ちっちゃくてデカくて可愛い七瀬さんを勘違い元カレから奪って幸せにする 作:烏丸英
娘の幼馴染が、変……(睦美視点)
『珍しいですね、七瀬さんが体調を崩すだなんて』
「ご迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳ありません……」
『いえいえ、誰にだってそういう時はありますし、七瀬さんは働き過ぎですよ。仕事は我々に任せて、家でゆっくり休んでください。では――』
プツン、という通話が切れる音を耳にした私は、スマートフォンをテーブルに置きながらため息を吐いた。
自分の情けなさと職場に迷惑をかけてしまったことへの申し訳なさにがっくりと項垂れていた私へと、娘のひよりが声をかけてくる。
「お母さん、大丈夫? やっぱりショックだったよね?」
「うん……でも、あなたが気にすることじゃないわ。大丈夫よ、大丈夫だから」
不安気にこちらを見つめてくる娘へと、笑みを浮かべながらそう応える。
だが、自分の笑顔が弱々しいことも、覇気のないその姿が娘の不安を掻き立てていることも理解している私は、改めて自身の情けなさを自覚すると共に心の中でため息を吐く。
(ダメね……これじゃあ、親失格だわ……)
――昨日は、本当に色んなことがあった。
仕事を早めに切り上げて家に帰ってきたら見知らぬ男の子が家にいるわ、その男の子と二人きりの状態で娘はシャワーを浴びているわ、帰って早々に驚かされっぱなしだ。
でも、一番驚いたのは……娘と幼馴染の仁秀くんとの関係と現状だ。
まさか二人が一年前から付き合っていただなんて知らなかったし、その関係が仁秀くんの浮気という形で破局を迎えたと聞かされた時は、悪夢を見ているような気分だった。
仁秀くんが浮気した……バスケットボール部に所属し、エースとして活躍していたスポーツマンである彼が、子供の頃からひよりと仲良くしていた彼が、そんな真似をするだなんて今でも信じられない。
だけど、娘のひよりもそんな嘘を吐いて仁秀くんを陥れようとする子じゃないということは、親である私が一番わかっている。
本当なのだろう、ひよりの言っていることは。二人はそういう関係で、仁秀くんの浮気をきっかけに別れ、今はもう絶交状態にある。
未だに信じられない……というより、信じたくないという気持ちはある。正直、仁秀くんに話を聞きたいとも思ってしまう。
だが、娘の傷付けられたであろう心を思えば、ここで親である私が不用意に彼と接触してはいけないこともわかっていた。
そういった気持ちをぐっと堪え、まずは女親である私が冷静に現実を受け止めなくてはと頭ではわかっているのだが……現実はこの様だ。
心を乱し、体調も崩し、仕事にも行けないどころか娘にも心配される有様。情けないことこの上ない。
メンタルをやられて寝込むだなんて、初めての経験だ。
こんなにも弱い女だったのかと私が自分で自分を嘲笑う中、ひよりがおずおずとした様子で言う。
「ごめん、お母さん。私、出かけるつもりなんだけど……大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。気にしないで、楽しんでらっしゃい」
「うん、ありがとう」
――娘があの尾上くんという男の子と遊びに行くのだということは、すぐにわかった。
昨晩から落ち着かない様子で服を選んでいたようだし、その甲斐あって今のひよりは普段よりもずっとかわいらしく見える。
随分とおめかしに気合いをいれたんだなと思いながら、娘のいじらしい恋心を目の当たりにして、少しだけ温かな気分を取り戻しながら……ふと、私は考えた。
どうして私たちは娘の様子に気付かなかったのだろう、と――。
私も夫も仕事をしていて、ひよりと関わる時間が少ないということはある。しかし、娘に恋人ができたり、その恋人に浮気されて別れたりといった一大変化に気付かないだなんて、鈍いにも程がないだろうか?
いや、前者に関してはまだ理由はわかる。ひよりと仁秀くんは幼馴染で、その距離感を崩さずに付き合い続けてきたのだろう。
加えて、ひよりが程良くオープンだったのも大きかった。普通に「仁秀と勉強してくる」と言って出かけたり、彼を家に連れてきたりしている姿を見ても、私の目には
夫は少し苛立っていたし、あまり深く突っ込んで話を聞きたくなかったのだろう。
そうして私たちは娘とその幼馴染がいつの間にか恋人になっていることに気付かなかったわけだが……問題はその後の方だ。
浮気されて捨てられたひよりには、そういった雰囲気がほとんど感じられなかった。
少し前になんだか元気がないなと思ったことがあったが、それもすぐに復活したからそこまで気にしなかったことを覚えている。
別にそれが不満というわけではない。むしろ喜ばしいことだと思っている。
幼馴染に裏切られ、捨てられ、引きこもったりそれ以上に悪い展開になるよりかは、今みたいに元気におめかしをして新しい彼氏とデートしてくれた方が比べるまでもなくマシだ。
新しい彼氏……その言葉を思い浮かべ、同時に昨日見た尾上くんの姿も思い出した私は、玄関先での彼の反応をも思い出す。
娘と付き合っていると深々と頭を下げて報告した彼は、真面目そのものといった感じだった。
娘も彼のことを信頼しているし、弱っているところにつけ込んで……という馴れ初めではなかったのだろう。
「じゃあ、行ってくるね。夕ご飯がいらなくなったら連絡するから」
「いってらっしゃい、気を付けてね」
もしかしなくとも、ひよりが仁秀くんと破局しても落ち込まなかったのは、彼のおかげなのだろう。
笑顔で出かける娘を見送った私は、ひよりを元気付けてくれたであろう尾上くんに感謝した。
まだ全てを受け入れられてはいないし、冷静でない自分がいることもわかっている。
だが……今、ああしてひよりが好きな人を作り、楽しい日々を過ごしていることは良いことだと素直に認めようと、そう考えた私が何気なく窓から向かいの江間さんの家を見た時だった。
「……!!」
門の陰に人影があることに気付いた私が目を凝らせば、仁秀くんがこそこそとした態度で立っていることに気付いてしまった。
その手にはスマートフォンが握られており、その目は歩くひよりの後ろ姿をじっと見つめている。
私が知っている彼の姿はそこにはなく、一目でわかるくらいに異様な雰囲気を放つ仁秀くんの様子に驚いた私は、思わず後退ってしまう。
そのまま椅子に座り込んだ私は、今目にしたものを振り返り、首を大きく振った。
(な、なんだったの、今のは……!?)
改めて顔を上げれば、仁秀くんがひよりと同じ方向に歩いていく様が目に映った。
ただ、あれはたまたまかもしれないし、そもそもどこかに出かけるならば駅に向かうわけで、同じ方向に行くのは当然のことだ。
もしかしたら、昨日聞いた話に印象が引っ張られているのかもしれない。あるいは、冷静じゃない自分がいるせいで彼の姿が不審に映ってしまった可能性もある。
だが……今見たばかりの仁秀くんの姿は、どうしても異質に思えた。
「お父さんとも、話をしないと……」
自分のキャパシティを超える出来事が、起き続けている。このままではパンクしてしまいそうだ。
夫の予定を確認し、できる限り早くに相談できる日を探しながら、私は自分が思っている以上に変化している現実を目の当たりにした衝撃に、胸騒ぎを覚えるのであった。