愛が重すぎる魔剣の主となった、生贄少女の成り上がり   作:パッタリ

112 / 120
112話 盗み聞きのための潜入

 その日の夜。

 黄昏の剣騎士団の宿舎で、ネアは深く息を吐いていた。

 胸の奥にあるのは、緊張と、少しの馬鹿馬鹿しさ。

 

 (……教皇がいる部屋の近くに潜入して、盗み聞き。見つかれば危ない)

 

 だが、五日後の降臨を前に、知らないでいる方が危険になる可能性は否定できない。

 鞘の中で、レセルが小さく鼻を鳴らす。

 

 『いい? 変に気負わないこと。すぐ気づかれるから』

 「それを言われると余計に怖いんだけど」

 『怖いなら、なおさら余計なこと考えない。目の前の手順だけやりなさい』

 

 冷たい口調なのに妙に頼れる。

 ネアは小さく頷き、部屋の扉を開けた。

 廊下の影から、ふわりと現れるのはシャーラだった。

 

 「お待たせいたしましたわ、団長様」

 

 声はいつも通りの軽さ。

 しかし、姿はいつも通りではない。

 シャーラは、王国兵の鎧を堂々と身にまとっていた。

 しかも、やけに分厚い。

 

 「……それ、誰の鎧?」

 「体型が、やや……ええ、やや肥満体型な方向けの全身鎧でございますわ」

 「やや、って言ってるけど……完全に別人だよね?」

 「狐耳と尻尾を隠すには、これが一番なのです」

 

 鎧の内側で、もこもこしている気配がする。

 絶対に尻尾を無理やり押し込めている。

 

 「……それ、どこから調達したの?」

 

 ネアが呆れ気味に尋ねると、シャーラはさらりと言った。

 

 「城の者に賄賂を」

 「…………」

 「この程度の手間を惜しむようでは、一流の商人は務まりませんわ」

 

 胸を張る鎧の音が、妙に説得力を生むので腹立たしい。

 

 「賄賂を渡した相手、今どうしてるの……?」

 「安心なさって。今頃はどこかの酒場でのんびりしているはずですわ。今日は夜勤じゃない、という話にしておきましたので」

 「……なんというか、もう」

 『商人なんて、だいたいそんなものよ』

 

 レセルが鞘の中から淡々と言う。

 ネアは頭を抱えたくなったが、今は時間がない。

 二人は手短に、変装を整える。

 ネアは王国兵の簡易装備。

 顔を隠しすぎない程度の兜、無難な外套。

 そして手には、荷物運びに見せかけるための木箱。

 箱の中身は軽い。

 だが、持ち方次第でそれなりの重さに見える。

 

 『いいわね。仕事してます感は大事よ』

 

 レセルの声は妙に楽しそうだった。

 

 「楽しんでない?」

 『別に?』

 

 ◇◇◇

 

 夜の城内は静かだった。

 昼間の騒がしさが嘘のように、廊下には人影が少ない。

 ただし、その分だけ足音がよく響く。

 ネアは息を殺し、兵士らしい歩幅を意識して進んだ。

 シャーラはその隣を、鎧をきしませながら歩く。

 

 「ねえ、鎧の音が目立つんだけど……」

 「仕方ありませんわ。それに、堂々としてれば問題ありません」

 

 曲がり角の先に、巡回の兵士が二人。

 ネアの心臓が跳ねる。

 

 (呼び止められたら、終わり……)

 

 だが、兵士たちは箱を運ぶネアと、明らかに大きさの合っていない鎧の人物を一瞥するだけ。

 

 「……夜の運搬か。ご苦労」

 

 それだけ言って通り過ぎた。

 ネアは息を止めたまま会釈し、角を曲がってからようやく小さく息を吐く。

 

 「……通った」

 「当然ですわ」

 

 シャーラは自信満々に言う。

 

 「城の兵士の多くは、変なものを見つけるのが面倒なのです。仕事が増えるので」

 「ひどい言い方」

 『王国の兵士ときたら節穴ね』

 

 レセルが嫌味たっぷりに言う。

 騎士団同士の模擬戦で、変装したフェリシアに気づかない騎士たちに言ったのと同じ言葉だ。

 ネアは苦笑するしかない。

 やがて、目的地に近づく。

 教皇が滞在している部屋の裏手にある、使われていない物置。

 廊下の空気が、少し変わった。

 辺りを女神教の者が警戒しているのか、目に見えない圧がある。

 ネアは自然に歩調を落とし、荷物を運ぶ兵士として平然を装う。

 シャーラも同じく、鎧の中で妙に堂々としている。

 

 (この人、こういうこと何度もしてるよね……)

 

 やがて扉が見えた。

 物置の鍵は、閉まっていない。

 ネアは無意識に喉を鳴らした。

 

 「……ここだね」

 「ええ。さあ、参りましょう」

 

 シャーラが先に扉へ手を伸ばす。

 その瞬間、レセルが鞘の中で、ささやいた。

 

 『気をつけなさい。簡単すぎる時ほど、罠があるという風に』

 

 ネアは小さく頷き、息を殺して扉の向こうへ踏み込んだ。

 物置の中は、埃っぽく、空気が重かった。

 使われていないというだけあって、箱や古い布が積まれている。

 扉をそっと閉め、二人は息を殺す。

 シャーラが真っ先に兜へ手を伸ばした。

 

 「……ここからが本番ですわ」

 

 金具を外し、兜を持ち上げる。

 その下から現れた狐耳が、ぴくぴくと小さく動いた。

 尻尾は鎧の中に押し込まれたままだが、耳だけは隠しきれないらしい。

 本人はまるで気にしていない。

 シャーラは耳を立て、壁へと頬を寄せた。

 

 「この距離なら……聞こえますわ。ええ、確実に」

 「本当に……?」

 

 ネアが半信半疑で問うと、シャーラは自信満々に頷く。

 

 「獣人の耳を舐めてはいけません。特にわたくしは商人。聞く力は命ですの。情報収集できない商人は商人ではありまでん」

 

 シャーラは自信満々でいた。

 ネアは咳払いをして、気持ちを切り替える。

 

 「レセル」

 『ええ』

 

 レセルの魔剣としての力が、ネアの感覚へ溶け込む。

 世界が一瞬だけ遠のき、代わりに音が近づいた。

 廊下に流れる風のかすかな音。

 遠くを歩く足音。

 布が擦れる音。

 壁の向こうでは、会話の気配が。

 ネアは壁へ手を当て、息を止めた。

 声がはっきりと聞こえてくる。

 最初に届いたのは、柔らかく、軽い声。

 

 「……来てくれたのね」

 

 教皇フェリシア。

 そして、それに応じる少しだけ気怠げな少女の声。

 

 「呼ばれたから」

 

 魔神の器の少女。

 ネアの背筋がぞくりとした。

 

 (……この二人が、同じ部屋に?)

 

 だが、次の声で、ネアは完全に固まる。

 

 「可哀想に」

 

 低く、重い男性の声。

 

 (……これ、国王?)

 

 あの大広間で見た、怠そうな姿。

 やる気がなく、覇気もなく、あくびまでしていた存在。

 なのに、今聞こえる声はどこか落ち着いていて、妙にはっきりしていた。

 

 「しかし、女神を見たい。だから死んでもらうしかないのだ。すまんな」

 

 同情しているようでいて、同情ではない。

 ただ、自分の欲を優先した声。

 器の少女は何も言わなかった。

 その沈黙が逆に痛い。

 フェリシアがくすりと笑う気配がした。

 

 「おや。私のことは心配なさらないのですか?」

 

 軽い口調。

 けれど刃のように冷たい。

 国王は少しだけ間を置いて答える。

 

 「若くして自分が消えるのは悲しいことであろう。とはいえ、そなたは権力者として豊かな生活を送れた。歴史に名を残す。なのでこれ以上言えることはない」

 

 まるで人生の見積りをするような言い方だった。

 フェリシアの声が、少しだけ弾む。

 

 「冷たいですね、陛下」

 「現実だ」

 

 国王は淡々と続ける。

 

 「降臨の日までは、できる限り生活に不便が出ないよう力を尽くそう。失敗してもらっても困るでな」

 

 その言い方は、優しさでも慈悲でもない。

 ただの、失敗されると困るという利害。

 足音に衣擦れ。

 最後は、扉が開く音。

 国王は出ていった。

 ネアは壁に手をついたまま、ゆっくりと息を吐いた。

 

 (……今の、本当に国王……?)

 

 あの怠そうな姿が薄れている。

 いや、あれが仮面で、今の方が本性なのかもしれない。

 そして、部屋の向こうは二人だけになったからか、空気が変わった。

 フェリシアが、少しだけ声を落とす。

 

 「さて。邪魔者がいなくなった」

 

 器の少女が短く返す。

 

 「本音の話?」

 「ええ、本音の話」

 

 フェリシアの声から、教皇としての重さが少し抜ける。

 だが、それは親しみではなく、危うさだった。

 

 「私たちを乗っ取る形で降臨するのは、光と闇の女神たち」

 

 器の少女は淡々と答える。

 

 「世界は一変する」

 「そうね。間違いなく」

 

 フェリシアの声には、かすかな高揚すら混じっていた。

 

 「そして女神は、自分の信徒を増やすために世界中を攻めるでしょう。争いが減る? 秩序が整う? そんな綺麗な言葉でまとめられるほど、優しい変化じゃない」

 

 フェリシアは小さく笑う。

 

 「でもね。二つの神に勝てる者はいない」

 

 器の少女が、わずかに笑った気配がした。

 

 「最終的に、多くの犠牲と共に、女神の望む世界が訪れる……」

 「そういうこと」

 

 器の少女は、どこか達観したように言う。

 

 「それでもいい。歴史の本に、良い意味で自分の名前が残るなら。女神の依り代でも構わない」

 

 ネアは、その言葉に寒気を覚えた。

 フェリシアは、ため息混じりに言う。

 

 「私に憑依させて、女神の御言葉をもらうことは何度かあったけど……本番は、どうなるのやら」

 

 冗談めいているが軽くはない。

 少しの沈黙が続く。

 そのあと、フェリシアが不意に問いかけた。

 

 「ねえ。ネアは止められると思う?」

 

 いきなり自分の名前が出てきたので、ネアの心臓が跳ねた。

 壁の向こうにいる器の少女は、すぐには答えない。

 

 「……止められるなら、面白いものが見られるかも。女神教は大慌て。国王もかな?」

 

 声がわずかに弾む。

 それは希望ではなく、観察者としての興味。

 

 「でも無理なら、世界の流れに身を任せるだけ」

 

 フェリシアが鼻で笑う音がした。

 

 「止められるとは思えないけど……」

 

 そのあと少しだけ声が低くなる。

 

 「ただ、女神に自分を差し出すだけっていうのも、それはそれで少し癪に障る」

 「じゃあ、どうする?」

 

 器の少女の質問に、フェリシアはくすりと笑った。

 

 「いっそ、降臨の日に何か妨害することをネアに約束させようかしら?」

 

 ネアは凍りついた。

 

 (私に、妨害するよう命令するってこと……?)

 

 だが、次の瞬間。

 フェリシアはくすくす笑いながら続けた。

 

 「あー、馬鹿馬鹿しい。意味ないわ」

 

 まるで戯れ言を口にしただけのように。

 けれどその笑い声は、妙に冷たかった。

 物置の中で、シャーラがゆっくりと顔を上げた。

 狐耳が、ぴたりと止まっている。

 

 「……いろいろ聞けましたわね」

 

 ネアは返事ができなかった。

 頭の中で、言葉が渦を巻く。

 光と闇の女神。降臨。世界を攻める。勝てる者はいない。

 そして、教皇が戯れに妨害を口にする。

 鞘の中のレセルが、小さな声で呟いた。

 

 『……ねえ、ネア』

 「うん。あそこには別々の思惑が混ざってる。当日、大変なことになりそう」

 

 ネアは壁を見つめたまま、喉を鳴らす。

 原因がフェリシアなのか。

 器の少女なのか。

 あるいは、女神そのものなのか。

 けれど一つだけ確かなのは、五日後の広間は、ただの儀式の場ではなくなるということ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。