ちっちゃくてデカくて可愛い七瀬さんを勘違い元カレから奪って幸せにする 作:烏丸英
ガチャリという音と共に、玄関の扉が開く。
娘からの連絡を受けていた私
「……よく来てくれたね。急に呼び出して、本当に申し訳ない」
「いえ、お気になさらないでください。それと、改めてご挨拶を。ひよりさんとお付き合いさせていただいています。尾上雄介です。よろしくお願いします」
丁寧に頭を下げて挨拶をする尾上くんを一瞥した後、私は隣に立つ夫へと視線を向けた。
夫は頭を上げた尾上くんを見つめながら口を開く。
「はじめまして……ひよりの父の
私の夫は女性の中でも比較的小柄な私とほぼ同じくらいの身長で、童顔のせいか年齢よりも若く見える。
普段は怒ってもあまり怖くはない吾郎さんは、今日は本当に複雑な気持ちを抱えているせいかピリピリとした緊張感を湛えた表情を浮かべていた。
「君には色々と聞きたいことはあるが、今日は――」
「はい、わかっています」
今日、わざわざ尾上くんを我が家に呼んだのは娘の幼馴染である仁秀くんについて話すためだ。
私も今まではどうすればいいのかわからずに右往左往していたが、昨日、状況は大きく変わった。
学校の友人からの報告で、仁秀くんがひよりをストーキングしていることが判明したのだ。
先日、彼の不審な行動を見ていた私は正直、信じられないという気持ちよりもやっぱりという思いが勝ってしまった。
やはり仁秀くんはひよりを尾行していたのかと驚きと共に現実を受け止めた私だが、話をそこで終わらせていいわけがない。
いくら幼馴染とはいえ、これは完全に悪ふざけで片付けられる内容を超えている。
交際していた際に浮気したことを含め、私は娘から聞いた一切合切を即座に仁秀くんのお母さん……
正直に言えば、その時はあまりいい気持ちではなかった。
息子の犯罪まがいの行いや長い付き合いだった幼馴染を傷付ける裏切りを聞いた和子さんが一瞬で顔色を失って愕然とした表情を浮かべる様を思い出す度に、罪悪感に胸が締め付けられる。
だが……同時に、ひよりから仁秀くんとのこと報告された時、私は今の彼女と同じ顔をしたのだろうということにも気付いた。
そして、娘は私を傷付けたくなかったから敢えて話さなかったことも、あの時のひよりは私が味わったこの苦しみを味わっていたこともようやく理解した。
前々から不審な行動が目立っていたからと息子の不義理を受け入れ、現実を受け止めた和子さんと比べて、呆然としたまま何もできなかった私はどれだけ頼りなく、情けない母親だったかも自覚してしまった私は、改めて自分の弱さを恥じた。
その後、お互いの夫にこのことを報告し、その後に改めて両家の大人たちでの話し合いをするという取り決めを交わして……場面はここにつながる。
両家の話し合いの前に当事者の一人でもある尾上くんからも話を聞きたいということになり、私と夫はこうして彼を呼び寄せたというわけだ。
「――なるほど、事情は娘から聞いていた通りだ。仁秀くんが言っていた君の浮気疑惑も根も葉もないデタラメだということもわかったよ」
「お力になれたのならば良かったです。僕にできることがあれば、何でも仰ってください」
「……申し訳ない。君も疑われたり、根掘り葉掘り質問されて気分が悪いだろう?」
「いえ、お二人の立場なら混乱して当たり前です。事態を理解するために事情を知る人間から聞き取りをするのは当然のことですし、それで気を悪くしたりはしません」
私とひよりが見守る中、夫と尾上くんが話を続ける。
やや憔悴している夫を慮りながら質問に答える雄介くんを見ていると、容姿も相まってどちらが大人だかわからなくなってしまう。
夫は昨晩に出張から帰ってきて、話を聞かされたばかりだ。やはり混乱しているのだろう。
私だってそうだったのだから仕方がないと思う中、顔を上げた夫が口を開いた。
「尾上くん、無理を承知で君に頼みがあるんだが、聞いてもらえないだろうか?」
「……なんでしょうか?」
「この後、仁秀くんのご両親がこの家に来て、私たちと話し合いをすることになっている。そこに君も同席してもらいたい」
「あ、あなた! それは――!!」
信じられないことを言った夫へと驚きながら声をかける私であったが、他でもない夫がそれを制した。
こちらへと真剣な眼差しを向けてくる彼は、小さく息を吐いてからこう述べる。
「情けのない話だというのはわかっている。しかし、私たちも江間さんたちも今は冷静じゃない。それに、まだ把握できていない事情も多くある。これは一刻も早く両家で話し合うべきことで、その話し合いを円滑に進めるためには尾上くんの力を借りるのが一番だと、私は思う」
夫の言うことが正しいことは私もわかっていた。
付き纏いの被害が出ている以上、この問題は一刻も早く江間さんたちと話し合わなければならない。
しかし、お互いの夫がこの衝撃的な事実を聞いたばかりで、しかも状況を完全に把握できていないということも事実。
ここでひよりと仁秀くんを引き合わせて話をするわけにはいかない。ストーカーの被害者と加害者を会わせるなんて言語道断だ。
であるならば、事情をよく知る人間に立ち会ってもらった上でその人物の目を借りることで冷静さを保てるようにした方がいいという夫の判断は、決して間違いではない。
「お二人とひよりさんのお役に立てるのなら、僕は一向に構いません」
「尾上くん……!」
そして、尾上くんはそんな夫の申し出に対して一切迷うことなくそう答えてみせた。
こうして彼が話し合いの場に参加することが決まり、その数時間後……ついにその時が訪れたのである。