ちっちゃくてデカくて可愛い七瀬さんを勘違い元カレから奪って幸せにする 作:烏丸英
――結局、仁秀くんは一時間も経たずして家に帰ってきた。
ちょっと駅前のコンビニに買い物にでもしに行ったのかもしれないと思ったが、それにしては購入した商品を持っていなかったりすることが気がかりで、それから随分と時間が過ぎた今でも私は胸騒ぎが治まらずにいる。
ひよりからは昼過ぎに晩御飯は外で食べてくるという連絡があったし、仁秀くんと接触した様子もなさそうではあるが……彼の異様な姿を見てしまった後だと、どうしても不安が拭いきれない。
何事もなく娘が帰ってきてくれることを祈っていた私は、夜の八時頃に外から聞こえてきた声を耳にして、大慌てで家の外へと飛び出していった。
「ひ、ひよりっ!」
「うわっ!? お、お母さん? どうしたの、そんなに慌てて……?」
玄関から飛び出し、家の外にある門を開いた私は、そのすぐ傍にいたひよりと……娘の恋人である尾上くんの姿を見て、安堵のため息を吐く。
急に飛び出してきた私の姿に面食らっている二人からは、今日のデートの間に何かトラブルに遭遇した様子は感じ取れない。
ただ、それでも杞憂だったとは完全に思えないでいる私に向け、頭を下げた尾上くんが言う。
「あの、申し訳ありません。こんなにも遅くまでひよりさんを連れ回したせいで、ご心配をおかけしてしまいました」
「い、いいえ、いいのよ。その、私が過敏になり過ぎちゃっただけだから……」
尾上くんに頭を下げられるのは、これで二日連続だ。
責任感が強いというか、誠実というか……本気で申し訳なさそうにしている彼と、恋人に頭を下げさせていることに対して抗議の視線を向けてくるひよりを順番に見た私は、先ほどとは違った意味で慌てながら二人に尋ねる。
「そ、それで、二人は今日、何処に行ったのかしら?」
「お母さん、そんなことをわざわざ聞く必要なんて――!」
「ひよりさん、落ち着いて。こんな時間まで年頃の女の子を連れ回したら、母親として不安になるのは当然だよ。何も後ろめたいことはないし、隠さずにちゃんと報告しよう。僕は別に気にしてないから」
こちらもまた二日連続で尋問めいたことをしようとした私に対して、ひよりが抗議の声を上げようとする。
しかし、他でもない尾上くんがそんな娘を落ち着かせると、私に向き直ってその質問に答えてくれた。
「今日、僕たちは○○にあるレストランでパスタとかき氷を食べてきました。予約の時間が開店直後だったせいで、早くからひよりさんを連れ回すことになってしまい、申し訳ありません」
「パスタとかき氷……ああ、あのお店ね……!!」
「そうだよ。写真も撮ってあるし、本当に行ったか疑ってるなら、それを見せようか?」
尾上くんが言ったお店には、心当たりがあった。
その報告を疑うつもりはなかったのだが……私は、朝の仁秀くんの姿を思い出すと共にあまり良くない想像を働かせてしまう。
ひよりを追いかけて外出した彼は、そこでどうにか偶然を装って娘と接触する予定だったのではないだろうか?
しかし、その目的はひよりが尾上くんと合流し、密室空間であるバスに乗ったことで果たせなくなった。
狭く人も多くはないであろうバスに乗れば、ひよりに自分がストーカーのような真似をしていることがバレる可能性が高いし、そうなったら彼にとって最悪のシナリオになる。
そうなることを恐れて、すぐに帰宅したのではないかと……そう、証拠もないというのにそんな妄想を働かせてしまった私へと、娘が続けて報告をした。
「その後はちょっとお店とかを見て回った後で雄介くんの家で晩御飯をご馳走になって、今、こうして送ってもらってきたって感じだよ」
「えっ!? お、尾上くんのお家にお邪魔したの?」
「うん。ああ、安心して。うちと違ってちゃんと尾上くんの家にはお母さんと弟くんたちが居たから、二人っきりじゃないよ。写真見る?」
「そういう問題じゃないでしょう!? 他所のお家で晩御飯をご馳走になるだなんて、悪いじゃないの!」
「気にしないでください。元々、僕の家族が提案したことでしたから。ひよりさんはその提案に乗ってくれただけなんです。それと、すいません。話を変えてしまうのですが……今、家の中にひよりさんのお父さんはいらっしゃいますでしょうか? よろしければ、きちんとご挨拶をさせていただきたいのですが……?」
色々と驚かされた私は、娘をフォローした尾上くんの言葉にさらに驚かされてしまった。
夫に挨拶をしたいという彼の発言に唖然とした私は、はっとすると共に首を振り、答える。
「ご、ごめんなさい。ひよりから聞いてるかもしれないけど、夫は忙しい人でね。今も出張で全国を飛び回っているのよ」
「そうですか……急に変なことを聞いて、申し訳ありませんでした」
そう言って軽く頭を下げた尾上くんが、ひよりを視線で促す。
こくりと頷いたひよりが彼の傍を離れて私の方へと歩み寄る中、尾上くんは言った。
「また改めてご挨拶に伺わせていただきます。今日は遅くまで娘さんをお借りしてしまい、すいませんでした」
そう言ってまた深々と頭を下げた尾上くんが、ゆっくりと顔を上げる。
今度は私ではなくひよりの方を見た彼は、笑みを浮かべると共に口を開いた。
「……今日はありがとう。すごく楽しかったし、家族も喜んでたよ」
「あたしも楽しかったよ! また遊びに行こうね! お義母さんや弟くんたちにもよろしく!」
「うん……じゃあまた明日、学校で」
軽く手を上げ、娘に手を振った後で再度私に小さく頭を下げた尾上くんが、来た道を戻っていく。
手を振り続けるひよりと並んで彼の後ろ姿を見送った私は、家に入る前に娘からこんな質問を投げかけられた。
「まだ雄介くんのことを信じられない? 雄介くんは、お母さんが思ってるような人じゃないよ」
「……ええ、そうね」
正直に今日の行動を報告したこと、こうして娘をしっかりと家まで送ったこと、夫に娘との交際の挨拶をしたいと言ってきたことや遅くまで娘を連れ回した件について謝罪したこともそうだが、尾上くんは真面目な男の子のようだ。
まだ彼とは出会って間もないが……ここまでの彼の態度やひよりの様子から、尾上くんの誠実さがひしひしと感じ取れている。
「すごく、真面目な子……みたいね……」
「ふふっ! でっしょ~? 知れば知るほど好きになると思うよ!」
私の答えに満足気に笑ったひよりが、先んじて家へと入っていく。
まだ知らない部分も多々あるが、少なくとも娘の恋人は浮気されて弱っている女の子をいい感じに手籠めにするような小狡いことを考えるような人間ではなさそうだと思いながら、私もその後に続き、玄関の扉を閉めるのであった。