ちっちゃくてデカくて可愛い七瀬さんを勘違い元カレから奪って幸せにする 作:烏丸英
ガチャリと扉が開き、二人組の男女が我が家に足を踏み入れる。
先ほどは娘とその恋人。今回は長い付き合いのある娘の幼馴染のご両親……だが、彼らの顔は沈鬱の色に染まっていた。
「お邪魔、します……」
頭を下げた和子さんたちを見つめながら、リビングへと彼女たちを案内する。
そこで待っていた夫の姿を見た二人は、玄関の時よりもさらに深く頭を下げながら口を開いた。
「この度は、本当に申し訳ありませんでした……!! 息子が、ひよりちゃんにとんでもないことを……!!」
「ひよりちゃんは? 息子に代わって謝罪をさせていただきたいのですが……?」
「申し訳ありませんが、あなたたちと娘を会わせるつもりはありません。そんなことをしても、ただ傷付けるだけだ」
「そう、ですか……」
江間さんたち夫妻はどちらも若い頃は運動部に所属していたこともあり、普段は快活で明るい性格をしている。
ただ、今はその明るさが完全に消え去っていて、やや大柄な旦那さんの
「それでその、この子は……?」
「……尾上雄介くん。娘の恋人です。今回の問題について詳しく事情を知っているので、私が同席してくれるよう頼みました」
娘への謝罪を断られた良光さんが、先ほどから部屋の中にいる尾上くんをちらりと見つめながら私たちへと問いかける。
丁寧に頭を下げて江間さんたち夫妻に挨拶をする尾上くんのことを、二人……というより、良光さんは少しだけ苦々し気な表情を浮かべながら見つめていた。
「ひよりちゃんの今の恋人、か」
「あなた……?」
「……なんでもない。話を聞こう」
不穏な呟きを漏らし良光さんは、難しい表情を浮かべながら席に着いた。
彼が尾上くんに視線を向ける中、私たちも次々と席に座り……話し合いが始まる。
ただ、話し合いといっても内容は仁秀くんがしたことについて改めて報告をするというだけだ。
一年前にひよりとの交際を始めておきながら、ほぼ同時に別の女の子とも付き合う二股行為に手を染めていたこと。
浮気がバレ、ひよりに責められた際にあの子を捨て、浮気相手を選んだということ。
その後も真摯な対応を取らずにひよりに接し続け、ついにあの子に完全に拒絶されて絶縁を言い渡されたこと。
その状態でひよりをストーキングし、尾上くんの悪評まで広めようとしたこと。
それら全てを夫の口から、またある時は尾上くんの口から聞かされた江間さん夫妻はとてもショックを受けていたようだが、私も強い衝撃を味わった。
ひよりと仁秀くんが別れ話をする際にどんなことがあったのかと、ひよりの非か我が子の擁護点を探るように詳しい話を求めた良光さんを一刀両断するように尾上くんが述べた事実は、誰にとっても苦しいものだっただろう。
「なんで仁秀は長い付き合いだったひよりちゃんを捨てたんだ? 何か、理由があったんじゃないのか? 売り言葉に買い言葉みたいな、引くに引けない状況になってしまって、とか……?」
「息子さんがひよりさんを捨てた理由は……
「なっ……!?」
そんなこと、ひよりは言っていなかった。目を見開いて愕然としている良光さん以上に、私はショックを受けていたと思う。
そんな下らない理由で一緒に過ごした時間を否定されて、どれだけ悲しかっただろう。そんな屈辱的なことを言われて、どんなに悔しかっただろう。
同じ女として、娘が味わったであろう苦しみを想像して私が顔を伏せる中、同じく何も言えなくなっている江間さんたち夫妻に夫が問いかける。
「……これが、仁秀くんがしたことです。私たちは話すべきことを話しました。次はお二人の番です。仁秀くんは何故、娘にストーカーを?」
「それが……よくわからないんです。意味のわからないことを呟くばかりで、話にならなくって……」
「それでは困ります。娘は今も危険に晒されているんです。なんとしても理由を問いただしてもらわなくては」
「わかっています……! ですが、息子は今、まともに会話もできないほどに傷付いているんです!」
「そんなことは関係ありません。勘違いなさらないでほしいのですが、仁秀くんは被害者ではなく加害者です。より傷付けられ、今も怖い目に遭っている娘より、お宅の息子さんを優先する道理などどこにもない」
「なんだと……!?」
「あ、あなた、落ち着いて……!!」
ショックを受け過ぎたせいか、やや自暴自棄気味になっている良光さんが声を荒げれば、夫もまたピリピリとした緊張感を滲ませながら強い口調で答えを返した。
お互いの夫が熱くなりつつあることを察知した私と和子さんが止めに入るも、二人の勢いは止まる気配がない。
「やめて、あなた! 全部仁秀が悪いのよ!?」
「お前は黙ってろ! 確かにあいつはやっちゃならないことをしたが、全部が全部仁秀に原因があるかどうかはわからないだろ!」
「それは娘にも原因があるということか? これだけの仕打ちを受けるだけのことを娘がしたと、あんたはそう言いたいのか!? 冗談じゃない! 浮気もストーカーも、あなたの息子さんが実際にやったことだろうが!」
「わかっている! だが、おかしいじゃないか! 仁秀はあんなに落ち込んでいるっていうのに、傷付いているはずのお宅の娘さんはもう新しい彼氏を作っている! 本当はそっちが息子に何かしたんじゃないのか!? 口裏を合わせて、都合の悪いことを隠そうとしてるんじゃないのか!?」
「何をふざけたことを! 子が子なら、親も親だな!!」
「落ち着いて! ここは話し合いの場でしょう!? あなたたちが大声で言い争ったら、ひよりだって不安になるわ!」
「あなたも変なことを言わないで! 頭を冷やしてよ!」
「お前はおかしいと思わないのか!? 付き合っていた幼馴染に浮気されて捨てられたはずの子がもう次の恋人を作っているんだぞ!? 本来なら仁秀のようになっていてもおかしくないのに、これっぽっちも傷付きもせずに次の男を――!!」
私たち四人が大声で叫び合い、収拾がつかなくなりつつある状況の中、不意にバンッ! という大きな音が響いた。
続いて、グラスが倒れるゴトンという音が響き、その音に驚いた私たちが同時に同じ方向へと視線を向ける。
「お、尾上くん……?」
私たちの視線の先には、握り締めた拳をテーブルに叩きつけていた尾上くんの姿があった。
先ほどまでの言い争いが嘘であるかのように静まり返ったリビングの中で、私たちに見つめられながら彼が口を開く。
「……僕は、この場では冷静であろうと努めてきました。それが円滑な話し合いの進行につながると思ったからです。ですが――」
そこで尾上くんがゆっくりと顔を上げ、良光さんを見る。
青い炎が燃え上がるような威圧感を放つ彼の様子に私たち全員が息を飲む中、尾上くんは静かに、だけどはっきりとした声で良光さんへと言った。
「――今のあなたの発言だけは、絶対に看過できない」