ちっちゃくてデカくて可愛い七瀬さんを勘違い元カレから奪って幸せにする 作:烏丸英
「ちょっと待って……嘘でしょう? それが全部、本当のことのはずが――!!」
「本当だって。ここで嘘をつく理由がないじゃん。あたしと仁秀は付き合ってて、あいつに浮気されたから別れた……そういうことだよ」
今までの人生の中で一番青ざめている母の顔を見つめながら、あたしは吐き捨てるように言う。
正直、あんまりいい気分ではなかった。絶対に……ショックを受けるって、わかっていたから。
一年前にあいつと付き合うことになって、そのことを他の誰にも秘密にしてきたのは、お母さんの幼馴染ドリームが炸裂することを面倒に思ったからだ。
逆に、お父さんの方が嫌がるだろうし、そっちもそっちで面倒なことになると思ったから両親に報告しなかったってこともある。
だけど……母の性格を考えたら、いつかは言わなくちゃならないことだっていうのもわかっていた。
付き合い続けていても、こうして別れた後で他の人と付き合うことになったとしても、どこかで「どうして仁秀を選ばなかったの?」と母から尋ねられるであろうことは、わかっていたはずだ。
もっと早くに色々と言うべきだったんだと思う。
あいつの浮気が判明して、最悪の捨てられ方をして、直後に雄介くんが慰めてくれたからすぐに立ち直れたってこともあって、話すタイミングを逃してしまった。
……いや、違う。きっと、あたしは自分でもこの話をすることを避けていたんだ。
母にショックを受けてほしくないとか、そういった気持ちが嘘だったってわけじゃない。
少しずつ塞がりつつあった過去の傷跡を穿り返して、また痛みを覚えるのが嫌だったんだ。
でも、そのせいでややこしい事態になっていることは確かで、雄介くんにも嫌な思いをさせてしまった。
それに……もう、嘘はつきたくない。一歩を踏み出してくれた雄介くんにも、お母さんにも、自分自身にも……正直になれなければ、告白してもらった意味がないではないか。
「そんな……仁秀くんが、浮気? ひよりを捨てて、他の子と付き合うだなんて……!!」
幼馴染ドリームが粉砕されたお母さんが呆然としながら呻く姿は、やっぱり見ていて気持ちのいいものではなかった。
しかもこれはあくまで概要を伝えただけで、別れる際の「胸を揉ませてくれ」発言やその後の言動を伝えていないことを考えると、全ての事実を知った時に母は心臓が止まってしまうのではないかと不安になってしまう。
そこまでお母さんを追い詰める必要はないはずだ。ただ事実として、あたしとあいつの間に何があったのかを知ってくれればそれでいい。
それが長年の幼馴染ドリームを粉砕することになったとしても……仕方がないことだと、あたしは自分自身に言い聞かせる。
「そういうわけだから、あたしはあいつとこれ以上顔を合わせたくないの。わかってくれるよね?」
「それは……わかる、わかるけれども……でも、あの尾上くんも大丈夫なの? 弱ってるあなたを見て、そこにつけ込んだんじゃ……?」
「雄介くんのことを悪く言わないで。親身になってあたしに寄り添ってくれたし、幸せにするって言って、実際にそのために頑張ってくれてる。変な手の出され方もしてないどころか、普通に手を出されたこともないし……お母さんが心配しているようなことは何もないよ」
「でも、でも……っ!!」
狼狽する母の気持ちは、痛いほどわかる。
自分が信じていた、子供の頃から見守り続けていた男の子が、自分の娘を裏切って捨てるような人間だったということにショックを受け、その現実を受け止められないでいるに違いない。
だから、それが間違いだったと思いたがっている。雄介くんも悪い人間だと思いたがっている。
それくらいにショックだったんだと、事実を受け入れるのに時間がかかりそうな母の姿を見つめながら、あたしは言った。
「ごめん、ショックだったよね。今まで言うべきことを言わなかったせいで、すごく驚かせちゃったと思う。でも、お母さんにはわかってもらいたかったから……」
「………」
テーブルに両肘を突き、両手で顔を覆いながら項垂れている母の表情を伺うことは、あたしにはできない。
暫しの無言の時間が流れた後……お母さんは、ぽつりと呟くようにしてあたしへと言った。
「ごめんね……お母さん、今話されたことをすぐに受け止められそうにないの。すごく驚いたし、受け入れるのに時間はかかると思うけど……事情はわかったわ。節度のあるお付き合いをするのよ、ひより」
「うん、もちろんだよ」
「それと、お父さんには私から話しておくわ。あなたも根掘り葉掘り色々と聞かれるの、つらいでしょう?」
「……うん、ありがとう」
母は現実を受け止め切れてはいないのだろうが、そうしようとしてくれていることはわかった。
色々と、時間が必要だと……そう判断したあたしは、テーブルに突っ伏したままの母を置いてリビングを出る。
これで、けじめをつけることはできただろうか? 過去の清算というと仰々しいが、色んなことに決着をつけることはできただろうかと思いながら部屋に戻ったあたしは、スマホが点滅していることに気付く。
電源を入れてみれば、雄介くんからメッセージが届いていることがわかった。
少しドキッとしながら、そのメッセージを確認したあたしは……内容を読んで、安堵のため息を吐く。
【明日、もし良ければかき氷を食べに行きませんか?】
緊張していることがわかる敬語の文章を読んだら、なんだか笑えてしまった。
今日は雄介くんに気を張らせ続けてしまったなと思いながら、あたしはすぐに返信の文章を打つ。
【もちろん! 恋人になってから初めてのデート、楽しもうね!!】
ぽちぽちと画面をタップした後、メッセージを送信。既読の通知が出たことに笑みを浮かべながら、ベッドに背中から倒れ込む。
「気を遣わせちゃってるな~……ホント、申し訳ないや」
このお誘いも、微妙な空気を早く払拭しようという雄介くんの気遣いなのだろう。
色々と気を遣わせてしまっていることを申し訳なく思いながらも、デートはデートなのだからと考えたあたしは即座に立ち上がり、洋服タンスに近付く。
「思いっきりかわいくしないとね。なにせ、彼女になって初めてのデートなんだもん!」
何事においても、切り替えは大事だ。嫌な空気をリセットするためにも、過去とのけじめをつけたと自分に言い聞かせて、これからのことに気持ちを切り替えよう。
いつまでも気を遣わせっぱなしのあたしじゃないぞと思いながら、明日着ていく服を吟味しながら……少しずつ、あたしは雄介くんと過ごす時間に向けて、気持ちを切り替えていくのであった。