ちっちゃくてデカくて可愛い七瀬さんを勘違い元カレから奪って幸せにする   作:烏丸英

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君だって、持っていたんだ

 そう呻くように言った後、俵山くんは一度口を閉ざした。

 僕たちが続きの言葉を待つ中、彼は深呼吸をした後で再び話を始める。

 

「友達もたくさんいて、みんなから信頼されてて、バスケも上手くて、かわいい彼女だっている……尾上くんは、俺が持っていないものを全部持ってた。それが死ぬほど羨ましくって、俺もああなりたいって思って……!」

 

 途中からぼろぼろと泣きじゃくりながら、俵山くんが心の内を吐露していく。

 僕たちは、ただ黙って彼の話を聞き続けた。

 

「俺が大会で大活躍できるわけがないことはわかってたんです。でも、何かやってみせたかった。そうすれば、周りのみんなからの視線も変わるんじゃないかって、そう思ったから……! あそこであのプレーをすれば、俺も尾上くんみたいになれるんじゃないかって、そう思ったんです……!」

 

「……馬鹿だよ、あんたは。人様に怪我をさせて、それで周りからの評価が上がるわけがないじゃないか。どうしてそんなこともわからなかったんだい……!?」

 

 話を聞いた俵山くんのお母さんが、涙を流しながら言う。

 その言葉に再び項垂れた俵山くんが押し黙る中、母が口を開いた。

 

「……うちの息子はね、バスケが本当に大好きなのよ。中学時代は朝から晩まで練習してたし、暇さえあればハンドリング練習だって言ってボールに触ってた。最後の大会で負けた時も強がってたけど、珍しく凹んでたし……今でも、部屋には好きな選手のポスターが貼ってある」

 

 急になんでそんな話を……? と、俵山くん一家が母の意図を読めずに困惑したような視線を向ける。

 そんな視線を浴びながら、母は淡々と話を続けていった。

 

「高校でもバスケットを続けてほしいって、そう思ってた。三年間、楽しそうに打ち込んでた姿を見てたんだからね。でも……うちは父親がいないし、下に二人の弟がいるから金銭的にも不安がある。そのせいで、あれだけ好きだったバスケットをやめざるを得なかった」

 

 そう言いながら、母が真っすぐに俵山くんを見つめる。

 泣き腫らした目でその眼差しを受け止める彼へと、母は言った。

 

「そんな息子にとって……高校でバスケに打ち込めているあなたは、本当に羨ましい存在だったはずよ。やりたくてやりたくて仕方がないバスケを、何の気兼ねもなく楽しめている。もしかしたらそれは、あなたがこの子に抱いている以上の羨望だったかもしれないわ」

 

「っっ……」

 

「あなただって持っていたのよ、雄介が欲しくて欲しくて仕方がなかったものを。だからこそ、悲しかったと思うわ。自分がやりたくてもできないバスケに打ち込めているあなたや先輩たちが、あんなことをしてしまったことが。怪我をさせられたこと以上に、喉から手が出るほどに欲しかったそれを自分から放り投げてしまったあなたの姿を見ることが、この子にとってつらかったと思う」

 

「……!」

 

「母親しかいないこの子と違って、あなたには一緒になって頭を下げてくれる素敵なご両親がいる。あなただって持っていたのよ、雄介が羨ましがるものを。他の誰かが持っているものを見て、羨ましく思う気持ちはわかるわ。でも、そのせいで自分が持っている素敵なものに目を向けられなくなってしまったら、全てを失ってしまうことになるのよ?」

 

「うぅ、うっ……!」

 

 人は、自分が当たり前に手にしているものがどれだけ素晴らしいものなのか、失ってみないと気が付かない。

 何も考えずにバスケに打ち込める環境、いざという時に責任を取ってくれる両親の存在……それは確かに、僕には持ち合わせていないものだ。

 

 ひよりさんを下に見たくて仕方がなかったであろう紫村の現状を考えると、自分と誰かの幸せを比較し続けたら、それはきっときりがない話になってしまうのだろう。

 きっと、大切なのは……自分が今、手にしている幸せの価値を正しく理解することだと、そう思う僕の前で、母が俵山くんへと言う。

 

「あなたの気持ちがわからないわけじゃないわ。でも、自分の価値を誰かに決めてもらおうとすると、その誰かの価値観に全てが左右されてしまうことになる。今回の事件は、それが原因で起きてしまったんだと思う。難しいかもしれないけれど、まずは自分を好きになることから始めてみて。今の自分が好きになれないのなら、そんな自分を変える努力をするところからね」

 

「……はい。頑張って、みます……」

 

「うん。もう二度と、こんなことしちゃダメよ。ご両親を悲しませないようにね」

 

 おせっかいなおばさんからのアドバイスよ、と付け加えた母が、静かに頷く。

 この話を聞いた俵山くんが、自分のことを好きになれるといいな……と、僕もまた静かに思うのであった。

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