ちっちゃくてデカくて可愛い七瀬さんを勘違い元カレから奪って幸せにする 作:烏丸英
「お前、マジで何やってんだよ? 意味わかんねえって」
昼休み、俺はバスケ部の遊佐に呼び止められ、キレられていた。
多分だが、朝にひよりのクラスメイトの女子を呼び止め、話をしたことに怒っているんだろう。
確かに不審者と思われかねない行動だったが、あれはあの子にとっても必要なことだったんだ。
それがわかっていない遊佐が、呆れと怒りを同居させた顔で俺に言う。
「面識のない熊川さんを急に呼び止めてわけわかんない話をしたのもそうだけど、七瀬さんのことを隠し撮りしてるのは完全にアウトだろ。何考えてんだ?」
「ひよりを隠し撮りしたんじゃない。俺は尾上の浮気の証拠を集めてたんだ」
「尾上の浮気の証拠ぉ?」
「そうだよ。遊佐、お前も俺に協力しろって! お前、あの熊川って女子のことが好きなんだろ?」
「は、はぁ!?」
俺の言葉に遊佐が焦ったように叫び、目を見開く。
図星だったかとわかりやすいこいつの反応を面白く思いながら、俺は遊佐に尾上の悪事を教えてやった。
「あの子はな、尾上に騙されてるんだ。適当に利用されて、金とか物を貢がされてるんだよ。あいつは俺からひよりを奪った上に他の女にも手を出してるクソ野郎なんだ!」
「お前が、七瀬さんと付き合ってただって?」
「ああ、そうだよ! ちょっと喧嘩した時に尾上の野郎がひよりを誑かして、俺から寝取ったんだ! あのゴミ野郎、絶対に許さねえ! あいつの悪事を暴いて、ボコボコにしてやる! だから遊佐、お前も手伝え! 好きな女を寝取られて悔しがるだけの情けない男になりたくなかったら、尾上の浮気の証拠を集めるんだ!!」
これは女子たちを守る正義の戦いだ。多少、変な目で見られようとも、最後は俺が正しかったということをみんなが理解するはず。
そうだ、尾上にひよりを寝取られたままで終われるもんか。俺は漫画やゲームに出てくる情けない寝取られ男とは違う。絶対にここから逆転して、ひよりを奪い返す――
「お前、何言ってんの? 妄想もいい加減にしろよ」
「……はぁ?」
――決意を新たにしていた俺を現実に引き戻したのは、遊佐の冷ややかな一言だった。
ドン引きしていることが一目でわかる顔をしている遊佐は、引き攣った声で俺へと言う。
「尾上が浮気とか、あり得ないって。あいつ、誰がどう見ても七瀬さん一筋じゃねえか」
「そんなわけない! あいつはあの熊川って女子から金を巻き上げて――!」
「それ、お前の勘違い。本人が言ってたけど、熊川さんは尾上にお礼として水族館のチケットを渡しただけだっつーの」
「え……?」
遊佐の言葉を、俺は信じられなかった。
あんなに申し訳なさそうに頭をぺこぺこ下げていたんだから、尾上に命じられて金品を巻き上げられていたはずだ。その状況から救ってやろうとしてるのに、どうしてあいつを庇う?
「そっ、それだけじゃない! 尾上はひよりと付き合ってるのに、他の女とデートに出かけてたんだ! 証拠はないけど、この目でしっかり見たんだよ! あいつが五月の連休中に別の女と『れじゃすぽっ!』に遊びに行ってたところを!」
「……それ、二人きりじゃないぞ。俺とかクラスの奴らも大勢いた。尾上は午前中バイトしてて、同じバイト先の女子と一緒に遅れて俺たちに合流したんだよ。だからデートじゃねえって」
「は、はぁ……?」
嘘だ。あれがデートじゃなかっただなんて、そんなの嘘だ。
尾上はひよりを俺から寝取って、他の女とも付き合って、どうでもいい女に金品を貢がせている最低のクソ野郎なんだ。
「あ、あいつは、尾上は、俺からひよりを奪ったんだ! 今も二奈を狙ってるんだ! 俺は彼女を守るために、あいつの悪事を暴かなきゃいけないんだよ!!」
「二奈? それって、マネージャーの紫村さんのことか? 彼女を守るって、お前ら付き合ってるの?」
「そうだ! 俺は二奈と一年前から付き合ってる!」
「はぁ? お前、ついさっきまで七瀬さんと付き合ってたって言ってたじゃねえか。それなのに一年前から紫村さんとも付き合ってた? 自分で言ってて変だと思わねえの? 妄想もいい加減にしろよ」
「妄想じゃねえ! 俺は本当に二奈と付き合ってるんだ! ここに証拠が……あれ?」
遊佐に馬鹿にされたように見下された俺は、カッとなって自分のスマホを取り出し、二奈とのラブラブなメッセージのやり取りを見せてやろうとしたのだが……何故だか、トーク履歴から二奈とのやり取りが削除されているではないか。
いや、履歴だけじゃない。二奈の連絡先自体が消えている。
「な、なんで、どうして……?」
確かに俺は二奈と付き合っていて、スマホにはトークの履歴が残っていたはずだ。
最近は……そう、尾上に狙われていることを警告した時に二奈から「頑張ってる仁秀くんの邪魔をしたくないからしばらくは連絡しないね! 仁秀くんも、調査に集中して!」と言われてから連絡はしてなかったけど、確かに俺たちは付き合っていたはずなんだ。
それなのになんで俺たちのやり取りが消えてるんだ? と呆然としていた俺の肩を遊佐がポンと叩く。
「なあ、いい加減妄想はやめろって」
「はぁ……?」
「あれだろ?
「ち、違う、俺は、俺は……!!」
「いいか? お前は七瀬さんとも紫村さんとも付き合ってないし、尾上は浮気男でもない。当然、尾上はお前から七瀬さんを寝取ってなんかないんだ。好きだった子を盗られて悔しいって思う気持ちはわかるけど、それでストーカーを正当化するのは流石にヤバいだろ。その辺にして、現実見ろって。なっ?」
諭すような、憐れむような、そんな遊佐からの言葉を聞いた俺は立っている床が崩れていくような感覚に襲われた。
ぐらりとその場に崩れ落ち、わなわなとスマホを握り締める手を震わせる俺は、首を左右に振りながら呻く。
「違う、違う……! 俺はひよりと付き合ってたんだ! 二奈とも付き合ってるんだ! 尾上は俺から彼女を奪った、最低の浮気野郎なんだよぉ!!」
「はぁ……ダメだ、話になんねえ。付き合ってらんねえし、お前のことは
「うぅぅ、うぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……」
俺は勘違いをしていたのだろうか? 何もかもが俺の妄想だったのだろうか?
そんなはずはない。俺はひよりと二奈の彼氏で、二人とも付き合っていたはずだ。尾上も浮気をしているはずなんだ。
だったらなんでその全てが否定される? なんで俺の味方は一人もいない?
俺は間違っていないはずなのに、どうして……?
「ひぐっ、うぐっ! ひよりぃ、二奈ぁ……!」
床に蹲り、涙を流している間に遊佐は教室から立ち去っていた。
もう何もかもが理解できなくなってしまった俺は、俺を好きでいてくれるはずの彼女たちの名前を呼びながら、ただただ嗚咽することしかできなかった。