ちっちゃくてデカくて可愛い七瀬さんを勘違い元カレから奪って幸せにする   作:烏丸英

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最後の切り札

 夢のようなこの瞬間なら、大切な人に応援してもらっているこの五分間なら、不可能なんて何一つないと……そう思えた。

 そんな確信を抱きながら自信に満ち溢れた姿を見せる僕へと、藪瀬先輩は警戒と苛立ちの籠った視線を向けている。

 

 無言のまま、先ほどのファールで貰ったフリースローを打つべくエリアに入った僕は、ボールを受け取った後でリングを見つめながら心の中で呟いた。

 

(さっきのシュートで二点。このフリースローを決めたらもう一点で合計三点か……)

 

 相手がスリーポイントを決めない限りは、これで一点は点差が縮まる。

 だけどそれじゃ少し物足りないなと思いながらフリースローを放った僕は、リングに当たったボールが跳ね返り、宙に舞う様を見て即座に動き出した。

 

「シュート外したぞ! リバウンドっ!」

 

 歓喜に満ちた藪瀬先輩の声が聞こえる中、僕は自分に向かってきたディフェンスを躱し、一歩前に出た。

 そのまま跳躍し、腕を伸ばして……予測していた最適なタイミングで落ちてきたボールに触れると共に、それをゴールに向けて弾く。

 

 ボールを保持するのではなく、ワンタッチで弾いて放つタップシュート。

 僕の手を離れたボールがリングに吸い込まれていくことを確認した後、唖然とする紫村を尻目に小さな声で呟く。

 

「これで四点、残り六点差……!」

 

 楽人たちも疲労がピークだろうし、僕も片目が見えない状況だ。相手の攻撃を止めるのにも限界がある。

 だったら、相手が点を取る以上にこちらが得点してしまえばいい。十分に休めた今の僕なら、不可能なことじゃない。

 

 ただ、もちろん手を抜いたディフェンスをするつもりはない。でないと、こういうことが起きるからだ。

 

「一本! ゆっくりやってくぞ!」

 

 リードしている相手は焦って攻める必要なんてない。時間をゆっくり使い、試合終了まで粘ればそれだけで勝てる。

 二十四秒じっくり使って攻めるつもりだからこそ、相手にプレッシャーをかけないと無駄に時間を使われてしまう……だから、ディフェンスも全力でやる必要があった。

 

「へっ! もうバテたか、中坊!?」

 

「くっ……!」

 

 必死にプレッシャーをかけたことで疲弊を加速させた間沼くんが抜かれ、シュートを決められてしまう。

 それでも、相手が時間をギリギリまで使うことは避けられたと考える僕へと、彼は言った。

 

「すいません、俺のせいで……」

 

「大丈夫だよ。取られたのなら、取り返せばいい」

 

 これで八点差。しかし、さっきより差は縮まっている。

 相手だって表面上ほどの余裕はないはずだと考えながらボールを取った僕へと、ディフェンスが詰め寄ってきた。

 

「尾上に注意しろ! 今、得点できるのはあいつだけだ!」

 

(なるほどね。まあ、そう考えるのも当然か……)

 

 出場している五人の内、楽人と間沼くんは体力が限界で弟たちはバスケは素人……となると、自ずと僕へのマークが強くなる。

 ほぼ全員が対抗意識をむき出しにしてくる中、静かにドリブルをついた僕は一気に目の前のディフェンスを抜き去ってインサイドへと詰めていった。

 

「カバー! カバー!」

 

 ようやくチームでディフェンスをするようになった相手が僕を取り囲む。

 これ以上はゴールに近付かせないと必死になって守ってくる相手を前に、流石に僕も動きを止めざるを得なくなってしまった。

 

「先輩、こっちっす!」

 

「っっ! あっちに付け! パスを出させるな!」

 

 そんな僕の動きを見て、間沼くんが大声を出しながら手を上げる。

 体力も尽きかけているだろうに必死にアピールする彼の様子に焦った藪瀬先輩が指示を出し、自身もまたそのカバーに回ろうとする中、僕は間沼くんを見つめながらそちらとは反対方向にパスを出した。

 

「は……?」

 

 視線とパスの方向が一致していないことに藪瀬先輩が間抜けな声を漏らす。

 僕がパスしたボールは間沼くんと真逆の位置にいた雅人の下へと飛んでいった。

 

「迷ったら打つな、だ。尾上雅人――」

 

 ぶつぶつと何かを呟きながら雅人は緩くステップを踏む。

 一歩、二歩とボールを迎え入れるための動きを見せた弟は流れるような動きで僕からのパスをキャッチすると、そのままふわりと跳躍しながら言った。

 

「――だがもう迷いはない」

 

 スリーポイントラインギリギリでのジャンプ。膝が伸び、高さが頂点に達したところで腕を伸ばした雅人が最高点でボールをリリースする。

 多分、誰もがその光景に目を奪われ、言葉を失っていた。

 綺麗な……本当に美しい軌道を描いたシュートはリングに触れることなくゴールに吸い込まれ、ネットが弾かれるスパッという気持ちのいい音だけが響く。

 

「……言い忘れてました。僕の弟はドリブルもディフェンスもできませんけど、フリーでスリーポイントを打ったら絶対に外しませんよ」

 

「は、ぁ……?」

 

 一目見れば、今のシュートがまぐれではないことはわかるだろう。

 ドリブルもスクリーンもできない雅人だが、スリーポイントシュートだけは天才的な才能を持っていた。

 

 ギリギリまで隠し続けたこの切り札は、最終局面でとても大きな存在感を放っている。

 これで僕にだけ意識を集中できなくなった。外の雅人や、第二ピリオドで大暴れした間沼くんの活躍が意識にこびり付いている以上、僕にディフェンスを偏らせることはできなくなる。

 

 これで五点差。また差は縮まった。

 ここから始まるディフェンスは、とても大きな意味を持つ。同時に、相手にとってもここから一回一回の攻撃が途轍もないほどに重い意味を持つようになる頃だ。

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