ちっちゃくてデカくて可愛い七瀬さんを勘違い元カレから奪って幸せにする 作:烏丸英
「くそっ! 次こそは……っ!!」
三度目のマッチアップ、パスを受け取った藪瀬先輩が正面に立つ雅人を睨みながら呻く。
そこからドライブのルートを探ろうとした彼であったが……何故か、一瞬ビクッと体を震わせた後で動きを止めてしまった。
「何してるんですか、部長っ!? 相手は初心者ですよ!?」
「くっ……!!」
ボールを保持したまま、動きを見せない藪瀬先輩に業を煮やしたであろう紫村の声が響く。
同時に、彼の前に立つ雅人が不敵な笑みを浮かべる姿が僕の目に映った。
「ちくしょう……っ! 舐めんなっ!!」
自分を追い詰める様々な要因を振り払うかのように大声を出した先輩はその場でジャンプし、スリーポイントシュートを放ったが、普通に惜しくもなく外れ、ボールはコート外に出てしまった。
攻守交替し、楽人たちが相手のゴールへと攻め込む中、ここまでのプレーを見ていた熊川さんがぼそりと呟く。
「……なんか今、藪瀬先輩の動き、変じゃなかった?」
「うん。ボールを受け取ってすぐにドリブルしてくると思ったけど、なんか急に止まったよね?」
流石に今回の違和感には熊川さんたちも気付いたようだ。
首を傾げる彼女たちへと、僕は種明かしをする。
「藪瀬先輩は自分が
ディフェンスに重要な要素は主に三つある。
一つはインサイドで重要な、相手の当たりに負けないためのパワー。二つ目が相手の動きについていくだけのクイックネス。
この二つに関しては、残念ながら雅人は普通の運動部の生徒と比較して一段劣る。
だから、オフェンスに関してはあまり貢献することができない。
ただし、ディフェンス面に関しては話は別だ。
雅人はディフェンスにおいて重要な三つの要素の内の残る最後の一つ、相手の動きを制限するための頭脳がずば抜けて高い。
マッチアップしている相手と自分の位置だけでなく、敵味方含めた残り八名の位置や動きをあいつは把握している。
前半戦、観客席から試合を見ていた雅人の頭の中には、敵味方の癖や得意、不得意なシュート位置がインプットされているのだろう。
最初のディフェンス、藪瀬先輩とセンターの選手が味方同士で潰し合って自滅したように見えたあれも、敢えて抜かれた雅人がその位置に動くよう藪瀬先輩を誘導していた。
二度目のディフェンスも間沼くんが咄嗟にカバーに入ったのではなく、彼とダブルチームを組める位置に藪瀬先輩を動かしていて、間沼くんはほとんど動かずに相手の行く先を塞げたことに驚き、困惑していたのだ。
「今の攻撃も同じだよ。雅人は敢えて、藪瀬先輩と距離を取ってディフェンスしていた。シュートをフリーで打たれる代わりにドライブに対して滅法強い守り方をしていたんだ」
「そっか! 先輩はここまで二回連続でドリブルを止められてる! その状態で対ドライブ用のディフェンスをされたから、また止められるんじゃないかって不安になって動きが止まったんだね!」
ひよりさんの言葉に頷きつつ、僕はもう一つの要因があることを理解していた。
藪瀬先輩はプライドが高い。加えて、今は紫村の前でいいところを見せようと躍起になっている。
その状態で二度も攻撃に失敗したのだから、焦りと苛立ちを抱えていたはずだ。
そこでシュートを打たれても構わないとばかりに距離を取ったディフェンスをすれば……先輩はこう感じるだろう。
「この俺が、バスケ素人に舐められている。お前はこの位置からシュートを決められるはずがないと、そう思われている」と。
その考えを肯定するような雅人の笑みを見れば、もう藪瀬先輩の思考からシュート以外の選択は消えてなくなる。
自分を舐める素人を黙らせてやると意気込みながらスリーポイントシュートを打ったまではいいが、そんな雑念に加えて紫村からの叱責を受けて焦っている状態では、いくらフリーだからといって苦手なシュートが入るはずもない。
そして、この失敗で藪瀬先輩はさらに頭に血が上るだろう。そうすれば、オフェンスだけでなくディフェンスでも動きに粗が出てくるはずだ。
(本当、いい性格してるよな……)
我が弟ながらクレバーが過ぎる。言葉を選ばずに言えば、とても性格が悪い。
持ち前の賢さを上手く使って相手を追い詰める雅人であったが、その一方で三男の大我の動きはかなりわかりやすいものだった。