ちっちゃくてデカくて可愛い七瀬さんを勘違い元カレから奪って幸せにする   作:烏丸英

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ひよりさんを駅まで送ろう

「ごめんね。晩御飯をご馳走になった上に見送りまでしてもらっちゃってさ。お礼するはずが、またお世話になっちゃった」

 

「こっちこそごめん。うちの家族、騒がしかったし面倒くさかったでしょ?」

 

「そんなことないよ~! お母さんも弟くんたちも、すっごく面白かったしいい人だったって!」

 

 夕食を食べ終わって、上機嫌な家族たちと少し話をして……そんなことをしていたら、外はすっかり真っ暗になってしまった。

 母たちも流石にこれ以上はマズいと思ったのか、本日はお開きということになって、僕に見送りを任せて今は家で後片付けの真っ最中だ。

 

 僕は家まで送ろうと思ったのだが、それは申し訳ないというひよりさんの提案によって、人通りの多い駅前まで見送ることになった。

 そこからはタクシーで帰るそうなので、それならばという形で納得した感じだ。

 

「なんか不思議な感じ。ほんの数時間のことだったのに、もっとずっと長い時間を過ごしてた気分だよ」

 

「あ~……やっぱ大変だった? しんどい時間は長く感じるって、そういう感じ?」

 

「違うよ。むしろ逆。初めて行く場所で、初対面の人たちと過ごしたのに……全然そんな気がしなかった。ず~っと昔から知ってる人たちと過ごしてるみたいで……楽しくってあっという間に時間が経っちゃってた」

 

 結構距離なしというか、無礼なことをした家族(というより母)の行動をひよりさんがどう思っているか不安だったが、不快には思っていないようだ。

 そのことに安堵する僕へと、顔を向けたひよりさんが口を開く。

 

「雄介くんもそう思わない? あたしたち、こうして話すようになってまだ一日そこらなのにさ、もう名前で呼び合ってる」

 

「そ、そうだね。確かに不思議っちゃ不思議だ……」

 

 少しだけ気恥ずかしさを感じながら、僕はひよりさんの言葉に同意する。

 実をいうと、彼女の言っていることが僕にもなんとなく理解できていた。

 

 彼女の言う通り、僕たちは実質的に知り合ってからまだ一日くらいしか経っていないというのに、もう名前で呼び合うようになっている。

 不思議なのは、それがずっと前からそうだったような感覚があることで……そんなはずはないし、まだ彼女と名前で呼び合うことに恥ずかしさはあるのに、そのことを受け入れている自分がいることだ。

 

 ただ、不思議ではあるが嫌な感覚ではなかった。雰囲気から察するに、ひよりさんもそう思ってくれているのだろう。

 安堵したいがどうしようもなく落ち着かない気分でもあるという不思議な心境に困惑する中、立ち止まったひよりさんが深刻な表情を浮かべながらこう言ってきた。

 

「……あのさ、雄介くん。お願いがあるんだけど、聞いてくれる?」

 

「お願い? 何?」

 

「……明日からさ、学校でも名前で呼んでもいい、かな……?」

 

「えっ……?」

 

 彼女からの申し出に、驚いた僕が目を丸くする。

 急にどうしたんだと思った僕であったが、そこで昨日の出来事と今朝、彼女から聞いた話がフラッシュバックしてきて、このお願いの真意を理解した。

 

 ひよりさんは江間と付き合い始めてから一年間、そのことをずっと周囲に隠してきた。

 自分たちの関係をひた隠しにして、ただの幼馴染を演じ続けて、そうしながら一年を過ごして……昨日、江間に裏切られ続けていたことを知ってしまった。

 

 今日、こうして僕と仲良くなったことを隠そうとすればするほど、その記憶が蘇ってしまう。また自分は江間と付き合っていた頃と同じことをしていると、そういう意識がちらついて離れなくなる。

 だから、僕と仲良くなったことを隠したりせず、ありのままの姿を見せたいと思ったのだろう。

 

 正直、恥ずかしさはある。家族から浴びせられたようなからかいの文句を学校の友達から言われるかもしれないという不安もあった。

 だが……ひよりさんが苦しまずに済むというのなら、そんなものどうだっていい。苦しんだ彼女を笑顔にできるなら、からかいの言葉も羞恥も喜んで受け入れてやろう。

 

「……うん、いいよ。その代わり、僕もひよりさん、って呼ばせてもらってもいいかな?」

 

「うっ、うんっ! もちろんだよ!」

 

 覚悟を決めた僕が笑顔で頷けば、ひよりさんもぱあっと不安そうな表情を明るい笑顔に変えて喜んでくれた。

 近いうち、クラスメイトたちから突っつかれることになるだろうが……それでも今、こうしてひよりさんを笑顔にできたのだから、僕はそれでいい。

 

「もう一つ、お願いなんだけどさ。またこうして、雄介くんの家にお邪魔してもいいかな? ちょっと話したけど、うちって両親共働きで、家に帰ってこないことも多いから……一人でご飯食べるの、寂しいんだよね」

 

「もちろんいいよ! 母さんも雅人も大我も、もちろん僕だって歓迎するからさ! 遠慮せず、寂しくなったら遊びに来て!」

 

「……ありがとう。雄介くん、本当に優しいなぁ……!!」

 

 嬉しそうに笑いながら、少しだけ泣きそうな声でひよりさんが呟いた声を、僕は聞き逃さなかった。

 この程度で喜んでくれるのならお安い御用だ。いくらでも夕食に招待して、楽しい時間を過ごしてもらおう。

 

 そう……この程度のことだ。名前で呼び合う、食卓を囲む、その程度のこと。

 それだけで傷付いたひよりさんを笑顔にできるのなら、僕は喜んでそうしよう。

 

 そんなふうに考えながら、小さな彼女に合わせてゆっくりと歩き続けた僕は、気が付けば駅前にまでやって来ていた。

 タクシー乗り場にはちょうど客を待つタクシーが何台も止まっていて、すぐにひよりさんを家まで乗せてくれるだろう。

 

 ただ……そのことを残念に思う僕がいた。

 もう少しだけ彼女と話していたいという気持ちを抱えながらも、それを表には出さずにタクシーに乗るひよりさんを見送った僕は、ドアが閉まる寸前に彼女へと声をかける。

 

「ひよりさん! 今日は楽しかったよ。また明日、学校でね」

 

「……うん! また明日、学校で!!」

 

 ――ほんの少しだけひよりさんの表情が沈んでいたように見えるのは、僕の思い上がりだろうか?

 彼女も同じように、僕との別れを惜しんでくれたのかなと……そんな自意識過剰な考えを抱く自分自身を叱責しながら、僕はひよりさんを見送る。

 

 タクシーの扉が閉まって、走り出して、その姿が見えなくなっても……僕はいつまでも、走り去った車を見つめ続けていた。

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