ちっちゃくてデカくて可愛い七瀬さんを勘違い元カレから奪って幸せにする 作:烏丸英
「泣いても笑ってもこれが最後だね。あたしにはできることはほとんどないけど……全力で応援するから」
「ありがとう、ひよりさん。十分過ぎるくらい心強いよ」
試合開始直前、コートへと移動するほんの少し前、ひよりさんと二人きりで話をしていた僕は、彼女の言葉にそう応えた。
もしかしたら僕以上に気合いが入っている彼女は、ふんすと鼻息を荒げながら言う。
「大会の結果とか成績が全てじゃないってことはわかってるけどさ、雄介くんもみんなも今日まで一生懸命頑張ってきたんだもん。どうせなら、勝って終わりたいよね」
「そうだね。優勝って結果で終われたら最高だと思うよ」
「……でもやっぱり、楽しむのが一番だよね。余計なこととか全部忘れてさ!」
勝ちたい、優勝したいと思っているのはみんなも同じだろう。
ひよりさんが言う通り、今日まで全力で頑張ってきたのだ。最高の結末で終わりたいと思うのが自然だと思う。
だけど、勝ちたいという理由に『紫村や彼女に協力するバスケ部のメンバーをぎゃふんと言わせたい』という気持ちが混ざってしまったら、それはきっとノイズになる。ついさっき、相手チームのプレーを見て、みんなも同じことを思ったはずだ。
余計なこと……バスケ部内のごたごただとか、僕たちと紫村との確執だとか、そういうことは全部忘れてしまっていい。
今、この瞬間……大会でできる最後のバスケを楽しみながら、その上で優勝という結果を迎えられたら最高だと、そう思うくらいがちょうどいいんだろう。
「……でもやっぱり、勝ちたいな。ここまできたら優勝したい」
「おっ!? 雄介くん、やる気に満ち溢れてるじゃん! 男の子っぽい!!」
「そりゃあね。負けてもいいやなんて思いながらコートに立つ人間なんていないよ」
ふぅ、と息を吐いた後で正直な胸の内を吐露すれば、ひよりさんは楽しそうに笑いながらそう応えてくれた。
そうした後、僕の前で腕を大きく広げながら言う。
「それじゃあ、元気チャージしとく? ひよりさん成分を補充しておけば、試合でもっと活躍できるかもでしょ?」
「あ~……嬉しい提案なんだけど、今はちょっと……」
「どうして? 周り、誰もいないよ?」
「……汗臭いと思うから。あんまりくっ付きたくない」
恥ずかしさを感じながらも理由を答えれば、ひよりさんはくすくすと笑った後で腕を下ろしてくれた。
普通はこういうことを気にするのって女の子の方なんじゃないかと思ったり、少しもったいないなとか考えたりする僕へと、彼女が言う。
「じゃあ、簡単バージョンにしよっか! 手、出して!!」
言われるがままに右手を出せば、彼女は両手で僕の手を包み込んでくれた。
そのまま自分の胸の上に僕の手を置きながら、ぎゅ~っと強く優しく力を籠め、念を送ってくる。
「……はい、終わり! あたしの想い、全力で込めたから……これでシュート確率百パーセント超え、間違いなしだよ!!」
「あははっ! すごい心強いよ。でも、うん……本当にできちゃいそうだ」
冗談めかしたその言葉も、今なら本当に実現できそうな気がする。
それくらいに彼女に包み込まれた右腕は温かくて、不思議な力が宿っているような感じがした。
「本格的なぎゅ~っは試合が終わった後ね! ちゃんとシャワー浴びて、汗を気にしなくて済むようになったらで!!」
「ははっ、楽しみにしてるよ」
小さく笑いながら、僕は息を吐く。
もうそろそろ、試合が始まる時間だ。少しずつ気持ちを整えていく僕へと、ひよりさんは静かな声で言った。
「いってらっしゃい、雄介くん。決勝戦、楽しんできてね」
「うん……いってきます」
柔らかい笑みを浮かべる彼女を見つめながら、僕も静かに言葉を返す。
心地良く響く心臓の鼓動を感じるように左胸に手を当てた僕は、冷静さとやる気が絶妙に交じり合った最適な状態で試合に臨むのであった。