愛が重すぎる魔剣の主となった、生贄少女の成り上がり   作:パッタリ

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105話 教皇との密会

 案内されたのは、王城の奥にある応接室。

 まるで神殿の一室を移したような、静謐で冷たい空間。

 そこに、白銀の少女──教皇フェリシアが立っていた。

 ネアが一歩入った瞬間、彼女は厳粛さそのものに満ちた声を発する。

 

 「よく来てくれました、ネア・ブランシュ。女神の御許に歩み寄るその姿勢、感謝いたします」

 (うわ……声も表情も、完全に教皇様っぽい。いや、そのものなんだけど)

 

 しかし、その厳かな仮面は、ほんの数秒で剝がれた。

 ひらりと手を振り、にこりと微笑む。

 

 「はい、もう堅苦しいのは終わり。抵抗はせず素直に来てくれてありがとう。ネア、怖がらずに座って?」

 「い、いや……怖がらずには無理というか……」

 

 怖いというよりは、どうしても警戒してしまう。

 相手は、自分とほとんど変わらない年齢の少女。しかし女神教の頂点に君臨する権力者でもある。

 

 「ふふ、そうよねぇ。教皇としての堅苦しい演技は好きだけど、長くやるのは疲れる」

 

 その軽さと裏腹に、瞳の奥だけはまったく笑っていない。

 フェリシアは自ら紅茶を注ぎながら、本題に入った。

 

 「さて、長々と無駄話をしたいところだけど、まずは本題を。今日はね、あなたの力を借りたいと思って呼びつけたの」

 「……どうして?」

 「魔神教が隠し持っている器。魔神の依り代になり得る、その“器”を奪いたいのよ」

 

 ネアは固まる。

 シャーラと共に魔神教の本部に潜入した時、器のお披露目として一人の少女が出てきた。

 魔神が憑依し、方針が語られたあとの静かな熱狂は、今でも覚えている

 フェリシアはカップを持ったまま、何でもないことのように続ける。

 

 「魔神教は、魔神を復活させるために器を確保している。でも器だけじゃ復活できない。さらに必要なのが、鍵」

 「鍵……?」

 「そう。神を復活させるための、たった一つの要。女神にも魔神にも共通する、世界に散らばる特別な存在」

 

 さらりと話す言葉なのに、どうしても背筋が冷える。

 

 「鍵は、人柱とも呼ばれることがあるわね。器が“器”なら、鍵は“起動装置”みたいなもの」

 「ひ、人柱……」

 

 ぞっとする言葉に、ネアの表情は険しくなる。

 フェリシアは淡々と聞き流し、軽く指先を振った。

 

 「魔神も女神も、復活には器と鍵の両方が必要。そして鍵となる者は、長い歴史の中で何人か見つかっているけど……世界は広いし、見つけるのはとても大変なのよねえ」

 

 その語り口があまりにも日常的で、逆に恐ろしい。

 

 「でもね」

 

 フェリシアは、わざとらしくため息まじりに笑った。

 

 「女神教はすでに鍵を確保してるの」

 「鍵を?」

 「ええ。この王都の大教会で司教をしている。それは青い髪に青い瞳をしたエルフの少女……リュミナ」

 

 ネアは思わず椅子から半分浮き上がった。

 

 「リュミナさんが……鍵……人柱……!?」

 「そう、今のところ見つかっている鍵は彼女だけ。優秀だから司教になったわけじゃないの。鍵だから、若いながらも高い立場へと引き上げた。ああ、これは彼女が無能という意味ではないからね?」

 

 紅茶の香りが妙に重たく感じる。

 フェリシアは楽しげに続けた。

 

 「だから女神教は魔神教よりも優位に立っている。鍵は手元にあるから、あとは向こうの器を奪ってしまえば、魔神の復活計画を完全に潰せるというわけ」

 「……それで私に協力を?」

 「ええ。あなたとレセルは結びつきが強く、それゆえの強さがある。それに、本部へ潜入したでしょう? そこでお披露目の場に立ち合い、器となる者を見たはず。だからこそ、あなたたちが適任」

 

 微笑が深まり、瞳の奥に狂気じみた光が宿る。

 

 「私を手伝ってほしいの。魔神の依り代となる器を、手に入れるために」

 

 それは甘い声だったが、逃げ道を塞ぐような熱を帯びていた。

 

 「……もし、私が協力しなかったらどうなるんですか?」

 

 ネアは、喉の奥がわずかに震えるのを自覚しながら尋ねた。

 フェリシアは微笑を崩さず、紅茶のカップを指で弾いて小さな音を鳴らした。

 

 「どうもしないけれど?」

 「……どうもしない?」

 「ええ。ただし、潜伏している魔神教の連中が、女神の降臨を阻止するついでに鍵を奪うため、王都で大規模な“何か”を起こすかもしれないというだけ」

 

 さらりと言った“何か”の軽さが、一番怖かった。

 少なくとも、王都の広い範囲が戦場になるだろう。

 

 「でも器をも失えば、魔神教の大部分は今回は諦めるでしょうね。力を蓄えるために大人しくなる。数十年ほどは」

 

 淡々としながらも、ほんの少し愉しげ。

 大きな危機は、彼女にとって自分を楽しませる非日常でしかない。

 そう思わせるほどの、言葉や態度。

 

 「どちらが犠牲の少ない道か……あなたならわかると思うけど?」

 

 それは問いかけというより、選択肢を装った事実の提示だった。

 ネアが返事に迷ったその時、腰の剣から音がした。

 剣の状態でいるレセルが、盛大に舌打ちしたのだ。

 

 『ちっ……最悪ね、このクソガキにして化物は。一発逆転を狙ってくる魔神教との争いを楽しむつもりなの? もしかすると魔神の降臨という最悪の状況になりかねないのに』

 

 女神の降臨を阻止するため、魔神教はいったいどんなことをしてくるのか。

 鍵となるリュミナの誘拐は確実。しかしそれ以外は予想できない。

 

 『とはいえ、どうするかはネアが決めること。どちらの選択をしても文句は言わないわ。約束する』

 

 普段の色っぽい甘さが一切ない。低い、冷えた声。

 協力すれば犠牲は少ない。

 協力しなければ大勢が死ぬ。

 フェリシアの話しぶり、そしてその裏に確信めいた何かがあることから、王国の戦力も女神教の戦力も、すでに使える前提で動いているのがわかる。

 

 (……逃げられない。どっちにしろ巻き込まれるなら……)

 

 ネアは、しぶしぶという言葉そのものの声で言った。

 

 「……協力します。やります」

 

 するとフェリシアの顔がぱっと明るくなる。

 

 「嬉しい! 助かるわ、ネア!」

 

 その反応があまりに無邪気で、逆に不気味だった。

 彼女は立ち上がり、スカートを揺らしながら歩み寄る。

 

 「じゃあ、しばらく私と一緒にいなさいな」

 「……えっ?」

 「聖都ではね、小言ばかり言う年上か、私に尊敬と信仰しかない年下ばっかりなのよ。みんな教皇様教皇様って。距離があるでしょう?」

 

 フェリシアはくすりと笑い、ネアを覗き込む。

 

 「年齢が近い子で、内心いろいろ良くない気持ちを抱えながらも、私にひれ伏さない相手……そういうの、すっごく欲しかったの」

 

 その目は、ぞくりとするほど楽しげだった。

 まるでお気に入りのおもちゃを見つけたような。

 

 「安心なさい。あと数日で女神の降臨の準備が済む、という嘘の情報を流す。それまでの退屈しのぎよ。ネア、あなたを私の近くに置いておきたいの」

 

 耳に入る言葉は優しく甘いのに、込められているのは支配そのものだった。

 

 『……ネア、断っても無駄よ。こいつ、すでにそうすると決めてる。ここから逃げたら、何をしてくるか……』

 

 レセルの苛立ちの混ざった声に、ネアは小さく息を吐くしかなかった。

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