愛が重すぎる魔剣の主となった、生贄少女の成り上がり   作:パッタリ

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11話 王都の門前

 丘陵を越えた一行は、林の縁に小さなたき火を起こしていた。

 カイランが串に刺した干し肉を炙り、リサナは荷の点検をしている。

 ネアはたき火の前に座り、手のひらを火にかざしながら、ずっと胸に残っていた疑問を口にした。

 

 「……ねえ。二人とも、魔神教に知り合いがいるの?」

 

 ぱち、と薪がはぜる音。

 兄妹の動きが一瞬止まる。

 カイランが振り向き、口角を上げて笑った。

 

 「おっと、いきなり直球の質問が来たな。なんでそれを聞く?」

 「……街で、信徒やってる人の儀式を見たことがある。黒いスライムみたいな魔物が生まれてた」

 

 言葉にした途端、背筋に冷たいものが走る。あの水路での光景が脳裏に蘇った。

 リサナはしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いて言った。

 

 「……魔神教っていっても、ほとんどは信仰心なんて持ってない人たちばかり。便利な力や技術を求めて、形だけ名簿に名前を連ねてるようなもの」

 「便利な力?」

 「代表的なのは、錬金術や魔法薬辺り。表じゃ制限が多いから」

 

 彼女は荷袋を結び直し、淡々と続ける。

 

 「あたしたちが頼ったのもそういう連中。ゴーレム馬を作った錬金術師ね。報酬さえ払えば仕事はする。復活なんて本気で考えてない人物」

 

 カイランが串を回しながら、豪快に笑った。

 

 「そうだ。俺たちが狂信者に頭下げるタマかよ。ああいう連中はいつか自分で自分の首を絞めるんだ」

 

 ネアは火を見つめたまま口を開く。

 

 「……でも、本気で魔神を復活させようとしてる人たちもいるんでしょう?」

 「いる」

 

 リサナは即答した。

 

 「けど関わらない。それが一番安全」

 

 たき火の明かりが彼女の横顔を照らす。

 理性的で冷徹な琥珀色の瞳に、ネアは返す言葉を失った。

 カイランが話題を変えるように、わざとらしく肩をすくめてみせる。

 

 「ま、嬢ちゃんにしちゃ難しい話だな。世の中には三種類の奴がいる。“女神を信じる奴”と“魔神を信じる奴”、それから“どっちでもいいから飯を食う奴”。俺たちは三番目だ」

 「……それで、平気なの?」

 

 思わず漏らした問いに、カイランは目を細めてたき火を見た。

 

 「生き残るのに、正しいかどうかなんて関係ねえよ。そこまでの余裕はない……」

 

 胸の奥で、レセルの声がかすかに響く。

 

 『その通り。だけど、それは同時に“信じられる者は自分だけ”ということでもあるわ。ある意味、厳しい道ね』

 

 ネアは唇を噛む。兄妹を敵と決めつける気持ちはない。だが、心から信じられるわけでもない。

 たき火の炎が揺れ、兄妹の影を地面に長く映し出す。その揺らぎは、不安を形にしたように見えた。

 

 「……それにしても」

 

 リサナが火を見つめながら小さく呟いた。

 

 「魔神教の“本物”と遭遇したっていうなら、ネアは運が悪すぎ」

 「どうして?」

 「そういう連中は、人目につかないように動くから。普通は、滅多に出会わない」

 

 カイランが干し肉を引き抜き、口に放り込む。

 

 「そうだ。嬢ちゃん、あんたはまだ若いのに妙なもんを見ちまったな」

 

 彼は串を振って笑う。

 

 「この世は広い。王都に行きゃあ、もっと変なもんを見るぞ。だから震えてないで、せいぜい楽しむこった」

 

 ネアは答えず、ただ手を膝に置き、ぎゅっと握った。

 揺らめく炎の赤が目に映り込み、レセルの声がもう一度聞こえてくる。

 

 『気をつけて。彼らは嘘をついていない。でも、真実をすべて話しているわけでもないの』

 

 ネアはたき火を見つめたまま、兄妹の横顔と影を交互に見ていた。

 

 ◇◇◇

 

 翌朝。

 丘陵を抜けると視界が一気に開けた。遠くに高くそびえる灰色の城壁、その向こうに塔の群れと尖塔の影。

 王都──ネアがこれまで見たどこよりも、はるかに大きな人の集まりだった。

 

 「すごい……」

 

 思わず息を呑む。

 門の手前だけでも小さな村どころか、街以上の人々が集まっている。

 荷馬車を並べる商団、巡礼者の列、剣を提げた傭兵。

 叫び声や笑い声、家畜の鳴き声が渦巻き、すでに小さな都市のようだ。

 

 「圧倒されるだろ?」

 

 御者台のカイランが片眉を上げて笑う。

 

 「門をくぐる前からこれだ。嬢ちゃん、王都は人を飲み込むぞ」

 

 ネアは返事もできず、ただ目を見張っていた。

 その時、頭上に大きな影が落ちた。

 見上げると、巨大な翼竜──基本的にワイバーンと呼ばれる存在。

 それが空を横切っていく。

 革のような翼を広げ、悠然と舞い降りる姿は、空そのものを支配しているかのよう。

 背には甲冑を着た兵士がまたがり、手綱を操っている。

 

 「な……なに、あれ……!」

 「王国の空軍さ」

 

 カイランが口笛を吹いた。

 

 「王国はあれを飼い慣らしてる。馬より早い移動手段ってわけだ。さすがに数は少ないらしいが」

 

 だが、ワイバーンはただ飛んでいるだけではなかった。

 爪で吊り下げているのは巨大な檻。

 鉄の格子がはめ込まれ、中には数人の人影が押し込められている。

 人々がざわめき、誰かが叫んだ。

 

 「罪人の移送だ!」

 

 檻の中の囚人たちは縄で縛られ、顔を覆われていた。暴れればすぐに落とされそうな不安定さ。

 それでも兵士たちは冷ややかな眼差しで空を駆け抜け、王都の城壁の中へ消えていった。

 

 「……あれは」

 

 ネアは言葉を失う。胸に冷たいものが広がった。

 罪人の運ばれる姿に、村で自分が“生贄”として差し出されそうになった夜を思い出してしまう。

 けれど今は違う、とも思った。

 今は隣にレセルがいる。

 結構口うるさくて、それでいて心強い存在が。

 それでも、人の集まりは自分をまた差し出すのではないかという不安は拭えなかった。

 馬車の中でリサナが小声で呟く。

 

 「あれはね、見せしめ。王都に来る者に“ここでは王国の法がすべて”と知らしめるための、派手な見せ物でもあるわけ」

 

 ネアは唇を噛み、俯いて視線を下げる。

 王都の空の眩しさと、その影の冷たさ。

 その両方を、最初の一歩目で突きつけられた気がした。

 

 「さて、と」

 

 喧騒の渦巻く門前で、馬車が止まる。

 列は長く、兵士たちが一台ずつ荷を検めている。

 カイランは手綱を握りながら、ネアに笑いかけた。

 

 「悪いな、嬢ちゃん。ここでお別れだ。いつもと違って馬車が傷んでるせいで、検問を通すのが厄介でな。賄賂が利く裏口を使う」

 「……裏口?」

 

 聞き返すネアに、リサナが静かに頷いた。

 

 「表はあまりに人が多いし、兵士の目も厳しい。だから、あたしたちは別のところから入るってわけ。あなたは堂々と正門を通ればいい」

 

 ネアは少し不安げに眉を寄せる。

 だが、カイランは気楽そうに肩をすくめた。

 

 「気にすんな。王都には抜け道がいくらでもある。俺たちみたいな連中は、その道を知ってるってだけさ」

 

 そして、リサナがちらりとネアの服装に視線を向ける。

 

 「それと、その格好は変えた方がいいよ。田舎者ですって言って歩いてるようなもの。王都じゃ、そういうのはすぐに目をつけられる。田舎者を食い物にしてやろう、って考える者とかに」

 「え……」

 

 ネアは思わず自分の着ている質素な旅装を見下ろす。

 村では当たり前に着ていた安っぽい衣服。日に焼けていて、だいぶくたびれている。

 リサナは淡々と続けた。

 

 「安いやつを一枚でもいいから、店で買った服を重ねなさい。少しでも“ここに住んでる者”に見えるように。そうすれば余計な厄介事を避けられるからね」

 

 その声音は冷ややかでありながら、どこか気遣いがにじんでいた。

 

 「……ありがとう」

 

 ネアは小さく頭を下げた。

 カイランは軽く手を振り、御者台に腰を戻す。

 

 「じゃあな。王都は退屈しねえ場所だ。せいぜい目を回さないようにな」

 

 ゴーレム馬が軋むように前へ進み出す。

 赤褐色の髪が陽に照らされ、琥珀色の瞳がきらりと光る。

 兄妹の姿は人混みに紛れ、やがて雑踏の中へと消えていった。

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