ちっちゃくてデカくて可愛い七瀬さんを勘違い元カレから奪って幸せにする 作:烏丸英
江間さんたちとの話し合いから、幾ばくかの時間が過ぎた。
私たちもある程度ではあるが冷静さを取り戻すと共に少しだけ会社に休みをもらい、最低でもどちらかが家にいる状態を作っている。
江間さんたちの方も仁秀くんに学校を休ませ、和子さんが主体となって話を聞き出し、次回の話し合いに向けて動いてくれていた。
良光さんはめっきり気落ちしているようで、あまり彼を絡ませない方がいいという和子さんの判断の下、私たちは三名で少しずつ会議を重ねている。
仁秀くんも多少なりとも経緯や理由を話してくれてはいるが、その大半が支離滅裂か意味不明な内容らしい。
良光さんに似た楽観的な部分と他責思考が重なって変な妄想に縋るようになったのではないかと、疲れた顔で和子さんが話してくれた。
私としても、浮気を疑う人間ほど浮気しやすいという話を聞いたことがあったし……概ね、彼女の言う通りなのだろうと考えている。
家にいる間は和子さんが見張ってくれていることもあって、あの日以来、仁秀くんによるストーカー行為も完全に治まっていた。
私たちとの話し合いに区切りがついたら、病院に通わせることも検討していると和子さんが言っていたが……娘の幼馴染として長年付き合い続けた仁秀くんがそういったふうになってしまったことに関して、残念だと思う気持ちはある。
だが、私たち夫婦が最優先すべきは娘のひよりの安全と気持ちであり、そこを間違えてはいけないという確固たる想いも存在していた。
そのひよりではあるが、あの日から毎朝迎えに来てくれている尾上くんと仲良く登校し、帰りも彼に送ってもらっている。
仁秀くんを警戒しての送り迎えなのだろうが、それはそれとして娘も尾上くんも楽しそうだ。
いずれは娘と付き合っていることに関してきっちりと話をしなければ、と話す吾郎さんではあるが、なんだかんだで尾上くんのことを気に入っているようで、時々ではあるがひよりを送ってくれた彼と話をしていることもあった。
本当に彼には様々な部分で感謝しなければと思いつつ、それを実際に言葉として表しつつ……そんな日々を過ごしている間に、気が付けば夏休みが目前に迫りつつある。
この日、クラスの友達と一緒に近場で開催されている花火大会に遊びに行ったひよりを送り出した私たちは、和子さんと共に今後の話し合いを行っていた。
夏休みという長期休暇を利用して江間家の引っ越しや仁秀くんに適切な治療を受けさせること、それでも事態が悪化した場合は我が家も引っ越しを検討すると共にその費用を負担し、さらには仁秀くんの転校も視野に入れて……などの対策を話し合っていた会議は、ここまでは静かかつ順調に進んでいた。
その状況は、仁秀くんの見張りを任されていたはずの良光さんが青ざめた顔で我が家にやって来た時に変わってしまった。
一目で良くないことが起きたとわかる彼の表情を見て唖然とする私たちの前で、和子さんが良光さんに詰め寄る。
「あなた、何をしているの? 仁秀のことを見ているようにお願いしたでしょう?」
「そ、その、仁秀が、あの、い、いつの間にか、家からいなくなってて、その……」
視線を泳がせながらの良光さんの歯切れの悪い報告に、私たちは言葉を失った。
仁秀くんが家から居なくなったという話を聞いた私たちが何より先にひよりの身を案じる中、一気に怒りを振り切った和子さんが強烈な張り手を良光さんに見舞うバチィン! という音が響く。
「いつの間にか家からいなくなってた? 嘘おっしゃい! あの子が外に出られないように貴重品も靴も話し合って隠してたし、部屋から出たらわかるようにセンサーも設置しておいたじゃない! あなたが協力したんでしょう!? じゃなきゃ、仁秀が外に出られるわけないわ!」
「あ、あぅ……わ、悪気はなかったんだ。少しでいいから気晴らしがしたいって、あの子にそう言われて……! 今日まで凹みっぱなしであんまりにも可哀想だったから、つい――」
事ここに至って……いや、事の重大さを理解しているからこそ、嘘をついた良光さんに今度は拳が飛ぶ。
若い頃、バレー部に所属していた和子さんのビンタは実に痛そうだったが、拳になったことで今度は音も鈍くなって痛みの質が変わったであろうことを私が感じ取る中、殴られて床に倒れ込んだ良光さんの胸倉を掴みながら彼女が叫んだ。
「なんてことをしてくれたの! あの子が今、どういう状況かわからないの!? これで仁秀が誰かに迷惑をかけたら、それこそあの子の人生はおしまいなのよ!?」
「わ、わかってる。わかって――」
「何にもわかってない! 今日、花火大会があることだって忘れてたんでしょう!? ひよりちゃんも遊びに行っていることは仁秀だってわかってる! そんな状況であの子が何をするかなんて、どんな馬鹿でもわかるはずなのに! それなのに、あなたは……!!」
「ち、違う! 悪かった! でも、連絡が来たんだ! 仁秀を保護してるから迎えに来てほしいって、花火大会の運営から!」
半ば馬乗りになって自分を叩く和子さんへと、良光さんが必死に叫ぶ。
和子さんが攻撃の手を止める中、彼は何があったのかを説明し始めた。
「さ、さっき、花火大会の運営から連絡があったんだ。仁秀がその、
「東の、運営支部……? は、はぁ……!」
良光さんの言葉を聞いた私は、押し寄せてきた安心感に一気に脱力してへたれ込んでしまった。
花火大会は川を挟んで東と西の地区に分かれて祭りが開催されており、ひよりはクラスメイトたちに合わせるために西地区に遊びに行くと言っていたはずだ。
仁秀くんが東地区で保護されたというのなら、彼がひよりと遭遇した可能性は限りなく低い。
最悪の事態は避けられたようだと安堵しつつそのことを報告した私は、同時に仁秀くんの身に何が起きたのかがわからずに首を傾げる。
ひよりに出くわさなかったというのなら、彼を失禁させるまでのショックを与えたのは何者なのか?
いったい、花火大会の会場に行った彼の身に、何が起きたのだろうか……?