愛が重すぎる魔剣の主となった、生贄少女の成り上がり   作:パッタリ

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111話 神はもう予定表の上に

 呼び出しは、あっさりとしたものだった。

 戦闘の後始末や、報告書の山がようやく落ち着いた頃、ネアは王城の一室へと案内される。

 部屋の奥で待っていたのは、教皇フェリシア。

 今日は教皇としての正装ではなく、少しだけ格式を落とした落ち着いた服装だった。

 

 「来てくれてありがとう、ネア団長」

 

 柔らかな声。

 だが、その場を支配する雰囲気は変わらない。

 

 「まずは……今回の件についての感謝を」

 

 フェリシアは真面目な様子でそう言うと、机の上に小さな袋を置いた。

 中身を確認するまでもない。

 ずっしりとした重みが伝わってくる。

 

 「お礼、ですか?」

 「ええ。騎士団以外に、あなた個人にもね」

 

 金額は、はっきり言って破格だった。

 新設された騎士団の団長に与えられる報酬としても、個人に渡す額としても。

 

 「……ありがとうございます」

 

 ネアは礼を言いながらも、胸の奥に小さな違和感を覚える。

 これは感謝というより、手切れ金に近いのではないか、と。

 だからこそ、ネアは切り出した。

 

 「……一つ、聞いてもいいですか?」

 「もちろん」

 

 フェリシアは、真面目な態度を崩してにこやかに頷く。

 

 「教皇であるあなたなら、神が降臨したら、世界がどうなるのか……本当のところを知ってるんじゃないかと思って」

 

 一瞬。

 本当に一瞬だけ、フェリシアの笑みが止まった。

 

 「よりよい世の中になる」

 

 すぐにいつもの柔らかな表情に戻る。

 答えはそれだけだった。

 

 「……それだけ、ですか?」

 「ええ」

 

 フェリシアは紅茶に口をつける。

 

 「争いは減り、秩序は整い、多くの人が正しい方向へ導かれる」

 

 言葉は美しい。内容は立派で、否定すべき部分はないように思える。

 だが、具体性がまるでない。

 

 「それ以上のことは?」

 

 ネアが食い下がると、フェリシアは困ったように肩をすくめた。

 

 「秘密、というやつね」

 

 穏やかながらも明確な拒絶。

 

 「ここから先は、あなたが知る必要のない領域よ」

 

 それは教皇としての線引きだった。

 

 「……わかりました」

 

 納得したわけではない。

 これ以上踏み込めないことは理解した。

 フェリシアは立ち上がり、ネアに向かって言った。

 

 「じゃあ、最後に一つだけ。降臨は五日後」

 

 ネアの心臓が、わずかに跳ねる。

 

 「場所は、城内の広間。王城の中心」

 「……そんな大事なこと、どうして私に?」

 

 フェリシアは意味ありげに微笑んだ。

 

 「言っておいた方が、面白いと思ったから」

 

 それ以上は何も語らず、手を軽く振る。

 

 「今日はここまで。もう行っていいわ」

 

 事実上の追い出しだった。

 部屋を出て廊下を歩きながら、ネアは何度もさっきの言葉を思い返す。

 五日後の、城内の広間。

 

 (……わざわざ、場所まで教えるなんて)

 

 それは警告なのか、誘いなのか。

 それとも──。

 ネアは無意識に腰の剣に触れた。

 フェリシア自身が、何かを起こさせたいように見えたからだ。

 神の降臨は、もう予定表の上の出来事になっている。

 そしてその舞台は、誰もが逃げられない王城の中心。

 

 『ああいう、悪巧みする生意気なガキって好きになれないのよね』

 「……そういう言い方はさすがにどうかと思うけど」

 

 ネアは小さく息を吐いた。

 フェリシアは、表面上は感謝と報酬を与えてきた。

 だけどその裏で、確実に次の幕が準備されている。

 五日後。

 その日が、この国と、神と、そして自分自身の分岐点になる。

 そんな予感だけが、胸の奥に重く残っていた。

 

 ◇◇◇

 

 王城を出たあと、ネアは王都の通りを歩く。

 頭の中では、フェリシアの言葉がまだ渦を巻いている。

 五日後。城内の広間。

 よりよい世の中になる。

 それ以上は、何も語られなかった。

 

 「……考えても仕方ない、か」

 

 そう呟いた直後だった。

 

 「おやおやおやぁ?」

 

 聞き覚えのある、やけに調子のいい声。

 

 「これはこれは、黄昏の剣騎士団の団長様ではございませんかぁ」

 

 振り向くと、狐の獣人の女性商人であるシャーラが、いつも以上に艶やかな笑顔で立っていた。

 

 「久しぶり……でもないか」

 「ええ、ええ。王都は狭うございますから」

 

 シャーラは扇子をぱちりと閉じ、ネアにぐっと距離を詰める。

 

 「ところで団長様。以前お話しした騎士団専属の商人の件ですが……」

 

 にこにことした笑顔。

 だが、その奥には明確な圧がある。

 

 「そろそろ、決めていただけませんかしら?」

 「……ずいぶん、はっきり言うね」

 「ええ。今は席が空いておりますので」

 

 言外に、今決めなければ他が入る、と告げている。

 ネアは少し考えたあと言った。

 

 「専属にするのは、いいと思ってる」

 

 シャーラの狐耳がぴくりと動いた。

 

 「ただし、あとで聞きたいことがある」

 「ほう?」

 「シャーラさんは、何でも知ってるんでしょ?」

 

 わずかに、探るような視線。

 シャーラは一瞬だけ目を細め、そして誇らしげに胸を張った。

 

 「もちろんでございますわ。王都の裏も、宗教の噂も、表に出ない話も……それなりに把握しておりますの」

 

 怪しいくらいに自信満々なその言い方は、信用できなくもない。

 

 「じゃあ、詳しい話は騎士団の宿舎で」

 「承知いたしましたわ。では、少し経ってから向かいます」

 

 そう言って去っていく背中は、まるでこれで逃げ場はないと言わんばかりだった。

 その日の夕方。

 ネアは騎士団の宿舎にある一室に、ガルド、ユニス、リュナを集めていた。

 

 「我々だけを集めるとなると、何かの会議だろうか?」

 

 ガルドが腕を組みながら言う。

 

 「会議、ってほどじゃないけど」

 

 ネアはそう前置きしてから、全員の顔を順に見た。

 自然と部屋の空気が引き締まる。

 

 「みんなに一つ聞きたいことがある。女神や魔神が降臨したら、世界がどうなるか。それを具体的に知ってる人はいる?」

 

 室内には沈黙が満ちる。

 最初に口を開いたのは、ガルドだった。

 

 「……少なくとも、我々のような現場の人間には詳しい話は降りてこない。一度、女神教の知り合いに聞いてみたことはあるが“よりよくなる”としか言わん。牢に入れた魔神教の者に聞く機会もあったが“世界が変わる”と言うだけで、その中身は誰も語らん」

 

 ユニスも静かに頷く。

 

 「貴族社会でも同じ。噂や推測はあっても、確証はない。選ばれた者が犠牲になる程度の話は出回ってるけど……それ以上は、意図的に伏せられている気がする」

 

 リュナは、腕を組んだまま短く言った。

 

 「つまり、本当にどうなるかは誰も知らないってことだねえ」

 

 ネアは小さく息を吐いた。

 

 「……そう、だよね」

 

 教皇ですら、核心は語らなかった。

 この場にいる誰も、確かな答えを持っていない。

 それが何よりの答えだった。

 ネアは腰の剣に手を置く。

 

 (だからこそ……知っている人を、探さないと)

 

 五日後までに残された時間は少ない。

 一度全員と別れたあと、次はシャーラに会う。

 話をする場所は、宿舎の奥にある小部屋だった。

 人払いをした、完全に内輪の空間。

 向かいに座るのは、狐の獣人にして商人のシャーラ。

 先ほど会った時とは違い、真剣な表情だ。

 

 「……で、どうなの?」

 

 ネアは率直に聞いた。

 

 「魔神教でそれなりの立場にいたシャーラさんなら、女神や魔神が降臨したらどうなるか、何か知ってるんじゃないかと思ったんだけど」

 

 シャーラは、耳をぺたんと伏せるようにして小さく息を吐いた。

 

 「期待させてしまって申し訳ありませんわね。詳しいことは……わかりません」

 「……やっぱり?」

 「ええ。魔神教でも、核心はごく一部にしか共有されませんの」

 

 扇子で口元を隠しながら、続ける。

 

「ただ、一つ言えるのは、魔神は女神が降臨することを望んでいない、ということですわ」

 

 ネアは、はっとする。

 

 「じゃあ……」

 「逆に、女神も魔神の降臨を望んでいないはず」

 

 あまりにもシンプルな理屈。

 でも確かに筋は通っている。

 

 「結局、互いに相手の一手を潰したいだけ。その過程で人がどうなるかは……二の次、ですわね」

 

 ネアは椅子にもたれ、天井を仰いだ。

 

 「……あんまり、有用な話は聞けなかったな」

 「まあまあ。お話は、まだ終わっておりませんことよ?」

 

 シャーラが、にやりと笑う。

 

 「……どういう意味?」

 「簡単な話ですわ。盗み聞きすればよろしいのです」

 「……は?」

 

 ネアは思わず間の抜けた声を出した。

 シャーラは平然と続ける。

 

 「城内の警備、実はそれほど厳しくありませんの。女神教の者が張り付いている場所は確かに堅い。ですが……それ以外は、まだ付け入る隙がございます」

 

 ネアは、嫌な予感を覚え始める。

 

 「教皇が過ごしている部屋のすぐ近くに、使われていない物置があるのですわ」

 「……なんでそんなこと知ってるの?」

 「うふふ、商人ですもの。情報と情報を繋ぎ合わせれば、これくらいは当然」

 

 当然のように胸を張る。尻尾もふりふりと揺れている。

 

 「そして、獣人の聴覚を使えば、壁越しでも会話の要点くらいは拾えます」

 

 やけに自信満々だった。

 ネアは少し考え、腰の剣に触れる。

 

 「……レセル」

 『ええ。わたしの魔剣としての力で聴覚を強化すれば、同じことできるわ。それに教皇が何を考えてるのか、盗み聞きでもしないと聞けないだろうし』

 

 ネアはゆっくりと息を吐く。

 

 「……やるしかない、か」

 

 シャーラは満足そうに頷いた。

 

 「善は急げ、ですわね」

 「いつやるつもり?」

 「もちろん、今夜ですわ」

 

 ネアは苦笑する。

 

 「決断が早すぎない?」

 「こういう時は、迷った時点で負けですのよ」

 

 シャーラの狐耳が、ぴんと立つ。

 

 「五日後の降臨を前に、教皇が誰にも何も話さずに眠るはずがありません」

 

 もっともな話だった。

 なにせ、神が降臨すれば自分の意思は消えて、実質的な死が訪れる。

 最後の日が迫る中、誰かと話をしたくなってもおかしくはない。

 ネアは立ち上がり、決意を固める。

 

 「わかった。今夜、潜入しよう」

 

 この一歩が、取り返しのつかないものになるかもしれない。

 それでも、何も知らないまま五日後を迎えるわけにはいかない。

 夜はもうすぐそこまで来ていた。

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