ちっちゃくてデカくて可愛い七瀬さんを勘違い元カレから奪って幸せにする 作:烏丸英
「敢えてって……それ、どういう意味?」
母の言葉に驚きと困惑を入り混じらせた表情を浮かべた大我が尋ねる。
僕も全く同じ感情を抱く中、母は事実を確認するために逆に僕へと質問してきた。
「確認なんだけど、その紫村さんって子がバスケ部の停学に関わってることは学校側も把握してるのよね?」
「えっ? ああ、うん。だと思うけど……」
「それと、ひよりちゃんの元カレ……江間くんだったかしら? 不登校になってるあの子もバスケ部だったってことは、先生方も把握してるでしょ?」
「うん。田沼先生も少し気にしてたみたいだし、わかってるはずだよ」
その二つの質問に答えた僕へと頷きを見せながら、母は話を続ける。
「じゃあもう、学校側もわかってるはずよ。紫村さんって子がトラブルの中心にいるってことをね。少なくとも警戒すべき生徒だってマークしてるでしょうし、今回もバスケ部の子たちの証言を鵜呑みにしてるわけじゃあないと思うわ」
「まあ、確かに……文化祭で暴れたこととかを考えると、今回の一件は無関係です~なんて話をそう簡単に信じられないよな」
「なら、どうして学校側は紫村って奴に何もしないわけ?」
「
以前、テレビか何かで小学校ではクラス分けをする際に問題児を固めないようにしているという話を聞いたことがある。
二人そろうと授業を妨害したり、大騒ぎしてしまうような子たちは別々のクラスに配置して、トラブルを起こさないようにするのだとか。
今回の学校側の対処も、もしかしたらそれと同じようなものなのかもしれない。
紫村とバスケ部のみんなを近付けておくと、また似たようなことが起きる可能性がある。バスケ部は十数名いるわけだし、その中の一人か二人かがまた言葉巧みに紫村にそそのかされて何かをするかもしれないという危険性は、決してゼロではないと僕も思った。
「な~るほど、浮気男もバスケ部のキャプテンも他の部員たちも、全部あの女と接触してから変になってる。だったら、まずはその状態から脱却させなきゃダメってことか」
「ダイエットしなきゃいけない人にケーキとかプリンとか差し入れし続ける医者はいないもんな。納得」
「他にも今回の事件に関しては決定的な証言が出てないとかの事情もあるんでしょうけどね。でも、先生たちはそれを理解した上で、バスケ部の子たちと引き離すために敢えて利用してるんだと思う」
「でもな~……だからといって義姉さんを苦しめて、雄介を怪我させた元凶が何の罰も受けないっていうのは、やっぱモヤっとするよな~……」
学校側の考えは理解できたが、納得できない部分もある。
俵山くんたちに罪がないとは言えないが、彼らをそういうふうに誘導したのは紫村だ。それなのに、何の罰を受けないというのはやはり納得がいかない。
雅人の言葉を聞き、そう思う僕であったが……母は渋い表情を浮かべると、首を傾げながら言った。
「いや……紫村さんも相当な罰を受けることになると思うわよ。っていうか、もう受けてるわね。だってその子、元から目立つ子だったんでしょ? そんな子が連続して問題を起こしたら、目立って目立って仕方ないんじゃない?」
「そうですね……多分、今の紫村は悪い意味ですごい注目されてると思います」
元々、クレーマーメイド事件で悪評が広がっていたところに、地域レベルの失態を重ねたのだ、今の紫村が周囲からどんな目で見られているかなんて、簡単に想像がつく。
周囲から白い目で見られ、針の筵になっているだろうという予想を話せば、母はこう言葉を続けた。
「あの子、女の子の友達いないでしょ? だから周りを男の子で固めてるのか、逆に男の子に好かれるから女の子から嫌われてるのかはわからないけど……そういう子って敵が多いわよね? それなのに助けてくれる友達はいない。守ってくれる男の子もいない。たった一人で周囲からの好奇の目と叩かわなきゃいけないって、相当つらいわよ」
「……立ち直ろうとしてる時に手を差し伸べてくれる人がいない……さっき、雄介くんがあたしに言ったのと真逆だ」
僕と出会わなくても、鉢村さんや熊川さんのような友達がひよりさんを手助けしてくれていたはずだという話を思い出したのか、ひよりさんがぼそりと呟く。
楽人も言っていたが、バスケ部のマネージャーさんたちからも睨まれていた紫村には同性の友達なんていないのだろう。
これまでは取り巻きの男たちがいたから気にしなかったのかもしれないが……今はもう違う。
頼れる人がいない状況で、常に好奇の視線に晒され、ひそひそと遠巻きに嗤われながら過ごす学校生活……ただでさえ地獄だろうに、あのプライドの高さだ。紫村がこれから苦しみ続けることは間違いないだろう。
それだったらむしろ、停学なり何なりの罰則を受けていた方が良かった。学校に来なくても済むし、少なくとも禊をしたという事実を得られるのだから。
だが、今の紫村にはそれすら許されない。
苦しみを噛み締めながら孤独な学校生活を送るしかないのだと……彼女の置かれている状況を理解したであろう雅人が、引き攣った笑みを浮かべながら言う。
「なんか、あれだな。仕事で失敗した会社員が追い出し部屋に左遷されたみたいだ。もしかして、そのまま退学させようとか考えてたりして……?」
「……かもしれないわね。まあ、私たちが悪く考え過ぎてるだけかもしれないけど」
母が雅人の言葉を否定しなかったことが、少し怖かった。
これは紫村憎しで僕たちがより悲劇的な考え方をしている可能性が高い。だが……同時に、この考えを否定できる材料が今現在僕たちの手元にないことも事実だ。
改めて……因果応報という言葉の意味を体現しているかのような紫村の現状に、僕は何より恐ろしいという感想を抱くのであった。