始める。
あと少しで家に着いてしまうな……と思ったところで、隣を歩くひよりさんが小さな声で呟いた。
「……そう言えばだけどさ。あたしも実は、微妙に雄介くん成分を補充し切れてないんだよね~……もうちょっとだけ、一緒にいたいな」
ここまで来ておいてなんだけど、と視線で伝えてくる彼女の様子に、小さく噴き出してしまう。
二人とも、物足りない気持ちは一緒だったみたいだ。それならば遠慮することないと微笑みながら、僕は彼女へと応える。
「じゃあ、もうちょっと一緒にいようか? 駅まで戻って、ファミレスで少しおしゃべりして……満足したら、遅くなる前に帰ろう」
「やっりぃ! そんじゃ、戻ろうか! いっぱいいっぱい、話したいことはあるんだしさ!」
言うが早いが、反転した彼女の手を取って歩き始める。
満足したらなんて言ったが、この欲望に底なんてあるのだろうか? どれだけ長い時間を一緒に過ごしても、まだ全然足りないと思ってしまう。
(僕も我がままになったな。遠慮せずに何でも言えるようになってきたってことか……)
考え方を変えればこれもまた成長だなと思いながら、僕は大切な人の小さな手を握り締め、星が輝く夜空の下、ゆっくりと歩いていくのであった。