ちっちゃくてデカくて可愛い七瀬さんを勘違い元カレから奪って幸せにする 作:烏丸英
「無理しなくて大丈夫だよ? 荷物、あたしが持とうか?」
「このくらい平気だって。力仕事は男の仕事でしょ?」
「むぅ……じゃあ荷物持ちは任せるけど、棚から取るのはあたしがやるからね!」
「大丈夫? 高いところ、届く?」
「あっ、言ったな~!? 流石にそこまでチビじゃありませんよ~だっ!」
というわけで放課後、僕たちは買い物をするために学校の帰り道にあるスーパーを訪れていた。
買い物かごを持つところから引き受けようとするひよりさんをやんわりと制しつつ、早速必要なものを探していく。
「学校でも言った通り、今日はお鍋にするからね~! 怪我した上に風邪までひいたら大変だし、しっかり温まらないとだよ!」
「美味しい時期になってきたしね。家族みんなで突くのも楽しそうだ」
鍋はいい。何がいいって用意が簡単なのが実にいい。
材料も適当に切って放り込むだけでいいし、それでいて美味しくて体も温まるのだから最高としか言いようがない。
まあ、今日は僕は調理を担当しないのだが……と思いつつ、早速材料を集めるためにまずは野菜売り場に向かおうとしたのだが、そこでひよりさんが待ったをかけてきた。
「はい、ストップ! 材料よりもまず先に買うものがあるでしょ?」
「えっ? 何かあるっけ?」
「お鍋のつゆだよ! 何鍋にするかを決めてから材料を選んだ方がいいでしょ?」
なるほど、とひよりさんの意見に納得した僕は頷く。
そこまで入れる具材が変わることはないだろうが、鍋の味によっては肉中心か魚中心かも変わるだろうし、先に大元となるつゆを決めてから具材の選定に入った方がいいかもしれない。
普段はほぼ味が決まっているから適当にオーソドックスな鍋の具材を買っていたが、ひよりさんは我が家での鍋は初めてだ。
その辺のことも踏まえ、まずは味から決めようという彼女の意見に同意した僕は、早速鍋つゆが並んでいる棚へと向かった。
「ふむ、王道のよせ鍋つゆに加えて、あご出汁鍋にチゲ鍋、トマトやカレー鍋なんかもあるね。改めて見ると色んな種類があるんだなぁ……」
「雄介くんはどれがいい? 何鍋が食べたい?」
「う~ん……いつも食べてるのは――」
普段、我が家で食べる鍋は大体が豆乳鍋だ。クリーミーな味わいが好評で、家族全員が好きな味として尾上家定番の鍋つゆとして認定されている。
ということで今回も同じものを選ぼうとしたのだが……そこでひよりさんの質問を思い返した僕はハッとすると共に動きを止めた。
(普段は何鍋にしてるの? じゃなくて、何鍋が食べたい? という質問……つまり、家族のことは抜きにして僕が美味しそうだと思ったものを答えるべきなのでは……!?)
ひよりさんは今、僕をお世話したいモードに入っている。この場合、家族がこうだからとかといった意見は抜きにして、僕がどう思っているかを伝えるべきなのではないだろうか?
普段は家族優先で選べなかった鍋つゆも、今日ならば遠慮なく選べる。ということで改めて棚を眺めた僕は、そこに並ぶ鍋つゆを吟味し始めた。
(大体のものは家族全員が食べられるだろうけど、変わり種過ぎるのは避けたいよな……となるとある程度王道だけど未体験の味がいい。条件を満たすのは……)
色々と気にしなければならないことはあったが、それを踏まえた上で自分の欲求を優先しようと決めた僕は胃と腹に食べたいものを相談する。
ほんの数秒だが、無限に近しい思考を重ねた僕はスムーズな動きで豆乳鍋のつゆへと伸ばしていた腕を動かすと、自分が今、一番食べたいと思った鍋つゆを手に取った。
「今日は……これがいいかな」
「ほうほう! 豚骨醤油鍋ですか!? ちなみに決め手は?」
「いや、これを見てたらいつも行ってるラーメン屋さんを思い出しちゃってさ。久々に食べたくなっちゃったな~って……」
ここしばらく行っていない、行きつけのラーメン屋さん。
豚骨ベースのスープに醤油だれが利いた濃厚なスープの味を久しく味わっていなかった僕は、ついこの豚骨醬油鍋のつゆに心惹かれてしまった。
「あ~、確かに最近行けてなかったね。店主さん寂しがってるかもしれないし、今度一緒に食べに行こっか!」
「そうだね。あのお店くらいなら目を怪我してても問題ないだろうし……とりあえず、デートの話は後でするとして、今日は豚骨醬油鍋にしようか」
「オッケー! オーソドックスなお鍋になるだろうし、王道を押さえた材料でいっか! あっ! 締め用のラーメンは絶対に買っておかないとね!!」
選んだ鍋つゆをかごに入れつつ、何を買うかを話し合う。
普段とはちょっと違う鍋になりそうだと思いながら、僕はひよりさんと一緒に買い物を続けていった。