ちっちゃくてデカくて可愛い七瀬さんを勘違い元カレから奪って幸せにする 作:烏丸英
「っっ……!?」
バチバチにやりあっている試合の最中、突然の楽人の言葉に俵山くんが驚きの表情を浮かべる。
ディフェンスを続けながら、彼を一瞥した楽人は……ボールへと視線を向けたまま、こう続けた。
「お前は高校からバスケを始めた初心者だ。だけど練習はサボらなかったし、本当に真面目だった。そういう部分、買ってたんだよ」
「う、ううう……」
「お前が紫村目当てだってことはわかってた。あの子の前で格好いいところを見せたくって、褒められたくって、頑張ってるってのもわかってたさ。でも、俺はそれでいいと思ってた。好きな女の子に格好いいところ見せたいって思うのは、男として当然のことだ。それを笑ったり、馬鹿にすることなんて、俺にはできねえ」
自分自身が熊川さんにいいところを見せようと文化祭の実行委員に立候補した経験がある楽人は、俵山くんがバスケを続ける動機をおかしいことだとは思っていなかった。
それは僕も同じだ。僕だって、ひよりさんに格好いいところを見せたいという下心くらいはある。
たとえ動機が何であろうとも、そこからバスケを続けて、好きになって、上達していけばいい。多分楽人は、俵山くんにそういった想いと期待を寄せていたのだろう。
「でもな……お前は間違った。お前がやってるのは、バスケじゃねえ」
――だからこそ、つらいのだ。これから先、数年の時間をかけて共にコートに立つ仲間になってくれるかもしれなかった相手が、あんなラフプレーに手を染めてしまったことが。
あの瞬間、俵山くんのバスケットは終わった。楽人が言った通り、彼は自分のバスケ人生を終わらせる選択をしてしまった。
「に、二奈ちゃんは、俺を褒めてくれたんだ。よくやったって、俺が必要だって、そう、言ってくれたから……!!」
「必要だったのはお前じゃない。雄介を追い出すために動いてくれる誰かだ。もう気付いてるんだろ? お前は、体よく利用されただけなんだよ」
「違うっ! そんなわけ、そんなわけないっ!」
二人の周囲だけ、空間が隔絶されているような雰囲気だった。
コートに立っているのに、試合には参加していないような雰囲気……ボールなどまるで気にしていない様子で吠える俵山くんは、楽人へと言う。
「尾上やお前なんかに俺の気持ちなんてわかるもんか……! かわいい彼女がいて、楽しそうに青春して、女の子たちとも普通に話せて……! そんなお前たちに、俺の気持ちなんて……!!」
「ああ、わかんねえよ。大切なバスケを汚してまで誰かに好かれようとするお前の気持ちなんて、わかりたくもねえ。お前も、先輩たちも、おかしくなってる。お前らがやってるのはバスケじゃなくて、紫村に好かれるための何かだ。その変化に気付けなかったり、止められなかった俺にも責任はある。だから――!」
その瞬間、俵山くんの手にボールが渡った。
今、自分が試合の最中だという意識を完全に失っていた俵山くんが驚きに目を見開く中、腰を落とした楽人が言う。
「来いよ、俵山。お前が正しいって思うのなら、俺を倒してみせろ」
「うっ、ううう……っ!!」
「俺はお前と部長たちを止める。それが……俺がつけなくちゃいけないケジメなんだ」
「うううう……うわああああっ!」
「ばっ!? 俵山っ!!」
多分、相手チームの誰もが俵山くんの行動を予測できていなかったのだろう。
ボールを預けて、すぐにパスを出させるつもりだったはずだ。
そんなチームの予想に反して、楽人の圧に負けた彼が一心不乱にドライブで突っ込もうとする。
ただその動きは真っすぐ過ぎて、そしてディフェンスにつく楽人の存在を全く考慮していないものだった。
「遊佐くんっ!!」
第二ピリオドの再現。僕に突進してきたように、再び俵山くんがディフェンスを吹き飛ばす危険なドリブルを繰り出す。
タックルを受けた楽人が吹き飛び、それを見た熊川さんが悲鳴のような声を上げる中、鋭い笛の音が鳴り響いた。
「赤十三番! ディスクォリファイングファウル!!」
「ディス……? なに……?」
「……ディスクォリファイングファウル。サッカーでいう、レッドカードだよ」
「それって、つまり……!!」
ディスクォリファイングファウル……課せられる罰の内容は、
滅多に出ることのない非常に重大な反則に対するファウルの宣告に、会場が一瞬騒然とする。
二度に渡る相手に大怪我を負わせかねないプレーを、審判は緊張していたが故の事故ではなく故意に相手を傷付けようとしたものだと判断した。
大勢の観客の前で最大級の罰を課せられた俵山くんが呆然と立ち尽くす中、立ち上がった楽人が言う。
「……馬鹿野郎。そんなドリブル、一回も練習でしたことなかったじゃねえか。お前はいつも、不格好だったけど基本に忠実なドリブルを真面目に一生懸命練習してたじゃねえかよ……!」
「うっ、ふぐっ……!」
楽人が怪我もなく立ち上がったことに安堵した僕たちであったが、彼は体よりも心に深い傷を負ったようだ。
これまでずっと続けてきたドリブルが、僕に対するあのラフプレーで塗り替えられてしまった。だから俵山くんは咄嗟にドリブルをした時、あの時と同じ動きを……僕に対するあの反則行為を再現してしまった。
ただ女の子に褒められて、好かれたかった。その想いを欲望に変え、真面目に取り組んでいたバスケットを捨てた彼は、あまりにも大きな代償を支払うことになってしまったのである。
「……同情はしねえぞ。お前が雄介にやったことは、この程度で許されることじゃない。だけど……これで一つケジメをつけたってことにしておいてやる」
項垂れながらベンチに戻る俵山くんへと、苦し気だがきっぱりと楽人が言う。
退場を言い渡された俵山くんはベンチに残ることもできない。荷物を手にそこから立ち去ろうとした彼は、紫村に何かを言おうとしたのだが――
「あっ……!?」
――紫村は、即座に俵山くんから視線を逸らし、彼がそこに存在していないかのように振る舞ってみせた。
短く呻いた後、俵山くんは無言で会場から去っていく。
仲間たちから励まされることもなく、好きだった女の子からも裏切られた彼の背中からは、絶望の感情が伝わってくる。
楽人の言う通り、僕は彼に同情することはできない。だが……今の俵山くんの姿は、あまりにも悲しいものだった。