愛が重すぎる魔剣の主となった、生贄少女の成り上がり   作:パッタリ

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109話 偽りの降臨

 場所は、王城の奥にある会議用の一室。

 窓は閉め切られ、外の喧騒はほとんど届かない。

 そこにいるのは三人。

 教皇フェリシア、黄昏の剣騎士団の団長ネア、そして副団長であるガルド。

 フェリシアは、教皇としての装いではなく、どこか簡素な服で椅子に腰かけていた。

 しかし、その雰囲気だけは、誰よりも場を支配している。

 

 「では、揃ったことだし本題に入りましょうか」

 

 軽い口調とは裏腹に、言葉は一切無駄がなかった。

 

 「女神の降臨が始まる、という偽情報を流します」

 

 ガルドの眉が、ぴくりと動く。

 

 「偽情報、ですか」

 「ええ。本番はまだ。けれど、始まったと思わせる」

 

 フェリシアは指先で机を軽く叩く。

 

 「それによって、リュミナ司教の守りを一時的に薄くする。完全ではないけれど……隙があるように見せるのが目的」

 

 ネアは思わず身を乗り出した。

 

 「それって……魔神教を誘い込むってことですか?」

 「正解」

 

 フェリシアはあっさり頷く。

 

 「向こうは鍵を奪うか、破壊するしか選択肢がない。機会があるなら、必ず仕掛けてくる」

 

 ガルドは腕を組み、低い声で言った。

 

 「……かなり危険な賭けですな」

 「承知の上よ」

 

 フェリシアは肩をすくめる。

 

 「でも、時間を稼げばこちらの勝ち。女神教の増援は、秘密裏に動いている。教皇直属の精鋭が」

 

 その言葉に、ガルドは小さく息を吐いた。

 

 「なるほど……我々は、時間を稼ぐのが役目と」

 「そうなるわ」

 

 フェリシアは視線をネアに向ける。

 

 「黄昏の剣騎士団には、表向きの任務は与えない」

 「……え?」

 「だからこそ、怪しまれない。当日は通常通りの巡回。ただし、重点は大教会周辺」

 

 ネアは理解し、ゆっくり頷いた。

 

 「リュミナさんがいる場所……」

 「ええ。何かが起きた時、最初に動ける位置にいてほしい」

 

 フェリシアの声が、ほんの少しだけ硬くなる。

 

 「魔神の器も、ほぼ確実に現れるでしょう」

 

 その言葉に、空気が張り詰めた。

 

 「できる限り、生け捕りにしてちょうだい」

 

 ネアは目を見開く。

 二つの女神を降臨させるため、魔神の器を手に入れるという予想。

 それが、ほぼ確実であることが示されたために。

 

 「……生け捕り、ですか?」

 「殺す必要はないわ。情報も、意味も、彼女は持っている」

 

 フェリシアは淡々と告げた。

 生け捕りにしたあとどうするかまでは、語るつもりはないらしい。

 

 「ただし、余裕がある場合だけでいい。最優先は、鍵。リュミナ司教の安全」

 

 ガルドは深く頷いた。

 

 「了解しました。団長、聞いたな?」

 「うん」

 

 ネアは、胸の奥に重さを感じながらも答える。

 

 「時間を稼ぐ。それが、私たちの役目ですね」

 

 フェリシアは満足そうに微笑んだ。

 

 「ええ。その通りよ、団長さん」

 

 それは信頼の言葉にも聞こえたし、同時に逃げ道を塞ぐ宣告にも聞こえた。

 女神の降臨は、まだ始まらない。

 だが、偽りの降臨はすぐそこにまで迫っていた。

 

 ◇◇◇

 

 当日。

 女神の降臨が始まる。

 そんな噂が王都の裏側で静かに流れる中、都市は意外なほど平静だった。

 黄昏の剣騎士団も、表向きは通常の巡回任務についている。

 実力に不安のある新入りたちは宿舎に残し、戦える者だけが持ち場に出た。

 副団長ガルドは、慣れ親しんだグリムロック隊を率い、大教会を中心とした外周の警戒へ。

 一方、ネアはユニスとリュナを連れ、やや離れた区画を歩いていた。

 

 「……これ、私はサボってるみたいに見えるよね」

 

 ネアが苦笑すると、ユニスは買い物袋を抱えたまま肩をすくめる。

 

 「副団長に全部任せて、自分は貴族の娘と散歩。もしあなたが男なら、悪い意味で完璧」

 「ま、団長が堂々と動かない方が、相手も油断するだろうし」

 

 リュナが腰の剣に手を添えながら言う。

 魔剣ヴァニティアは言葉を話せるが、今は静かだった。

 それが逆に不気味でもある。

 やがて、鐘の音ではない、怒号と何かが崩れる鈍い音。

 大教会の方向から、明らかな騒ぎが立ち上った。

 

 「……来た」

 

 ネアの表情が引き締まる。

 

 「行こう!」

 

 三人は一気に走り出した。

 大教会の前は、すでに戦場だった。

 女神教の兵士と、黒装束の襲撃者たちがぶつかり合っている。

 

 「もう、内部に入り込まれてる……!」

 『ガルドとグリムロック隊は、わたしたちより先についてるのに見えない。ということは、内部で戦ってるってことだから、まだ大丈夫よ』

 

 扉の奥から、戦闘音がはっきり聞こえた。

 想定より早い。

 

 「リュナ、前に出られる?」

 「もちろん」

 

 リュナは一歩踏み出し、ヴァニティアを抜いた。

 次の瞬間、魔法の気配が一斉に膨れ上がる。

 だが、ヴァニティアが淡く光った瞬間、それらは霧散した。

 

 「……やはり、効かない」

 「魔法無効か……いるとは聞いていたが厄介だな」

 

 魔神教の襲撃者たちは一瞬たじろいだが、すぐに動きを変える。

 剣、槍、短剣。

 最初から近接戦闘を想定していた動きだ。

 

 「来るよ!」

 

 ネアはレセルを握り、前に出る。

 外で足止めをしている連中ですら、明らかに強い。

 動きが洗練されている。

 即席の信徒ではない。

 

 「精鋭だ……!」

 

 ユニスが後方から状況を見極める。

 

 「魔神教、本気で来てる。これは……誘い込まれてるのを承知で仕掛けてる」

 「だからこそ」

 

 ネアは歯を食いしばる。

 

 「ここで止めないと危ない!」

 

 剣と剣がぶつかり合う。火花が散る。

 内部へ向かおうとする敵を、リュナとネアが必死に押しとどめるも、数が多い。

 それでいて一人一人が強い。

 

 「……っ、時間を稼ぐって、簡単に言うけど……!」

 

 ネアの息が荒くなる。

 それでも、退くわけにはいかなかった。

 この先にいるのは、鍵であるリュミナ。

 そして、この戦いにおける本命がまだ姿を見せていないことを、ネアは直感で感じ取っていた。

 偽りの降臨を餌に、本当に狙われているものが、すでに入り込んでいる。

 その気配は、教会の奥。

 

 「いささか遅れたか。援護する」

 

 やがて女神教の増援が到着し、外での戦闘はどうにかなりつつある。

 それを確認したガルドは、即座に判断を下して内部から叫んだ。

 

 「外はあの者らに任せ、団長たちは内部へ!」

 「わかった!」

 

 ネア、ユニス、リュナは一気に教会の奥へ突入する。

 内部は礼拝堂とは思えない惨状だった。

 柱は砕け、床には魔法の焦げ跡。

 祈りの場は、完全に戦場と化している。

 

 「……リュミナさん!」

 

 司教リュミナは、聖騎士レティスに守られていた。

 レティスは剣を構え、迫る敵を一人で押しとどめている。

 

 「……っ!」

 

 その後方では、ミリアが狩猟祭の時よりも明らかに弱い魔法を放っていた。

 威力は低い。

 だが、狙いは正確で、敵の動きを確実に鈍らせている。

 

 「無理するな、ミリア!」

 「……わかってます!」

 

 レティスに返答する声は震えているが、逃げる気配はない。

 ネアは歯を食いしばり、前へ出る。

 レセルを振るい、敵を押し返す。

 リュナはヴァニティアで魔法を封じ、近接戦闘に持ち込む。

 すると、どこかから崩れるような音が。

 

 「……!?」

 

 次の瞬間、ネアの足元が崩れた。

 

 「ネア!?」

 

 ユニスの声が聞こえた気がしたが、あっという間にネアの視界は反転する。

 床が、完全に抜けた。

 

 「くっ……!」

 

 瓦礫と埃の中、ネアの体は下へ下へと引きずり込まれる。

 どんっ、という音が出るほど強く背中を打ち、息が詰まる。

 

 「……っ、は……」

 

 辺りは暗いものの、完全な闇ではない。

 地下の空間。古い石造りの部屋。

 

 「……やっと、二人きりになれたね」

 

 聞き覚えのある声がした。

 ネアは顔を上げる。

 そこに立っていたのは、黒い髪に琥珀色の目をした少女。

 それはあの日、大通りでぶつかった少女。

 

 「君は……」

 

 その瞬間、すべてが繋がった。

 少女は、どこか安心したように微笑んだ。

 

 「やっぱり、あなたが落ちてきた」

 

 その声は、あの時よりも落ち着いている。

 ネアは、剣を構えながら息を整える。

 

 「君が魔神の……」

 「うん。魔神の器。そう呼ばれてる」

 

 空気が重くなる。

 少女は一歩近づき、あの時と同じ距離感で立つ。

 

 「だからさ」

 

 琥珀色の瞳が、まっすぐネアを捉える。

 

 「改めて、質問をさせて?」

 

 その声には、敵意も殺意もない。ただ、確かめるためのものだった。

 ネアは、レセルを握り直す。

 逃げ場はない。上では戦いが続いている。

 だがここは、完全に別の戦場だった。

 問いの続きを、ネアは黙って待つ。

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