ちっちゃくてデカくて可愛い七瀬さんを勘違い元カレから奪って幸せにする   作:烏丸英

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最後のおまじない

「ん? ふふっ……うん、いいよ」

 

 真剣な僕の顔を見たひよりさんが、小さく笑って頷く。

 多分もう彼女は僕が何を言わんとしているか理解していて、全てを受け入れるつもりなのだろう。

 

「……心配かけてごめん。でも、僕は――!」

 

「大丈夫、わかってるから」

 

 謝罪の言葉に続けて、自分の意思を伝えようとした僕を制しながら、ひよりさんが言う。

 小さくため息を吐いた後、彼女は微笑みを浮かべながらこう続けた。

 

「あんな場面を見ちゃったんだもん、そりゃあ心配しない方が無理ってもんですよ。でも、あれで終わるわけにはいかないもんね。今日まで頑張ってきたっていうのに、こんな形で終わりを迎えたら……納得できるわけないよ」

 

 そういう思いももちろん僕の中にはある。

 僕だけでなく、楽人やみんなもこんな形で僕の出番が終わることに納得できていないはずだ。

 

 そしてそれはひよりさんも同じなのだろう。今日までの僕の頑張りを誰よりも近くで見てくれていた彼女だからこそ、その思いは人一倍強い。

 でも同時に、僕への心配の気持ちも強いはずだ。それを押し殺して僕を送り出そうとしてくれているひよりさんには、感謝の気持ちしかなかった。

 

「もう、あんなことにはならないよ。絶対、無事に戻ってくるから」

 

「うん……本当は不安だし、万が一のことがあるんじゃないかって心配だけどさ……でも、あたしが言ったんだもんね、全力で楽しんで、勝って終わろうって。その言葉、嘘にはできないもん」

 

 僕を安心させるように、ひよりさんが笑みを浮かべる。

 その笑顔に少なくない不安の色が滲んでいることに気付いた僕は、彼女へと言った。

 

「……大丈夫。僕にはひよりさんが付いてくれてる。想い、込めてくれたでしょ?」

 

 そう言って、試合前に彼女が握ってくれた右手を緩く握る。

 そこに込められた彼女の想いと今も残っている確かな温もりを握り締めるように拳に力を込めながら、続けて左手首を見せる。

 

「こっちもそうだ。こんなに僕を想ってくれてるひよりさんがいてくれるんだ、これ以上心強いことはないよ」

 

 以前、デートの時に貰ったリストバンド……そこにもひよりさんの想いが込められている。

 こういう事態になって改めて、僕を心配し、励まし、傍に居てくれる彼女の偉大さを確認できた。

 だから……僕はいつも通り、自分のすべきことをするだけだと、そう思いながらひよりさんへと告げる。

 

「見てて、思いっきり暴れてくるから。ひよりさんの不安も吹き飛ばして、試合にも勝って……笑顔にしてみせる」

 

「ふふっ! 珍しくビッグマウスだね~? でも、そっか! いつも通りでもあるってことか!」

 

 彼女を幸せにする、それが僕の変わらない信念だ。

 ここでベンチに留まっていれば、ひよりさんを心配させることはないのかもしれない。でも、それで彼女が幸せになるかと聞かれれば、多分ノーなのだろう。

 

 今、彼女が抱えている不安を吹き飛ばすくらい、大暴れしてくればいい。

 試合にも勝って、本当の意味で今日までの努力が報われたとチームのみんなで同じ思いを共有することが、ハッピーエンドだと思う。

 

「……雄介くん、ちょっと屈んで。目の様子、見ておきたいから」

 

 あと少しで第四ピリオドが始まる。その寸前、そう言ってきたひよりさんに従って、僕は彼女と目線を合わせるように屈む。

 そっと頬に触れ、腫れた左目をじっと見つめた彼女は……そこに優しく口付けをしてきた。

 

「ん……! 最後のおまじない。もうこれ以上、雄介くんが怪我しませんようにって……そうお願いしておいたから」

 

「……ありがとう」

 

 もしかしたら僕たちのことを見ていた人がいたかもしれないし、恥ずかしさもあった。

 でも、それ以上にひよりさんのおまじないは心強くて、その想いに背中を押されながら僕は言う。

 

「いってきます。絶対、勝ってくるから」

 

「いってらっしゃい! あたしも最後まで一生懸命応援するからね!」

 

 二度目の彼女の笑顔からは、不安の色が消えていた。

 僕もそんなひよりさんを見て、安堵すると共にコートに向かう。

 

「ちゃんと話ができたみたいだな。良かった」

 

「気を遣ってくれてありがとう、楽人」

 

「いいってことよ。さて、泣いても笑ってもこれが最後だ。どうせなら、笑って終わろうぜ」

 

 そう、僕や仲間たちに発破をかけた楽人が腕を突き上げる。

 みんなが歓声で応える中、僕の背後から弟たちが声をかけてきた。

 

「へいへい、雄介~? 義姉さんと何を話してたんだよ~?」

 

「いつでもどこでも平然とイチャつきやがってさ~! 通常運転が過ぎるだろ~?」

 

 どうやら先ほどのやり取りはばっちり見られていたようだ。

 恥ずかしさに苦笑する僕であったが、それ以上の感情が胸に満ちている。

 

 小さく息を吐いた僕はコートに立ちながら、その気持ちを弟たちにぶつけた。

 

「……夢、だったんだよな」

 

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