愛が重すぎる魔剣の主となった、生贄少女の成り上がり 作:パッタリ
場所は、王城の奥にある会議用の一室。
窓は閉め切られ、外の喧騒はほとんど届かない。
そこにいるのは三人。
教皇フェリシア、黄昏の剣騎士団の団長ネア、そして副団長であるガルド。
フェリシアは、教皇としての装いではなく、どこか簡素な服で椅子に腰かけていた。
しかし、その雰囲気だけは、誰よりも場を支配している。
「では、揃ったことだし本題に入りましょうか」
軽い口調とは裏腹に、言葉は一切無駄がなかった。
「女神の降臨が始まる、という偽情報を流します」
ガルドの眉が、ぴくりと動く。
「偽情報、ですか」
「ええ。本番はまだ。けれど、始まったと思わせる」
フェリシアは指先で机を軽く叩く。
「それによって、リュミナ司教の守りを一時的に薄くする。完全ではないけれど……隙があるように見せるのが目的」
ネアは思わず身を乗り出した。
「それって……魔神教を誘い込むってことですか?」
「正解」
フェリシアはあっさり頷く。
「向こうは鍵を奪うか、破壊するしか選択肢がない。機会があるなら、必ず仕掛けてくる」
ガルドは腕を組み、低い声で言った。
「……かなり危険な賭けですな」
「承知の上よ」
フェリシアは肩をすくめる。
「でも、時間を稼げばこちらの勝ち。女神教の増援は、秘密裏に動いている。教皇直属の精鋭が」
その言葉に、ガルドは小さく息を吐いた。
「なるほど……我々は、時間を稼ぐのが役目と」
「そうなるわ」
フェリシアは視線をネアに向ける。
「黄昏の剣騎士団には、表向きの任務は与えない」
「……え?」
「だからこそ、怪しまれない。当日は通常通りの巡回。ただし、重点は大教会周辺」
ネアは理解し、ゆっくり頷いた。
「リュミナさんがいる場所……」
「ええ。何かが起きた時、最初に動ける位置にいてほしい」
フェリシアの声が、ほんの少しだけ硬くなる。
「魔神の器も、ほぼ確実に現れるでしょう」
その言葉に、空気が張り詰めた。
「できる限り、生け捕りにしてちょうだい」
ネアは目を見開く。
二つの女神を降臨させるため、魔神の器を手に入れるという予想。
それが、ほぼ確実であることが示されたために。
「……生け捕り、ですか?」
「殺す必要はないわ。情報も、意味も、彼女は持っている」
フェリシアは淡々と告げた。
生け捕りにしたあとどうするかまでは、語るつもりはないらしい。
「ただし、余裕がある場合だけでいい。最優先は、鍵。リュミナ司教の安全」
ガルドは深く頷いた。
「了解しました。団長、聞いたな?」
「うん」
ネアは、胸の奥に重さを感じながらも答える。
「時間を稼ぐ。それが、私たちの役目ですね」
フェリシアは満足そうに微笑んだ。
「ええ。その通りよ、団長さん」
それは信頼の言葉にも聞こえたし、同時に逃げ道を塞ぐ宣告にも聞こえた。
女神の降臨は、まだ始まらない。
だが、偽りの降臨はすぐそこにまで迫っていた。
◇◇◇
当日。
女神の降臨が始まる。
そんな噂が王都の裏側で静かに流れる中、都市は意外なほど平静だった。
黄昏の剣騎士団も、表向きは通常の巡回任務についている。
実力に不安のある新入りたちは宿舎に残し、戦える者だけが持ち場に出た。
副団長ガルドは、慣れ親しんだグリムロック隊を率い、大教会を中心とした外周の警戒へ。
一方、ネアはユニスとリュナを連れ、やや離れた区画を歩いていた。
「……これ、私はサボってるみたいに見えるよね」
ネアが苦笑すると、ユニスは買い物袋を抱えたまま肩をすくめる。
「副団長に全部任せて、自分は貴族の娘と散歩。もしあなたが男なら、悪い意味で完璧」
「ま、団長が堂々と動かない方が、相手も油断するだろうし」
リュナが腰の剣に手を添えながら言う。
魔剣ヴァニティアは言葉を話せるが、今は静かだった。
それが逆に不気味でもある。
やがて、鐘の音ではない、怒号と何かが崩れる鈍い音。
大教会の方向から、明らかな騒ぎが立ち上った。
「……来た」
ネアの表情が引き締まる。
「行こう!」
三人は一気に走り出した。
大教会の前は、すでに戦場だった。
女神教の兵士と、黒装束の襲撃者たちがぶつかり合っている。
「もう、内部に入り込まれてる……!」
『ガルドとグリムロック隊は、わたしたちより先についてるのに見えない。ということは、内部で戦ってるってことだから、まだ大丈夫よ』
扉の奥から、戦闘音がはっきり聞こえた。
想定より早い。
「リュナ、前に出られる?」
「もちろん」
リュナは一歩踏み出し、ヴァニティアを抜いた。
次の瞬間、魔法の気配が一斉に膨れ上がる。
だが、ヴァニティアが淡く光った瞬間、それらは霧散した。
「……やはり、効かない」
「魔法無効か……いるとは聞いていたが厄介だな」
魔神教の襲撃者たちは一瞬たじろいだが、すぐに動きを変える。
剣、槍、短剣。
最初から近接戦闘を想定していた動きだ。
「来るよ!」
ネアはレセルを握り、前に出る。
外で足止めをしている連中ですら、明らかに強い。
動きが洗練されている。
即席の信徒ではない。
「精鋭だ……!」
ユニスが後方から状況を見極める。
「魔神教、本気で来てる。これは……誘い込まれてるのを承知で仕掛けてる」
「だからこそ」
ネアは歯を食いしばる。
「ここで止めないと危ない!」
剣と剣がぶつかり合う。火花が散る。
内部へ向かおうとする敵を、リュナとネアが必死に押しとどめるも、数が多い。
それでいて一人一人が強い。
「……っ、時間を稼ぐって、簡単に言うけど……!」
ネアの息が荒くなる。
それでも、退くわけにはいかなかった。
この先にいるのは、鍵であるリュミナ。
そして、この戦いにおける本命がまだ姿を見せていないことを、ネアは直感で感じ取っていた。
偽りの降臨を餌に、本当に狙われているものが、すでに入り込んでいる。
その気配は、教会の奥。
「いささか遅れたか。援護する」
やがて女神教の増援が到着し、外での戦闘はどうにかなりつつある。
それを確認したガルドは、即座に判断を下して内部から叫んだ。
「外はあの者らに任せ、団長たちは内部へ!」
「わかった!」
ネア、ユニス、リュナは一気に教会の奥へ突入する。
内部は礼拝堂とは思えない惨状だった。
柱は砕け、床には魔法の焦げ跡。
祈りの場は、完全に戦場と化している。
「……リュミナさん!」
司教リュミナは、聖騎士レティスに守られていた。
レティスは剣を構え、迫る敵を一人で押しとどめている。
「……っ!」
その後方では、ミリアが狩猟祭の時よりも明らかに弱い魔法を放っていた。
威力は低い。
だが、狙いは正確で、敵の動きを確実に鈍らせている。
「無理するな、ミリア!」
「……わかってます!」
レティスに返答する声は震えているが、逃げる気配はない。
ネアは歯を食いしばり、前へ出る。
レセルを振るい、敵を押し返す。
リュナはヴァニティアで魔法を封じ、近接戦闘に持ち込む。
すると、どこかから崩れるような音が。
「……!?」
次の瞬間、ネアの足元が崩れた。
「ネア!?」
ユニスの声が聞こえた気がしたが、あっという間にネアの視界は反転する。
床が、完全に抜けた。
「くっ……!」
瓦礫と埃の中、ネアの体は下へ下へと引きずり込まれる。
どんっ、という音が出るほど強く背中を打ち、息が詰まる。
「……っ、は……」
辺りは暗いものの、完全な闇ではない。
地下の空間。古い石造りの部屋。
「……やっと、二人きりになれたね」
聞き覚えのある声がした。
ネアは顔を上げる。
そこに立っていたのは、黒い髪に琥珀色の目をした少女。
それはあの日、大通りでぶつかった少女。
「君は……」
その瞬間、すべてが繋がった。
少女は、どこか安心したように微笑んだ。
「やっぱり、あなたが落ちてきた」
その声は、あの時よりも落ち着いている。
ネアは、剣を構えながら息を整える。
「君が魔神の……」
「うん。魔神の器。そう呼ばれてる」
空気が重くなる。
少女は一歩近づき、あの時と同じ距離感で立つ。
「だからさ」
琥珀色の瞳が、まっすぐネアを捉える。
「改めて、質問をさせて?」
その声には、敵意も殺意もない。ただ、確かめるためのものだった。
ネアは、レセルを握り直す。
逃げ場はない。上では戦いが続いている。
だがここは、完全に別の戦場だった。
問いの続きを、ネアは黙って待つ。