愛が重すぎる魔剣の主となった、生贄少女の成り上がり   作:パッタリ

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107話 女神と魔神の手駒たち

 夜更けの王都。

 灯りを落とした大教会の裏手には、女神教の一団が静かに姿を現す。

 教皇とその護衛たちである。

 教皇としての正装に身を包んだフェリシアは、誰にも気づかれぬように中へと入る。

 迎えたのは、司教であるリュミナだった。

 

 「……聖下」

 

 深く頭を下げる。

 その声には、緊張と、覚悟と、わずかな震えが混じっていた。

 奥の小部屋へ案内し、人払いをしようとしたところで、リュミナの背後にぴたりと張りつく少女がいた。

 

 「えっと……私は……」

 

 ミリアだった。

 見習いがいるのは場違いだとはわかっていても、離れたくなさそうにリュミナの袖を掴んでいる。

 

 「ミリア、今日は……」

 「そのままでいいわ」

 

 フェリシアはあっさりと言った。

 リュミナが驚いたように顔を上げる。

 

 「ですが、聖下……」

 「いいの。彼女も、ある意味関係者だから」

 

 ミリアは首をかしげる。

 

 「……関係者?」

 

 フェリシアは、穏やかな微笑みのままミリアを見た。

 

 「あなたのことは、事前に調べさせてもらってる。魔法学校では落ちこぼれ。才能もなく、評価も低かった」

 

 ミリアの肩が、びくりと跳ねる。

 

 「でも魔神教に“頼る”ことで、力を得た。すべては、愛する先輩であるリュミナを手に入れるため」

 

 空気が凍る。

 

 「……ただし」

 

 フェリシアは気にすることなく淡々と続けた。

 

 「それは途中で邪魔された。ネア・ブランシュ……当時はただのネア。あとは人になれる魔剣のレセルもか。そんな一人と一本という想定外の存在に、あなたは阻まれた」

 

 ミリアは唇を噛みしめた。

 だが、反論はしない。

 

 「これからする話を、あなたにも聞かせる。その上で、どうするか……判断しなさい」

 「……?」

 

 意味がわからず、ミリアは首をかしげる。

 

 「……今は、黙って聞いていればいいの?」

 「ええ。その通り」

 

 フェリシアは視線をリュミナへ戻した。

 そして本題に入る。

 

 「女神の降臨を行うにあたり。“鍵”としての覚悟はできていますか?」

 

 部屋が、しんと静まり返る。

 リュミナは一瞬だけ目を伏せ、そしてゆっくりと頷いた。

 

 「……はい」

 

 震えながらも、はっきりと。

 しかし、そのあと彼女は声を絞り出すように問い返した。

 

 「……聖下は。あなたは覚悟が、できているのですか……?」

 

 フェリシアは、少し困ったように笑うと、肩の力を抜くように一瞬だけ教皇の仮面を外す。

 

 「未練はある。後悔も、たくさんある」

 

 静かな声だった。

 

 「でもね、一国の権力者として、思うがままに振る舞うことができた。周囲は、私のことを大目に見てくれた」

 

 銀の瞳が、遠くを見る。

 ここではない過去、そして、近く訪れるだろう未来を。

 

 「だから……これ以上の生を、諦めることができる」

 

 その言葉の意味を、一番に理解したのはミリアだった。

 

 「……どういう、ことですか」

 

 フェリシアは、あまりにも軽い調子で答えた。

 

 「神の器となる者は、降臨の瞬間に死ぬの」

 「……っ」

 「正確には、肉体を完全に乗っ取られる。人としての意識は消える。死と同じ」

 

 言葉を選ばない。

 淡々と事実を伝えていく。

 

 「そして鍵も死ぬ。神の力に、人の身は耐えられないから」

 

 ミリアの思考が、完全に止まった。

 

 「……死、ぬ……? 先輩が……」

 

 フェリシアは、そんな彼女を見て肩をすくめる。

 

 「止めたい? 私を殺せば、女神の降臨は数十年は防げるわ。まあ……代わりとなる器は、それなりに確保されてるけどね。それとも」

 

 フェリシアは、わざとらしく首をかしげた。

 笑みは浮かべずに、表情のないまま。

 

 「鍵である彼女と一緒に、逃避行をする? 女神教は私が抑えられても、魔神教が見逃してくれるとは思えないけど」

 

 部屋に、答えは落ちなかった。

 ミリアは何も言えない。

 そんな彼女に、フェリシアは再び教皇の顔で語りかける。

 

 「今日から、リュミナ司教には休みを与えます」

 

 優しい声だった。慈愛に満ちてすらいた。

 

 「降臨の日まで。……思い残すことがないように」

 

 それは慈悲の言葉であり、遠回しな死刑宣告でもあった。

 

 ◇◇◇

 

 王都のどこか。

 地上か地下かすら定かでない、古い建物の一室。

 灯りは最低限。

 壁には簡易的な結界が張られ、外界の気配は遮断されている。

 そこに集うのは、魔神教の幹部たちと、選りすぐりの配下。

 そして、部屋の隅には静かに座る一人の少女がいた。

 彼女は、魔神の依り代として器になる存在。

 

 「状況は悪いな」

 

 幹部の一人が、ため息混じりに口を開いた。

 

 「女神教は、こちらが“鍵”を狙うことをほぼ把握している。動きも早い。あの教皇……やはり厄介だ」

 

 別の幹部が、苦笑混じりに応じる。

 

 「とはいえ、こちらが打てる手は多くない。鍵を奪うか、無理なら破壊する。それで女神の降臨を阻止するしかないだろう」

 「奪えれば、そのまま魔神の降臨へ。破壊できれば、女神教の計画はしばらく頓挫する」

 

 作戦自体は単純だ。

 しかし、単純であるがゆえに難しい。

 

 「果たして……そう上手くいくもんかね」

 

 ぼそりと呟く声。

 これに対し、すぐに答える声もあった。

 

 「そうは言うがな、この機会を逃せば、我々は長い停滞に入る。力を蓄え、時を待つしかないわけだ」

 「それは……短命な人間にとっては実質的な終わり、だな。エルフやドワーフといった長命な者ならばまだしも」

 「いっそ魔神の力で寿命を長くしてもらうのは?」

 

 別の者が肩をすくめる。

 

 「あれは、若いうちじゃないと。老いてからじゃ、苦しみとも一緒だ。曲がった腰と、ずっと付き合うはめになる」

 

 長生きはそこまで難しくない。

 しかし健康で元気に、となると難しくなっていく。

 

 「話を戻すが、動きを読まれている前提でやるしかない。何もしなければ、確実に終わる」

 

 部屋に重い沈黙が落ちる。

 やがて、年老いた幹部の一人がぽつりと呟いた。

 

「いやはや、神の手駒同士で争うのは、空しいもんですなあ」

 

 誰も否定はしなかった。

 その時、配下の一人が慌てて駆け込んでくる。

 

 「報告です。女神教が、二柱の女神の降臨を行うという情報が入りました」

 「……何?」

 

 空気が、一瞬で張り詰めた。

 

 「光と闇、二つ同時にとは。前例がないぞ……」

 

 ざわめきが広がる。

 

 「光の依り代が教皇なのはわかる。だが……闇の依り代は誰になる?」

 

 問いが投げられる。

 

 「……わからん」

 「情報がない」

 「候補すら掴めていない」

 

 出てくる答えは、どれも同じだった。

 

 「向こうが魔神の器を奪えば、闇の依り代に転用される可能性は高いが……」

 「もし、他に選ばれる者がいたら?」

 

 誰かが言ったが、結局、結論は出ない。

 その沈黙を破ったのは、これまで黙っていた器の少女だった。

 

 「……一つ、確認したい」

 

 全員の視線が集まる。

 

 「明日、自由な行動をさせて。どうしても、確かめたいことがある」

 「単独行動か?」

 「危険すぎる」

 

 意見は割れた。

 だが、少女は静かに続ける。

 

 「……ネア・ブランシュ」

 

 その名が出た瞬間、幹部たちの表情がわずかに変わった。

 

 「……あの魔剣の使い手か。閉会式で、剣が人になるのを見た」

 「シャーラという裏切り者が、本部に連れてきた子どもだな」

 「女神教からしても興味があるのか、教皇自身が接触しているという……」

 

 短い沈黙ののち、結論が出る。

 

 「……よかろう。ただし、ひっそりと護衛をつける」

 

 少女はわずかに頷いた。

 いくらかの焦りはある。

 だが、切羽詰まってはいない。

 彼らは知っている。

 これは最後の賭けではなく、今打てる、大きな一手だということを。

 魔神教は、静かに動き出そうとしていた。

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